行動は早く、その上確実な布石を置いていかなければならない。
正確な順序と人選、不備への対処法もいくつか挙げて準備を進めながら、計画を練る私の顔はきっと誰にも晒したことがない、あくどいものになっているに違いない。
(これは本性出るわね…)
人徳に溢れる優等生が、聞いて呆れる。
この顔はどこまで隠しておくのが正解だろうか。恐らく、気にしない人間は気にしないだろうと現生徒会長のにこやかな笑みを思い浮かべながら、一応悩んでみる。
まぁどうせ、計画なんてそうそう思い通りに進むものでもないし。
途中で確実に入るであろう邪魔がどんなものであれ、一部の人間から多少の恨みを買っても仕方のないことだろうとも思う。今更そんなことを気にするほど、私も純粋でも脆弱でもない。
(とりあえず)
今は使えるものを存分に使って、味方を揃えることが不可欠。
勉学も運動も趣味も、手を抜かず才能を活かしてきた私自身を惜しみなく、ここで使わなければただの頭でっかちだ。
賢さこそが後付け、計算高さや手段を選ばない強引さこそ私の本質に近い、扱いなれたもの。
新しく手に入れた価値ある外面は、誰にでも振り撒いてやれる餌でしかない。
「おはようございます、校長先生」
「はい、おはようございます。早くに登校するね、みょうじさん」
職員用の駐車場から玄関までの間には、生徒も扱う裏門から続く小道がある。
メモ帳を片手に敷地内を歩き回り、時間を見てそこへ向かえば、タイミングを誤ることなく学院の校長と鉢合わせた。
にこやかに頭を下げれば、しっかりと覚えられているらしい名前まで呼ばれて挨拶を返される。温厚そうな笑顔の裏までは見通せないものの、一先ずは表面だけでもこの人の力添えは確実に欲しかった。
「今日は特別早くに来たんです」
「特別…何かあるのかい?」
「いいえ、今のところは個人的な理由です。今でも勿論充実していますけど…やっぱり、自分達の過ごす学校なら自分達で考えて動いて、より良くしていきたいなと思いまして。生徒からの学院に対する希望は多いですし、まずは納得のいくものを私が確認して、目通ししてもらいやすいよう理由を明確に纏めてから提出してみようかな…と」
「…それは凄い。中々そこまでしようと思う人はいないよ。さすがはみょうじさん、良い志だね」
純粋な驚きを目に写す校長の反応は悪くない。
掴みはこれで間違いはないだろうと、殊勝な態度は崩さないまま私は微笑んだ。
子供であろうとなかろうと、男は可愛い女には弱いものだ。恵まれた外見は上手に扱わせてもらう。
「いいえ…私自身が生徒会に所属していないから、これくらいしかできないんですけど。でも、子供の目からも大事と判る要望もあるので…特に校内のセキュリティ面についてとか…きちんと纏めた上で先生にも読んでいただきたいです」
「なるほど…確かに、校内の安全性は大事な議題だ。それは私もしっかり、目を通させてもらわなければならないね」
「ありがとうございます。では、私はまだ調べる場所があるので」
これで権威者の言質は取った。再び玄関へと歩き出す校長と笑顔で別れて、早速思案を巡らせるに戻る。
保護者の不安を駆り立てかねない切実な校内の問題なら、責任者も動かないわけにはいかない。これだけでも金銭は正当に割り振りしなければならなくなるし、無駄なことに割けばまずは私の不審を買うことになる。
そして私は、生徒間の不満を集められるほどには顔が広く信頼が厚いことも、先程の会話や意見書の内容で呈示できる。つまりは、私から逆に学院への不審が流し広められる可能性があることも、上には知れるはずだ。
生徒の不審は、保護者の不審。果ては世間からの不審にまで繋がりかねないことが、統率者として一番恐れるべき事項。
私が、誰が見て聞いても正当な言い分ととれるものだけを掲げさえすれば、大概の事柄には表面上だけでも賛成せざるを得なくなる。
(一年は、ほぼ掌握できてる…二、三年にも評判は伝わってると聞いたし…問題は副会長本人と周囲)
教師の票集めには、そう時間をかける必要はない。現生徒会長が口にしていたように、私は既に彼らの話題に上がり有望視される存在ではある。
金にものを言わせて好き勝手に振る舞うお嬢様よりは、確実に買い時だ。
「さぁて」
次の一手は、どこに打とうかしら。
兵の数はそれなりに必要よね、と笑う私の顔を、覗き込める人間はどうしたって、いない。
計略→開始
ちょっとした忙しさに追われながらも、幼馴染みの食事情にも手抜きはしていない。
今日も今日とて綺麗に洗って使用人の手から返される弁当箱と共に渡された封筒には、何故かもう一つ可愛らしくラッピングされた小袋を添えられていた。
プレゼントにしては、貰う理由が見つからない。
少し困惑しつつ部屋に戻って包装を外せば、机の上に転がり出てきたものに私は嘆息した。
封筒の中のカードを出してみれば、そこに並ぶのはいつもの見慣れた文字ではなく、十一桁の数字のみ。
ここまでするか…と呆れながらも、結局携帯に手を伸ばしてしまう私は彼という存在に心底甘かった。
『もしもし』
短い呼び出し音の後、打ち込んだ番号の持ち主の、静かな応答がくぐもって響く。
それだけのことに、僅かな懐かしさが胸を過った。
「こんばんは、征ちゃん。素敵なプレゼントをありがとう」
『ああ…なまえのお気に召したならよかったよ』
「…気に召す、ね」
『可愛いだろう』
小さく笑う気配を拾って、指に引っ掻けたレースのあしらわれたリボンの付いた髪ゴムを弄る。
少しばかり少女趣味なそれは、深い赤の色合いのおかげか見た目のデザインよりは使いやすそうではある。
私が言いたいのは、そこじゃないのだけれど。
彼に何を言ったところで、与えられたものは突き返させてはくれないだろう。そして私には、捨てることもできない。
「過保護」
『なまえ相手だからな』
そのままベッドへ転がるように腰を下ろし、膝を抱えながら目蓋を下ろす。
周波数を合わせただけの、音の塊の先。電話越しに幼馴染みの笑顔が見えた。
意地になって顔を合わせずにいても、いつまでもは続かない。
征十郎の口調は穏やかで、あの日裏切りを責めた子供と同一人物と考えると、少しだけおかしかった。
「友達はできた?」
『さぁ、どうだろうな…というか、お前はオレの保護者か何かか』
「その答えだと、少なくとも関わる人間は増えたみたいね」
『…そっちはどうなんだ。またやっかまれていないか』
「征ちゃんがいないだけ、女子の相手は楽」
『そうか。こっちも、なまえがいないだけそういった面では面倒はないな』
「離れて正解だったでしょう」
私のいない場所で、私以外と成長して。
そんな征十郎を目に写すのは僅かな寂しさもあるけれど、きっと確実に必要なことだ。
寂寞に包まれながら、頷く。私はきっと、間違ってはいない。
それなのに。
『それでも、なまえがいた方がオレは嬉しかった』
後ろ髪をいつまでも引いてくる思い出を、振り切れない。
まるで刷り込みされたように、逸らされない視線が自分に向かってくると、どうしてもきちんと拒めないのも本当で。
傍にいたいという思いは、どうしたら消えてくれるのかしら。
「征ちゃんは、意地悪になったね」
『何処ぞの誰かが優しくさせてくれないからな』
呆れきった口調に滲む親しみを拾って、空いた穴を塞ごうとする自分が滑稽だった。
手放さなければいけないものに。
いつまでも懲りず、夢を見ている。
20131129.
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