シリーズ | ナノ


幼稚園や保育園には、幼児を預かり一般常識をそれとなく教え込みながら、その結果を発表する場というものが必ず存在する。お遊戯会というものもその行事の中の一つだ。

大概の場合が演劇か合唱に行き着くが、今回は演劇を発表するということで。
そうなると確実に裏で大人の事情が交わされるのも、仕方無いことでもあるわけで。



「お姫様は、なまえちゃんにお願いできないかなー?」



比較的扱いやすく器用な子供を中心に立たせたいというのが、彼女らの事情だった。

因みに演目はシンデレラ。2クラス合同で作り上げるらしい。
もっと日本じみた、大勢が参加しやすい演目にすればよかっただろうに。例えば大きな蕪とか…なんて考えながら、私はにっこり端からは純粋に見える笑顔で、ご機嫌とりに笑顔を貼り付けた先生を見上げた。



「おうじさまは、だれですか?」

「え? えーっと、征十郎くんにお願いしようかと思ってるんだけど…」



やはりそう来たか。

最早セット扱いの私達を切り離そうとする大人はいない。
それは、私なら子供という立場の上で彼を丸め込み動かせる、ということを既に彼女らには知られてしまっているからで。
ついでに言うと、ここでもし相手役が彼でなかったとすれば、その彼の機嫌を盛大に損ねてしまうことになりかねないわけで。

まぁそうなるよなぁ、と内心思うも、そんな大人の事情よりも自身の有益さを取るくらいには、私も中身は卑怯な大人だったりする。



「わたし、征ちゃんはおひめさまがにあうとおもいます」

「へっ?」

「あかいかみの、おひめさま。きっとかわいいから!」



勿論、可愛いと思うのは本心である。
征十郎はまだ幼く顔も整っている。しかしあの賢さだ。確実に、可愛らしく着飾らせられるのは今しかない。
そう、彼は確実に賢く育つ。強く賢く逞しく。それは周囲を思うがままに操れる程度には、確実に。
そんな未来を垣間見させる彼の弱味を、握っておくなら今しかないのだ。

賢さは持ち合わせつつも自我との鬩ぎ合いをうまく操りきれていないように、今はまだ征十郎も子供の部分を持ち合わせている。いずれ育ちきりそれがなくなる前に、あの子供の手綱を握りしめておくことは私の使命のようなものだと、最近の私は犇々と感じていた。

だって、周囲の人間ときたら大人ですら、彼を止めることを諦めてしまうのだ。
一人くらい傍で窘める人間がいなければ、あの手のタイプは一人で突き進んでいってしまう。



(小さなことからこつこつと…)



弱味を、集めなければ。
そうするに至る危機感を私に抱かせるくらい、征十郎は賢すぎる。
それでも、見放すなんてことはできない。私にとっては幼く可愛い友人だ。

まぁ勿論、可愛らしい子供の可愛らしい姿を残しておきたいというのも、本音ではあるのだが。









「と、いうわけで」

「いやだ」

「征ちゃんはおひめさまね」

「いやだといってるだろう! なんでおんなのやくをやらなくちゃいけないんだ!」



なまえがやればいいだろう!、と本気で怒鳴る彼の剣幕に、周囲の子供達がびくびくと縮こまる。
それには少しばかり罪悪感は過ったが、ここで引くつもりは私もなかった。



「だって、征ちゃんきれいだし、にあうよ?」

「なまえだってにあう! かおだけはかわいいんだからな!」

「だってシンデレラのドレス、しろなんだもん。しろいドレスきちゃうとおんなのこはいきおくれちゃうんだよ?」

「どうせうちにとつがせるからもんだいない!」

「だからー…」



大体は予想通りの反応なので返答には困らない。
こちらも言質を取られることを覚悟で、切り返すしかないのだ。

征十郎の私への執着は、今のところは恋愛的なものではない。そのうち本当に好きな子ができれば、こんな口から出た言質も自然消滅するはずだ。



「征ちゃんのおよめさんになるのがおくれたらいやでしょう?」

「そっ…そんなこと、おこらない」

「わからないよ? じけんやじこのよそくは、なかなかさきにはつかないんだから。うんがわるくむかうこともあるかもしれない」



これは本当のこと。
人の運はいくらでも弄ばれる。何しろ私も前世ではその被害者だ。何故ここまでうまくいかないのかと、嘆いた時期も確かにあった。
そんな本気が伝わったのか、征十郎の唇がきゅっ、と引き結ばれる。これは、あと一歩といったところか。



(可愛いなぁホント)



運命、なんて柄じゃないのに。

恋愛的な感情でなくとも、私から離れることはよしとしない。
他の子供は寄せ付けないくせに、これと決めたものへの執着心は半端じゃないのだ。未だ起こるかも分からないような未来の運命に、微かにでも不安を覚えるくらいに。



「それに、征ちゃんのあかいかみはとってもドレスにはえるよ」



にーっこり。
まるで邪気なんてありません、と笑顔を浮かべる私に、征十郎は遂に反論することをやめた。

その一部始終を見ていた教師の安堵の溜息が、背後で響いた。






軽く、説得




これくらいは丸め込めなくちゃ、ね。



(…なまえは)
(おうじさま!)
(あきらかにはいやくがぎゃくだろう…)
(征ちゃんがドキッとするくらいかっこいいおうじさまめざすね)
(だから、はいやくが……もういい)
(うん、ありがとう!)
20120925. 

prev / next

[ back ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -