未だ曾て、ここまで輝きを放つこの子供の瞳を見たことがあっただろうか。
思わず内心反語を口走りながら、その至極満足げな横顔をガン見してしまう。
頬を紅潮させて、いつもならば子供らしくなく引き締められた口元を弛めて、振り向く征十郎の可愛さと言ったらなかった。
状況が状況でなければ、撫で回して可愛がりたいと思う程度には、天使だった。
そう…状況が、状況でなければ、だ。
「みたか、なまえ」
「…みたよ」
分かりやすく高揚した声に、返す私の声は暗くはないが、明るくもない。
もしかしたら震えていたかもしれないが、目に見えて興奮する子供には幸運にも気取られなかったようだった。
薄々予感していたことではあったが、当たってほしいなんて思いは抱いた覚えはない。
「にねんかんは、いっしょだ」
ああ、幼く無邪気な笑顔を作る征十郎が可愛い。
可愛い、けれど。
(二年間…べったりか……っ)
貼り出されたクラス表に軽く八つ当たりしたい気分になりながら、ぎゅっと握られる両手から目を逸らした。
本日快晴、門出にはぴったりの朝ではあるが、小学生生活開始一日目から、前途多難な予感がバリバリ働く。
そう、今日から私達は学び舎にて新生活を始めるのだ。私にとっては二度目になるので、新しさもへったくれもないのだけれど。
義務教育内ではわりとよくある事情だが、入学してすぐは学校に順応させるために仲の良い子供同士を同じクラスに振り分けることも多い。
そして私達の入学した小学校ではクラス替えの周期は二年間と決まっているので、入った時点でこの二年を共に過ごす顔触れは定まってしまっているのだ。
そう、つまり。
今度は幼稚園にいた時よりも、張り付かれる可能性が高い。
(先生…)
恐らくだが、学校側に問題児の進言を申し立てた人間もいたはずだ。
それに当たりそうな人物を直ぐ様弾き出した私は、内心舌打ちしたい気分で相手を呪った。
確かに征十郎は扱い難いし、今のところ私くらいしか丸め込める人間が居ないのも分かる。
クッションやパイプの役割に私を放り込んでおけば、不測の事態も何とかなると考えるのも仕方がないことなのかもしれない。けれど。
だからと言って、傍で構い続けることがプラスになるとは限らない。
特に征十郎は賢いが故に協調性の大切さを学ぼうとしない。知識としては知っていても、本心から理解はできていない。
そしてその辺りを教えられるのは疾うの昔に学び終えている私ではなく、同じステージで学んでいく子供達の方なのだ。
(ていうか、ごちゃごちゃしてる幼稚園ならまだしも、自己を確立し始める小学生のグループに居座るのはさすがに苦痛だし…)
ぶっちゃければ、私が一番協調性に自信がない。
そんな私の傍に居ようとする征十郎が、他人に興味を抱ける可能性は限りなく低いわけで。
さてどうしたものか、と頭を悩ませてはみるものの、決まってしまったクラス替えをやり直させることも不可能。
となると、甘い言葉で唆すか…できる限りそうしたくはないが、少々手酷く突き放すか。
どちらにしろ、征十郎を思ってのことと言えど、質の悪い嘘を紡ぐことになる。
「かあさんたちに、しらせにいくぞ」
「うん…」
真っ赤な髪を風に揺らして、小走りになる子供の純粋な歓喜を、崩してしまうのは忍びない。
手を引かれるまま同じように走り出した私は、これから進んでいく道程の苦難を考えて頭痛を感じていた。
(吐ける?)
この、目の前の小さな背中を蹴り飛ばすような言葉を、私が?
できるはずがない。
征十郎のために征十郎を傷付けるのは、本末転倒というものだ。
(甘いな)
これは優しさではなく、甘さだ。
近くで見守り可愛がってきた子供の、傷付く姿を見たくない。自分への甘えでもある。
私が嫌われるなら構わない。けれど、この子の悲しむ姿は見たくない。
「征ちゃん」
「なんだ、なまえ」
「クラスにはいったら、ほかのひとともなかよくしてね」
私は、選べない。決断を下せない。
この子にとって最良の道に、蹴り飛ばすことができない。
だから答えが分かっていても、せめて。
きっと捨てられるであろう誘いを口にすれば、案の定振り向いた征十郎の目は驚きも何もなく、真っ直ぐだった。
「そんなのはいらない」
なまえがいるから、いらない。
予測はしても望んではいなかった答えに、私は俯きながらやはり、と苦い笑みを落とした。
新しい、季節
それでも私は願うんだよ。
君の人並みな感性の芽生えを。
(まぁ! 二人とも同じクラスだったの!)
(よかったわね征十郎…これで悪い虫も自力で追い払えるわね)
(しんぱいがひとつへった)
(そうね、その粋よ。そのまま邪魔者は制覇してこそ私の息子)
(とうぜんだ)
(うふふ、やだわぁなまえちゃんたらモッテモテ! お嫁の貰い手には困らないわねっ!)
(そうだね………つっこみがほしい)
20130120.
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