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二度目の小学校生活というものは、どうももどかしくていけない。

徒党を組み始めた子供の中には混じれないし、学習面も基本も基本過ぎてつまらない。というか正直怠い。
今更ひらがなの練習から入るとか…幼稚園児でもそれくらいは読み書きできるでしょうに。

この無駄な時間に漢検英検くらいは勉強できそうだから、今度両親に頼んでテキストでも揃えてもらおうか…なんて、考え事をしていた昼休みの終わり。図書室からの帰り道を一人で歩いていると、もうすぐ辿り着く教室がなんだかざわめいていることに気づいた。

因みに、小学生の図書室の蔵書なんて知れたものなので、昼休みは静かな空間だけ借りて持ち込んだ本を読んでいることが多い。
前世ではあまり勉強する時間もなかったけれど、改めて向き合ってみると様々な分野にそれぞれ面白みがある。今日読んでいた歴史資料もとても興味深かったし、新しい知識を得ていくことは私には向いているらしかった。

いつもべったりな征十郎も、昼休みの時間だけは私を解放してくれる。
最初は真っ向から拒否されたけれど、それ以外の時間は授業中も含めて学校では一緒にいるのだから一人の時間も欲しい、と半ば脅しのように訴えたところ、渋々ながら納得してくれた。
その際嫁の我儘はある程度聞き入れるのも夫の甲斐性だとか、呟いていたことはすっぱり忘れることにする。

と、そんなことは今はどうでもいいのだ。
さて今度は何を騒いでいるのかしらと、もう殆ど教師か保護者のノリで辿り着いたクラスを覗けば、黒板のすぐ傍にいた征十郎と、その正面に立つ女子の間ではリーダー格のすみれちゃんを囲うように他の子はギャラリーと化していた。

嗚呼、やっぱり君でしたか。
どうしても目を離すと大人しくしてられないんだなぁ君は。



「ひ、ひどっ…征十郎くん、ひどいっ!」

「ひどくない。うそをつくほうがわるい」

「うそじゃないもん!」

「なら、しょうこは? それすらないのに、したしくもないにんげんのいうことなんかしんじるわけないだろう」



冷え冷えとした、小学一年生にあるまじき言葉選びに、その真顔を廊下から窺った私は軽く頭を抱えた。
あの子は本当に、私以外に厳しすぎる。



「征十郎くんひどーい!」

「すみれちゃんないちゃったじゃん!」



案の定泣き出してしまったすみれちゃんに、クラス中の女子が集まる。子供というものは、無条件に弱いものに加勢してしまう習性がある。
これは少々征十郎の分が悪いかと軽く心配したのだけれど、その必要もなかったようだ。



「かってにわるさをしてかってになくほうがおかしいだろ。というか」



ここには、性格ブスしかいないのか。

しっかりと耳に届いてしまった煩わしげなその言葉に、私の方が壁に手をついて項垂れた。
いかん。いかんよ君、いくら苛ついているとしても女の子にそんなこと言っちゃ。



(トラウマ化するって…)



ただでさえ顔の整った憧れの男子に、ブスだなんて言われた幼子の気持ちを思うと泣きたくなる。
そういう、幼い頃の傷はコンプレックスになったりするのだから、言葉を多く知る人間こそ弁えなければいけない。なんて、所詮は同じ小学一年生に言ったところで聞いてもらえないだろうけれど。

とりあえず、後できちんと言い聞かせよう。今更無駄かもしれないが。
びゃあびゃあと泣き声が連鎖し始めた教室に入るタイミングを逃しながら、私は深く嘆息した。







そして、反転




昼休みの騒動は、後から教室にやって来た担任が一応終結させてくれた。
しかしその騒ぎのおかげで、女子集団から怖い人、というレッテルを貼られてしまった征十郎は、特に気にする様子もなく普段通りに私に絡んでくる。
帰りの支度を済ませるとすぐに私の手を引いて教室を出るその子は、こうなれば本気で私以外を拒絶しているようで。

普段通り、とはいえ起こった事実を忘れたわけでもないのだろう。いつもよりも堅く握られた手に、私はその日何度目かの溜息を吐いた。



「征ちゃん、なにいわれたの」



確か、嘘吐き、と言っていた気がする。
彼女がどんな嘘でこの子供を怒らせてしまったのか、何となく察せはするものの訊ねてみれば、隣を歩くその足がぴたりと止まった。



「……なまえは」

「うん」

「なまえは、オレをきらいじゃないだろ」



訊ねているとも呟いているとも言えない、静かに紡がれた言葉に、私はああ、と苦笑した。
大方、私に嫉妬した彼女らの企みだろう。私が征十郎を嫌っていると、征十郎本人に告げ口する。そうすれば私達の仲が裂けて、自分達が征十郎と近付ける。
何とも幼稚で浅はかな思考だ。女という生き物はどこまでもねちっこく、狡い。



(でも、なぁ)



そりゃ、怒るわ。

私の口から出てもいない言葉を、勝手に吹聴されれば。
仲を裂こうとするその行動自体、この子供にとっては邪魔物以外の何物でもないのだから。



「きらいなわけないじゃない」

「うん」

「征ちゃんだって、わかってるでしょう」

「わかってる。けど、ゆるせるかはべつのはなしだ」



オレもなまえも、軽んじられた。

苛立たしげに眉を顰めるその子に、私もどうしようもないと思いつつ、同調してしまうのも事実で。
子供の可愛い嫉妬と、括れない辺り大人げないけれど。

この子が少しでも、馬鹿みたいな理由で傷付けられたのだとしたら…私にもそれは、腹立たしいことではあった。



(わたしが征ちゃんを、きらいになるわけがないのにね)
(あたりまえだ。なまえはオレのよめになるんだから)
(いやそれはやくそくしてないけどね)

20130220. 

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