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人生における節目の一つは、二度目になっても重要度は変わらない。
寧ろ一度目の記憶も薄れた今、尚更深い意味を持つことになったのは確かだった。






「みょうじさん、あの原稿全部自分で考えたって本当?」



入学式での新入生代表の挨拶も済ませ、役目を果たして漸くクラスで落ち着けると首を回したい気分でいると、近い席に集まっていた女子の数名がぱらぱらと寄ってきた。
既にグループを確立させつつあるのが流石だなぁと思いつつ、人当たりがよく見えるよう笑顔を作る。

何事も、初めが肝心。
人柄が全て見た目で決まるわけではないけれど、第一印象というものは根強くいつまでも残りがちなので、あまり気を抜くわけにもいかない。



「一応、先生に添削してもらったけどね」

「でも、添削もほとんど入らなかったって話してるの聞いたよー!」

「それ! 先生達が言ってるの私も聞いた! よくあんな難しい言葉すらすら使えるね?」

「やっぱ最高点取れる人はちがうよねー」



小鳥の囀りがやまないように、新しい生活にテンションの上がっている彼女達の喋りは止まらない。
手放しの讚美や興味の視線を送られて、若干の居心地の悪さを感じるのは人生二度目という引け目があるからなのか。



(いや…)



それだけじゃ、ない。

見渡した教室は女子特有の高い声音が溢れていて、今までの世界から切り離されたような気分にさせられる。そのことも、確実に作用している。
まさか今更中身の年齢で引け目を感じて滅入るほど、純粋な性格はしていない。私は基本的に悪人ではないけれど、真っ当に生きてきたとは間違っても言えないような人間なのだから。
だから、分かっているのだ。

さ迷う視界に入らない色。ごく普通にクラスメイト達と会話の成り立つ状況。
身をもって感じる差が、のし掛かっているだけだということは。



(本当…勝手)



隔てたのは私の方なのに、喪失感に苛まれている。
私がこうなら彼は…拒絶された側は大丈夫かしらと、つい今までの癖で心配してしまう自分にも呆れ返って。そんな資格はないというのに。

彼の為という身勝手な免罪符を手に、突き放したのは私。ならばこれからの日々を私は考えて、有効に活用していくべきだ。
征十郎がいなくても。
征十郎はいないから、一人で。

大丈夫。それでいいと決めたもの。
うまくやれるに決まっている。だって私は、大人なのだから。



「ね、ね、みょうじさん、なまえさんって呼んでもいい?」

「うん? いいけど…同い年なんだし、さん付けじゃなくてもいいよ?」



きらきらと、幼い若さを振り撒きながら話し掛けてくるクラスメイトは、近づいた分今まで感じていたよりも余計に眩しく思えた。

これが、学生の本来あるべき姿なのだ。
私には到底選べなかった、選ぶ前に道を潰されてしまった、その先にあったかもしれない姿。繰り返しの中でも二度と手に入らないもの。
ここにもあった格差に、内心苦い笑みを浮かべる。
やっぱりね、と、呟く心は空っぽだった。

最初から分かっていたことだから、傷付くのも今更過ぎる。



「えー! でもなんか、なまえさん、って感じしない?」

「するする! なまえさんって呼び方しっくりくるよ!」

「そう? 皆がそれでいいなら、私は別にいいけど」



混じれないなぁ…やっぱり。

苦い答えもするりと飲み下してしまえるから、私は変われない。
分かっていたから、抗うつもりもない。痛みや苦しみといったものには、慣れきってしまっていた。








裏切り→孤独





入学初日のホームルームは、優等生らしくきちんと姿勢を正しながらも半分ほどは聞き流してしまった気がする。
クラスメイトとは適度にうまくやっていけそうだ。それなりに難関な試験をクリアした同年代の女子達は、少なくとも小学生時代に関わった子供達よりは付き合いやすそうに思える。

征十郎という危険分子がいない分、面倒な問題もそうそう起きるまい。
そこまで考えても、喜ぶべき状況を手放しに喜べはしなかったけれど。

合格通知が届き、彼に意図を伝えた日から今日まで。毎日のように付き纏ってきていた征十郎は、一切の私との関わりを切ってしまっている。
音沙汰もなくなった現状。これも想定の内ではあったけれど、さすがの私も素直に受け入れるには少しばかり無理があったようで。

確かに、今まで私の心細さを埋めてくれていた存在は、あの子だったから。
勝手なことに、視界に映らない赤を探してしまう。胸はぎしぎしと、軋んで痛みを訴えた。



(ああ)



寂しい。
なんて、馬鹿みたいね。

裏切り者、と瞳を潤ませた大切な子供を思い浮かべて、俯いて隠し笑う顔は歪んでいる。自覚はあった。



(それでも、君の世界が広がるのなら)
(私は独りで歩くと決めたのに)

20130811. 

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