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完全に放置しておいて、何もないことはないだろう。何かしらのアクションはいつか来るだろうと、予想はしていたことだった。

けれど間接的に不満を訴える手に出るとは、随分と不機嫌が続いているようだ。





「食事…ですか」

「はい…なまえ様のお言葉なら効果があるかと思いますので」



申し訳ありませんがお願いできませんか、と中学生相手に遜った態度で頭を下げる男性に、罪悪感が込み上げる。
大人の目から見れば単なる子供の喧嘩だろうに、そんなものに振り回される立場にある彼には同情せざるを得なかった。
原因の一端となれば、尚更のこと。

今日も今日とて様々な仕事を片付けて学校から帰宅してみれば、リビングのソファーで待ち受けていた顔見知りの男性が立ち上がり、恭しく一礼してきた。
ここ最近は見ていなかった顔に驚いて何事かと訊ねてみれば、彼の仕える財閥の御曹司に食生活の乱れが生じてきたのだと言う。

活動するに当たる最低限の栄養はとるが、それ以上の食事は手を付けず、食べ残してしまうのだと。
今のところの生活に支障はないが、これが続くとなれば放ってはおけないと語る使用人頭の初老の男性は、純粋に主人やその息子に心を砕いているのが分かる。

素っ気ない対応は、できそうにない。



「なまえちゃん、そろそろ仲直りしたら?」



事の成り行きを私の隣に腰かけて見守っていた母に覗き込まれた私の顔は、とても渋いものだったろう。
そもそも、これが喧嘩なのかも私にはよく判っていないのだ。謝ったところで意味はない気がするし、謝るようなことをした覚えは…騙してしまったことくらいしか、ないわけで。



(そこに関しては謝罪はいるかもしれないけど…)



こうでもしなければ放そうとしなかった征十郎の方にも問題はあるのだから、責任は五分五分だと思う。
私のためにもあの子のためにも、新しい環境や正しい距離が必要だという判断は間違っていない自信があるので、謝るようなことではない。

それでも、こんな手に出られれば私も、完全に放置はできなくなってしまう。
精神年齢を合わせても年上になるような男性に頭を下げられては、こちらの方が申し訳なさで押し潰されてしまうというもので。

考えたな…と小憎らしい面影を浮かべて、深い息を吐き出す。
今まで甘やかしきってきた、これはツケだ。



「…解りました。穂積さんにはお世話になっていますし、彼のことであれば無下にもできませんから。私の方で手は打ちます」

「! では、屋敷の方へ足を運んでいただけるということで…?」

「いえ…すみません。それはまだ、早いので…数時間帯お待ちいただいてもよろしいですか?」



良心に訴えかける手段とは、全く質の悪いものだとは思うけれど。
少しは妥協してあげようか。だからといって必要以上に甘やかしはしないが。

ソファーから立ち上がる私を視線で追う、この状況の被害者である穂積さんに笑いかければ、今の時間帯なら問題はありませんが、と眉を下げられる。
この人には悪いことをしているから、咎めてあげる必要もありそうだ。



「大丈夫ですよ」



私の思考を察したのか、少し楽しげな顔をした母もソファーから立ち上がるとキッチンへ向かいだす。恐らくは、軽く手伝ってくれるつもりなのだろう。

少し躓けば振り向いてもらえる。
本当に私達は、周囲に恵まれている。



「征ちゃんは、私の作ったものは昔から、絶対に残さず食べてくれますから」



顔を合わせなくても判る。分かっていることは、数え切れない程にはあって。
信じられる事実だって積み重ねてきたのだから、今は少し、離れているだけ。ただそれだけのことなのだ。

自信に溢れた笑顔を受け取った、板挟みの使用人はほんの少しだけ表情を弛めてくれた。







転回→間接




栄養バランスを考えたメニューを詰め込んで渡した弁当箱は、翌日の朝私が登校する前にやって来た使用人の手から返却された。
読み通り、中身は完食されたようだ。返しに来た使用人が片付け際に確認したということなので、一先ずはこの対応で大丈夫かと安心する。

一緒に渡すように預けられたという小さめの上品な白い封筒を開けて、そこに入れられたカードに三文字、整った漢字が並んでいたことには笑ってしまったが。



「どっちが」



“意固地”。

そう綴られたカードは、出掛けの学生鞄に仕舞い込む。
一人で歩く学校までの道程、ほんの少しだけ足が軽くなった気がした。

20131001. 

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