シリーズ | ナノ


二度目の幼稚園生活を始めて、早三週間。
自分一人でも誤魔化せるか微妙なところに近所の厄介な子供に懐かれてしまったお陰で、私の人間関係は最初から大きく転んでスタートを切ってしまった。

危ぶんではいたが、やはりその子供、征十郎は並外れた知能のお陰で幼稚園でもかなり浮いた存在だったらしい。
先生の言うことにも他の幼児のようにそのまま飲み込んで従うようなことは絶対にせず、理由や理屈を求め、納得いく答えが出てこなければ従わないという生意気にも程があるような子供だったのだ。知ってたけど。

先生方もかなり腹が立つだろうが、子供相手に本気で怒ることも早々できない。
こちらの世界でもモンスターペアレンツの増加は著しいらしく、下手に頭を突っ込んで逆に叩かれたりしたら不利になるのは自分達だと彼女らも学んでいるのだ。

そんな中に、賢すぎる厄介な問題児の手綱を締められる子供が出てきたら、どうなるか。もうお分かりだろう。

そう。私みょうじなまえはやはりというか何というか、たった三週間の間に既に生け贄の羊として、彼の前に差し出されてしまっていた。



「なまえ、ちゅうしょくだ。いっしょにたべるぞ」

「…はーい」



自分の組でもない教室に堂々と足を踏み入れる、彼の手には小さなお弁当箱が下げられている。
他の子達は集団で机をくっつける中、私だけを隔離するように隅に机と二つの椅子を置いて、ちゃっかりとお弁当を広げ始める子供の姿に、内心深々と溜息を吐いた。
こんなつもりじゃなかったんだけどなぁ…と。

征十郎は、とても賢い子供だ。二度目の人生を生きる私の考えに、頑張ればついてこれる程に。
だからか、普通の子供は彼の行動が理解できず、子供ながらに敬遠してしまう。
異常としか言えない賢さに、畏怖を覚えるのだ。

それでも顔の良さや運動神経の良さを見て、憧れる女の子達もいないわけではないのだが。如何せん本人にその手の興味が無く、話し掛けたところで高度な会話についてこれない彼女達は、遠い場所からチラチラと視線を送ることしかできないでいる。

そして子供とはいえ一端に芽生える嫉妬心は、びしびしと私に突き刺さり中だった。
いや、別に幼児の攻撃なんて痛くも痒くも無いし、可愛いものではあるのだけれど。
しかし遊び時間ならともかくとして、クラスの事柄で仲間外れにするのは先生方も困るのだからやめてほしいのも本音だ。
そんな理屈が幼児に通るとは最初から期待はしていないが。



「きょうも征ちゃんのおべんとうはおいしそうね」

「それはなまえのもおなじだろう」

「そうだねー、りょうりがじょうずなおやがいるととくするなぁ」

「えいようもかたよらないからな」

「ありがたいよねー」



ごくごく自然に差し出されるだし巻きをお弁当の蓋で受け取り、こちらからは昆布巻きを差し出す。
だし巻きは私の大好物である。しかも征十郎のうちのだし巻きは特に絶品なのだ。
そして征十郎の方は家の煮付けの味がお気に入りらしく、このおかず交換は最早定例化している。

ふわふわの玉子を咀嚼すれば、控え目な出汁の味が口の中に広がる。
思わず頬を弛めれば、向かい側で昆布巻きを口に入れた征十郎もふにゃ、と満足げな顔をしていた。



(かーわいー…)



いくら厄介な子供でも、幼い相貌が綻べばほっこりとした気持ちにはなるもので。
いつもそれくらい柔らかい顔してればいいのに、とは思っても口には出さないが、勿体ないと思うことはやめられない。

だって、黙っていれば征十郎は可愛らしいのだ。
賢いとはいえ子供に変わりはなく、可愛いものは可愛いのだ。
だから本当は、他の子達とも仲良く交流してほしい。
だけど敬遠されて一人ぼっちでいる彼から、私はどうも離れることはできなくて。
先生方もそれでいいような、半ば諦めた態度でいるから、少しだけそこには、腹が立ったりもして。

この子だって、子供なのに。
寂しくないわけはないのに、周囲が特別な目で見るから、賢いこの子はそれを悟って自分でも壁を作ってしまったのだと思う。



(征十郎が賢いにしたって、周囲が愚か過ぎるのも問題よね…)



私だけいたってどうにもならないけれど、私が離れたら余計に良い方に転がらない。
とにかく、征十郎の今後が心配で堪らない。気分はもう、歳の離れた弟を持った姉だ。

子供らしくなく上品に箸を運ぶ彼を見守りながら、私はとりあえず暫くはこの子から離れられそうにないことを、改めて感じる。



「おいしいね、征ちゃん」

「ん…なまえもこれくらいつくれるようになれ」

「あはは…うん、がんばるけどね」



料理については元々不得意ではないし、新しい母はかなりの腕前なので問題はないだろう。出来て損することはないし、既に自分から教えを請うている身だ。
作ってきたおやつの入った小さなタッパーを鞄から取り出すと、猫のような目がぱちくりと瞬いた。



「なんだ、それ」

「おはぎ。きのうあんこをつくって、きょうあさからまるめてきたの」



ぱかり、と蓋を開ければ、小さめに作った焦げ茶と緑の二色のおはぎが綺麗に並んでいる。
手作りのつぶ餡とずんだ餡のおはぎは、我ながら納得の出来だ。

一昨日の夜、おはぎ食べたいなぁ、なんて呟いた私を見ていた母が、次の日には材料を揃えて監修までしてくれた。
まさか幼児にここまでさせてくれるとは思っていなかったのだけれど、私の親も随分と柔軟な人間だったらしい。私が火を扱う時も見守りはしても一切手出しはせず、にこにこと笑いながら横からコツを教え続けるだけだった。

正直かなり有り難くはあるが、親としてそれでいいのか、と思わなくはない。
いや…まぁ、いいんだけど。

とりあえずタッパーごと二人の間に置いて、食べる?、と首を傾げれば、じっとおはぎを見つめていた征十郎が今度は私をじいっと見つめ直した。



「なまえがつくったのか」

「うん。おかあさんにおしえてもらいながらだけど、つくったのはわたし」

「…たべる」

「はい、どうぞ」



味は母のお墨付きだし、形も幼児の手で整えたにしては中々綺麗に丸まったと思う。
まずつぶ餡の方から手に取り、しげしげと眺めた後に小さな口でぱくついたかと思うとゆっくりと咀嚼し始めた征十郎の顔は徐々に俯いていった。

え、何その反応。



「…征ちゃん? おいしくない?」



まさかそんなはずは…とは思うものの、心配になって訊ねれば、真っ赤な髪がぶんぶんと横に振られる。
彼は無意味に嘘を吐いたりはしないので、おそらく口に合わなかったというわけではないのだろう。

では、何故急に俯き、顔を上げてくれないのか。



「…じゃあ、すごくおいしい?」



頭に浮かんだもう一つの答えをそのまま口に出して再度訊ねれば、数秒の時間を置いて、こくりと頷かれる。
真っ赤な髪で分かりにくいけれど、どうも赤く染まっているように見える耳も合わさって、思わずきゅんと胸が鳴った。

素直に言葉に出せないなんて、可愛いところもちゃんとあるのだ。








残り、三つ




(なまえ、もうひとつ)
(きにいったならすきなだけたべていいよ。まだあんこはいえにのこってるから)
(! じゃあ、もらう)
(うん、めしあがれ)


そんな私達を見つめて、色んな意味で慄いていた先生がいたことを、すっかり二人の世界に入っていた私達は知らない。


(よ、幼稚園児がおはぎを手作り…とか…私でも作れない…じゃなくて何あのリア充な空気? いや、ていうか、あの問題児が赤面して…えええちょっと待てあの子供が赤面!? している、だと…!?)
20120911. 

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