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「あたた…」



うまい具合にリュックをクッションにして滑り落ちたが、流石にかすり傷や打撲は免れなかったらしい。
咄嗟に受け身をとって大きな怪我にはならなかったものの、停止する時強かに石にぶつけた背中には痣ができそうだなぁ…と、嘆息しながら身を起こした。

まぁ、これらは全て自業自得のようなものだけれど。



(さて…と)



このくらいの痛みなら普通に動ける。
当初の目的だった子供はと言えば、急停止する寸前まで派手な泣き声が聞こえていたので探すまでもない。
そもそも同じ場所から落ちたわけだから、幼い子供に行動力が無い以上はそう遠くにいるはずもなかった。



「ひっ…う、ぐすっ…」

「あいりちゃん、だいじょうぶ?」

「…うえぇっ、うええぇぇっ!!」



近くに転がったリュックを引き摺り、数メートル先で座り込んでいる外見上は同年代の女の子に駆け寄れば、私が落ちてきたことに驚いて止まっていた嗚咽が再開する。

座っている、ということは頭や背中に異常はなさそうだ。見たところ血を流している様子もない。
一先ずはほっとしながら近くにしゃがみこんで、手足の確認に移る。



「あいりちゃん、てとあし、いたいところある?」

「うっあっ…あしぃっあしいたいよぉっ!」

「あし…ちょっとくつとくつしたぬがすね」

「ひぅっ…いたいぃぃっ」

「ごめんね、いたいのあしくびかな?」

「うええぇぇんっ」



泣きながらもこくこくと頷く子供に、最早強がる余裕はないようだ。
白く小さな足は骨折しているようには見えないから、捻挫だろうか。正しい医療知識なんてものは流石に私にもないから、詳しくは調べられない。

とりあえず、脱がせた靴と靴下は持ってきていたビニール袋に包んでリュックに放り込んだ。



「だいじょうぶ、あいりちゃん。だいじょうぶだからね。なかないで」

「うっ…ふぇ…」

「ちゃんとたすけてもらえるから…わたしもたすけるし」

「っ、どう、やって…?」



弱々しく途切れ始めた涙声に微笑みかけながら、私や彼女の体操服についた泥や葉っぱを払い落とす。
不安げな子供を更に不安にさせているわけにもいかない。私は、大人なのだから。



(出発地点は遠くない)



子供の足で、ゆっくりと歩いて十五分だ。慣れない山道ではあるが、同じ時間をかければ近くまで戻れないことはない。
落ちてきた崖の傾斜は緩やかだったし、今いる場所も広めの獣道で足場は悪くない。逆方向に進めば出発地点に近い場所を歩く先生と合流して、救助されやすくもなる。



「すこしゆれていたいかもしれないけど、おんぶさせてね」

「っ…え…」

「せんせいたちと、はやくあいたいから。はい」



リュックを前に背負い直し、座り込んだままの子供に背を向ければ、戸惑ったように見つめられた。
この急展開に直ぐ様追い付くほどの柔軟な思考はしていないのだろう。

まぁ、それでもこっちは有無を言わせる気はないんだけど。



「はいほかくー」

「っきゃあ!」



小さな両手を肩に回し、勢いをつけて立ち上がる。慌てて首に回された腕を確認して、ぶらりと下がったままの両足を抱えた。
流石に、小学一年生同士。ずしりと伸し掛かる体重と痛む背中にうぐ、と息を飲む。

が、やるしかないことはやるしかないのだ。
この程度で音を上げるようなひ弱な根性なんて、私は生憎持っていない。



「ちゃんとつかまってるんだよ。なるべくきをつけてあるくから」

「っ、う…うん…」

「いいこ」



頭を撫でてあげたいところだが、手が空いていないので言葉で褒めるに留める。
私も、いくら体力に自信があるとは言え身体は小学生だ。無駄に消耗したくはない。



「よし、さいどしゅっぱーつ」



足下と前を確認しながら、地を踏みしめる。影になって湿った苔なんかは踏まないように、慎重に足を運びながらもできる限り速足で崖沿いの道を引き返した。



「……ごめんなさい」



二次被害に陥らないように気を付けなくちゃなぁ、と気を引き締めていたところに、ぽつりと落ちてきた謝罪の言葉。
ぐすぐすと鼻を啜りながらの声に、私は息を吐くように笑った。



「いいよ」



気にしていないよ。何のことであっても。
素直に謝れる子は、嫌いじゃない。

そう、穏やかな気持ちでいた私は、大切なことを忘れていたのだと思う。
自分が怪我をすることも教師にしかられることも、今更恐れることでもない。

けれど、ただ一人。
ただ一人だけ、放置してはいけない人間がいたことを。
愚かなことに私は、その姿を目に映すまで、すっかり忘れてしまっていたのだ。









揺れる、関係




「…なまえ」



漸く先生達と合流し、叱られながらも保健医に預けられ、傷を見られて疲れを癒す頃。
ふらふらと近寄ってきたその子供の顔を見た瞬間、私の血流が逆転した気がした。



「…っ…なまえ……!」



血の気の引いた顔色、恐怖に染まった目をした大事な私の幼馴染みが、飛び付くように正面から首に抱きついてきた瞬間に。

ああ、失敗した、と。



「なまえ…なまえ、なんでとびおりたんだ。なんでオレをおいていった。あんなどうでもいいにんげんのために、なんでなまえがけがをしてまで、なんで…っ」

「征、ちゃん」

「ゆるさない…ゆるさない。もうちかよるな。だれも、なまえもだ。オレいがいにちかよるな。なまえをきずつけるやつ、じゃまになるやつはみんな…」



誰一人、なまえに近寄るな。

子供の声であるはずなのに、やけに低く重く鼓膜を震わせたその声に、私は咄嗟に返す言葉を失った。
大きく、この子を。征十郎をねじ曲げてしまった。そのことだけを理解して。

ああ、どうしよう。



(間違った)



ぞくりと、背筋に走った言い様のない感覚は、何だったのだろうか。

20130513. 

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