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接触は、思いの外早く訪れた。

校長へ宣言した通り、学院内の不備不満を足で稼いでいる最中のことだ。
今までに作ってきた様々な部分での伝手を使い、他学年の各クラスにも顔を出して好意的な印象を刻み付け、軽い会話の中からも上に提示できそうな情報を拾い集めるという日々に浸っていた最近。
勿論、どのクラスも部活動も平等に話を聞くからには、例の問題児と搗ち合うことも当然最初から想定していたことではあるのだけれど。

どうも、私が考えていたよりも更に、相手は浅はかな行動を思い浮かべる脳しか所持していなかったらしい。
何の用意もなく閃きと衝動に任せて、彼女は私の後を追ってきた。所属するクラスの教室から、分かりやすく手下らしき二名の女子まで引き連れて。



「あんた…何考えてんの?」



いつ誰が通り掛かってこの場を目撃するかも判らないような、階段の踊り場。
三流ドラマのワンシーンのように、端に追いやられた私は宛ら狼の群れに囲まれた哀れな羊と言ったところか。

なんて、想像してみてミスマッチ具合に笑いたくなる。
彼女らには、怯え震える羊にでも見えているのかしら。



「えっと…何が、ですか?」



確か、生徒会副会長の、林道先輩…ですよね?

控え目な後輩の仮面を被り困惑を表に出す、私の演技は筋金入りだ。
何を突っ掛かられているのか解らないと言いたげな顔を作り出せば、思い切りよく舌打ちを返された。
その瞬間、あまりのストレートさに吹き出さなかった私を誉めてほしい。

生粋のお嬢様が舌打ちってどうなの。
少しくらい猫を被る方に頭を働かせないのかと、最早呆れ過ぎて笑うしかない。勿論それも内心に留めるけれど。



「あんたの行動よ…やたら先輩のクラス回って、何がしたいわけ? いい子ちゃんアピール?」



入学初っぱなから目立ってたくせに、まだちやほやされたいわけ?

育ちはいいくせに、それを覆すような歪んだ表情。気に入らないと顔に出してくる林道美奈を見つめながら、決してつられない私は小首を傾げながら心の中だけで本音を溢す。

ああ、この子本当に頭が悪いんだわ。
まさかそんな、何の意味もないようなことを目的に精を出していると思われているとしたら心外だ。私はそんな馬鹿な人間じゃない。
お綺麗な人間とも言えないけれど、自己愛を拗らせた子供と同レベルに扱われるのは私の沽券に関わる。
正直不愉快なことだし、そこははっきり否定しておかないと気が済まない。



「多くの人と関わる…目上の人の意見を聞くことも、仲を深めることも、咎められるようなことではないと思うんですが…」

「はぁ? そんなんでごまかされると思う? 私はあんたが本気で、何を考えてんのか聞いてるのよ」

「…嘘を吐いているつもりは、ないです」

「どーだか。あんた、自分が愛されて当たり前みたいな顔してるじゃない」

「まさか、そんなこと…まともな人間は考えませんよ」



極めて穏やかに、嘘偽りなど吐かない誠実で可愛らしい女子を演じながら、特定の人間にしか伝わらない毒を紡ぐ。
判りやすくなく揶揄にも満たない言葉に、眉を顰めた林道美奈は苛立ちを露に手を上げた。

ぱん、と景気よく響いた音の後に、じわりとした熱と痛みが左頬に走る。



(あーあー…)



これは、救いようがない馬鹿だわ。



「いっ…た…」



ここで癇癪を起こして攻撃してくるなんて、まともじゃないことを体言しているようなものじゃないか。
堪える必要もない。びりびりと後に響く痛みに自然と溢れ出す涙を放置すると、ほんの少し余裕を取り戻した林道美奈は私の様子を鼻で笑った。



「生意気なのよあんた。大した力もないくせに優等生ぶってかわいこぶってさぁ」

「そんな、つもりは…」

「いい? 何を企んでても無駄よ。あんたは私に敵わない。もがいたって上に立てやしないんだから」



諦めなさい、と笑う彼女の態度は、今まで甘やかされ守られてきただけと分かりやすい、後ろ盾に頼るだけの理由なき自信に塗れている。
一言も喋ろうとしない他二名は、気まずげに視線を逸らして私を見ようとしない。

本当に、解りやすくて結構なことだ。

敵わない、なんて。



(それはどうかしら)



用意された椅子に胡座をかいているだけでは、見えるものも見えなくなってしまうと思うけれど。
叩かれてまでそんな助言を与えるほど、私も甘くない。



「身の程を弁えなさいよね」



捨て台詞を残して踵を返す林道美奈に、続こうとした女子が軽く此方を振り返る。気にするような視線を受け止めれば、また慌てた様子で逸らされてしまったけれど。
私が手を出すまでもなく、綻びは既にできあがっているらしい。これは一つの収穫だ。

果たして、可哀想なのは誰かしら。



「なまえちゃん、大丈夫?」

「ごめんね、助けてあげられなくて。あの人、暴れると手がつけられなくて」



彼女が立ち去ってすぐに、廊下の影から数人の二年生が集っては、まだ流し続けていた涙を拭ってくれた。

なまえさんは何も悪くないよ、いちゃもんつけてるだけだから気にしないで、私達はあんなこと思ってないから大丈夫よ。
まるで妹か何かを慰めるように必死な言葉を掛けてくれる先輩方は、優しい言葉の次には林道美奈への不平を漏らす。



「大体、ちやほやされたいのはあの人の方じゃん」

「友達まで金で連ませてるし」

「なまえちゃんが何でもできるから嫉妬してるだけよ」

「……ふふっ」



あまりに包み隠さない言い方に、つい笑ってしまう。
それだけで、一瞬にして空気が変わる。

女子だけで構成されるシビアな世界で、身の振り方を誤れば一気に転がり落ちるのみ。
驚いた顔で見つめてくる彼女らを見返して、私は使い慣れた無邪気な微笑みを浮かべた。



「慰めていただいて、ありがとうございます。優しい先輩達がいるから、私は大丈夫です」

「なまえさん…」

「林道先輩にも、何か譲れないものがあるのかもしれないし…嫌われるのは少し悲しいけど、仕方ないですよね」

「っ…もー! なまえちゃんは、優しいんだから!」

「嫌う方がおかしいし、私はなまえちゃんが好きだよ」

「私だってなまえさんの味方よ。ああ、そんなことより、休み時間のうちに保健室行きましょう? 可愛い顔が腫れたら一大事だわ」

「まだ時間あるし、付き添うよ」



頭を撫で、背中を押し、口々にフォローを入れてくれる二年生達にお礼を言いながら歩き出す。
純粋に寄せられる好意をありがたく受け取り愛想を振り撒く私を、かわいこぶっていると言った林道美奈は強ち間違ってはいなかった。その部分に限っては。

でも、ぶりっ子がぶりっ子だけで終わるわけがないじゃない?
集めた好意は有効に活用しなくちゃ、勿体ないというものよね。







開始→欺瞞




目撃者多数確保、と。

内心にんまり口角を上げても、表の顔は可愛らしい微笑を崩さない。
腹黒いとは、こういう人間を指して使われる言葉なのだ。

20140111. 

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