シリーズ | ナノ



「退屈?」

「え?」



小さな笑みを含んだ問い掛けに顔を上げれば、イタズラな双眸とかち合う。
片手は資料、片手は箸を動かしていた手を止めた私に、調理パンを貪っていた生徒会長の口元がにい、と歪む。



「みょうじさん、退屈そうだなぁと思って」

「…会長の望みで昼休み返上して資料の仕分けなんてやっているんですが」



手元にあるものは本来、生徒会に属していない私の仕事ではない。
昼休みが始まってすぐにクラスを訪ねてきた生徒会長は、全くの無関係者を生徒会室に連れ込んで仕事をさせておいて悪びれもしないようだ。

これくらいで怒りを感じるほど狭量でもないけれど、その言い草はない。
呆れを滲ませた目で彼女を見やれば、私の態度を楽しむ様子で手を振って返された。



「それはごめんなさい。でも資料に限らず、楽しそうな顔って滅多にしないじゃない」



いつも、何にしても。何でもないような顔でこなすのに楽しみも嬉しさも感じていないみたい。
そう言って笑う彼女に、特に返す言葉はなかった。それは恐らく彼女の中で決まった私の形であって、今更肯定も否定も必要ない。

でも、そうか。そう見えるのね。
そういえば、学院に進学してからはあまり表情にまでは気を配っていなかったことに気付く。小学生時代までは幼馴染みに気取られないよう、子供らしい仮面も被っていたことを思い出して、自然と眉が寄った。
私も随分と分かり易く変化したものだ。



(あまり、歓迎すべき変化じゃないわね)



こんなところを当の本人にでも見られてしまえば、おしまいだ。
もう少し、違和感が生まれない程度に振る舞いも考え直そうと溜息を飲み込みながら、それよりも、と未だに楽しそうにこちらを見つめている生徒会長、波柴薫に向き直った。



「それはいいから仕事しましょう、会長」

「ふふ、手厳しい」

「その為に私は呼ばれたんでしょう。他の役員は何をしているんですか…こんな」



左手に重ねた資料をばさりとテーブルに叩き置く。窓も扉も閉じた密室空間に、その音がよく響いた。



「こんな偏った意見書がそのまま通されようとしているなんて、ろくな仕事してるようには思えないんですけど」

「だから、みょうじさんに手伝ってもらおうと思って」



気付いてくれた、とにっこりと笑みを浮かべる会長の狙いは、これだったらしい。
仕分けの仕事は口実か。

委員や部、学内個人からの希望を集めた資料は、既に数を絞り会議で話し合われた上、教師の了承のもと押印もされたものだ。
けれど明らかに不正…というよりは特別優遇されている意見がいくつも存在する。その活動が学院に貢献しているとあればまだしも、特に目立った実績もない部や委員に対する待遇としては納得できるようなものではない。

これは、どう見ても贔屓だ。しかも個人単位でなく幾人かの教師が、その生徒の周囲にまで及ぶ影響力の後ろ盾になっているとしか思えない。



「部費の予算表は」

「それも同じく…ってのが問題なのよね」

「…どれだけ欲塗れなんですか」



急に淀んだ空気を感じて、息をするのも億劫になる。金銭や立場に執着する人間の気持ちは解らないではないけれど、これは教師が不正をしているようなものだ。

思わず額に手をやる私の脳には、一つのキーワードが存在を主張していた。



「…気の所為であるといいんですけど、会長」

「うん?」

「優遇例として特に顕著な…バレー部って確か、副会長…林道美奈先輩が所属してませんでしたか」

「そうね。というか、よく覚えてるね」

「生徒会なのに部にも所属して仕事両立できるのかと疑問だったので…まぁその疑問は今解けましたけど。つまりそういうことですか」

「そういうことなの」



副会長なんて、名ばかりの座だ。恐らくこの事実を知って不快感を抱き、動こうとしているのは今テーブルを挟んで私の様子を観察している、波柴薫のみ。
つまり、実質的な仕事においては生徒会の椅子は空席。使える人間はほぼゼロであると推測できる。

痛みそうになる頭を押さえて、思い出す。ここ嶺華女学院は格式も高いお嬢様学校と呼ばれるだけあって、生徒の中には資産家の息女もそれなりに存在すること。
勿論殆どが生徒本人の実力で受験をクリアした者ばかりだとは思うが、所謂裏口入学の可能性が全くないわけではないとも、まことしやかに囁かれていたりもする。

そして目の前でソファに身を埋める生徒会長、波柴薫はその噂には確実に属さないタイプの人間だった。
学業、運動、共に成績は優秀。人望もあるけれど、彼女の両親は一般家庭かそれより少し上かといったレベルの地位に属する。つまり、社会的立場はそこまで強くない。
そんな中個人の実力で権力を押し退け学生の代表にまでのし上がった波柴薫は、本人は確実に切れ者ではあるのだろう。けれど、毎度その権力を退けるほどのカードを保持しているわけでもない。

対して、副会長の座を手にした問題の一名。林道美奈は波柴薫とは真逆に位置するバックボーンを手にしていた。
そういえば、成績も著しくはなかったように思う。
定期的に張り出される試験結果は、暇つぶしに他学年分まで一通り見て回っている。記憶に残る上位五十名の中にその名が並んでいた覚えはない。
何度か見掛けた姿は見た目も振る舞いも典型的、金にものを言わせるタイプのお嬢様だった。よくよく考えてみると、本格的に裏口の匂いを漂わせている。



「教師だって人間だからね…どの生徒の肩を持てば安泰か、己の利益になるか。そこら辺は計算してるみたいね」



面白くもない事情を肩を竦めて語る、彼女の思惑は考えるまでもなく明らかだ。
食べ終わったパンの袋を二度ほど結んでゴミ箱に投げ入れた生徒会長に、私は止まっていた箸を再び動かし大きく息を吐き出した。

つまりは、何だ。



「私に、教師を買収しろと?」



彼女は使える手札が欲しい。自分の思考を汲み取り正確に、希望以上の成果を発揮するジョーカーが。



「人聞きが悪いなぁ。大体、買収なんてまどろっこしいやり方なんてしなくても、接点を増やせば簡単に転がせるでしょう。みょうじさんなら」



本校始まって以来の、期待の優等生さん。

純粋で人の良さそうな笑みを浮かべるわりに、腹の底は真っ黒そうな生徒会長は歌うように囁く。
少なくともきっと、退屈はしないよと。



「みょうじなまえ、入学から揺らがない主席の座に可憐な外見。それを裏切らない人当たりの良さ。才色兼備どころか解語の花とまで言わせる、既に一年女子の憧れの的。数ある賞や資格の取得により、その活躍は他学年からも一目置かれている。振り当てられた仕事にも期待以上の遂行能力を見せる実力者で、由緒のある家柄とは言えないまでも父親は大手企業の出世頭という資産家」

「…よくご存知で。だけど私の力が及ぶのは精々校内までですよ」

「それで充分よ。生徒の票は馬鹿にならない…そのままその保護者の票に成り代わることは高い確率で有り得る。賢い大人なら、頭角を現しつつある貴方の株は確実に買うだろうし?」



なるほど、確かに賢いやり口だ。
同年代とは思えないほどしなやかに動く口から語られる内容は、自信に満ち溢れるだけあって理にかなっている。

私にとってのメリットも、語るまでもなく提示されている。
誰よりも近場で彼女の仕事ぶりを見て学ぶことができる。そしてその状況を周囲に見せつけることができれば、私の立ち位置は自然と理解し受容されるだろう。その未来図は、想像するに容易かった。

けれど、彼女にそこまで信用されること自体には、疑問が残る。



「私が欲に走らないかは、問題に入れないんですか」



私が逆に全てを手玉に取ろうとすれば、状況は更なる悪化の一途を辿るという面倒な可能性もあるだろうに。

話している間に食べ終わった弁当の蓋を閉じて、手を合わせる。今日も美味しくできていた。彼も満足してくれただろうか。
ぼんやりと頭の片隅を遠方に飛ばす私の問いかけを聞いて、現生徒会長は軽く吹き出した。



「この問題に口出ししたみょうじさんが? そんな愚かなことしないと思うけど?」

「そうですね…まぁ、賢く点稼ぎした方が今後の為ですから」

「それよ。一時の栄華より先の価値を取る。どう考えたってあなた、上に立つ器じゃない」



使えるものはその価値が無くなるまで、綺麗に使うでしょう?

黒い前髪がさらりと揺れる下、悪戯を企てる子供のような笑みを浮かべた少女に、私も自然と頬を弛めていた。






欲求→計略



成る程、彼女の座る椅子はいとも居心地が良さそうだ。

再び資料を手に取った私に、現生徒会長は満足げに笑った。

20131109. 

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