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その子供は、強く賢く、凡そ子供らしくない眼力を保持していた。
だから、と言ってしまえばそれまでだが、その子に近付こうとする子供達は尽く言い負かされ、やり負かされ、泣きべそをかきながら逃げて行くのが常だった。
己に劣る存在を傍に置きたくない等とぬかす生意気な子供は、とにもかくにも協調性に欠け、どんな輪に入れようとしてもうまくいかず周囲からも半ば諦めの目で見られていたらしい。

というのが、微々たるものではあるが私が幼いながらも知能と演技力を駆使して集めた情報である。
そして私の現状はというと、驚くことに上記の例には全く当てはまっていない。

言い負かされた覚えもなければ、泣かされもしない。
中身が子供でない分当然のことではあるが、それだけが理由というわけでもないようで。

どうやら、私はその気難しい子供に認められたらしい。
というより、個人的には懐かれたような感覚が強いのだけれども。



「なんでなまえのクラスはぼくのところじゃないんだ」

「せんせいがきめられたからだよ征ちゃん」

「そもそもわけてどうなるんだクラスを。むいぎだとおもわないのかあいつらは」

「こどものにんずうがおおいと、てがまわらないんだよ。せんせいがたもいそがしいから、もしものことがおこったときにちゃんとたいしょできないとこまるんだよ」



最近は困った保護者も多いからね。しかし無意義なんて言葉、幼稚園児が使うなよ…と思いつつ、私も幼児らしくはない口調で彼の不満を打ち落としていく。
そんな私の手を子供らしからぬ力でぎゅうううっと握っているのは、引っ越してすぐから今日までの数日間、毎日のように遊び相手になってもらっていた赤司征十郎(通称征ちゃん)だ。

本日、私みょうじなまえは幼稚園デビューをするのだが、どうやら自分とクラスが分かれてしまったのが彼にとっては相当気に入らない事だったらしく、校門の前から一歩たりとも進もうとしない。
頑ななその態度に困りつつも、幼い子供の甘えというものはやっぱり正直可愛く見えてしまうもので、強くは振り払えず。
あらあらまあまあ仲良しねウフフフ、と笑っていた我が母と征十郎の母親は、そんな私達を微笑ましく送り出すとさっさと帰ってしまったから、どうしようもない。

こんな難しい子供を同じく幼い子供に押し付けるってどうなんだ…とは思うものの、放り出されたものは仕方ないし懐かれたのも謂わば運命と割り切り、私は痛いほどに握りしめてくる小さな手をもう片方の手で包んで、引いた。



「わかれたといっても、おとなりだよ。すぐあえるよ」



寂しいんだったら会いに行くから、一緒に遊べるから、ね?

にっこり笑顔で説得を試みれば、しかめっ面だった幼子は少しだけ、泣きそうな方向に顔を歪めた。



「でもなまえは、ともだちつくるんだろ」

「うん、つくるね」

「そんなの、なんのやくにもたたない。あんなやつらにかまうじかんがむだだ」

「それはいまそうおもっても、それだけでおわらないから。こじんがやくにたたなくても、しゅうだんがやくにたつことはいみがなくはない」



味方の人数は多いに越したことはなく、その繋がりをうまく扱う中で培われるコミュニケーション能力は、将来的に最も必要とされる要素の一つだ。
なんて、子供に言ったところで理解できるとは思えないが。

恐るべきことにそんな私の予想を裏切り、征十郎は暫し黙っていたかと思うとその猫のような瞳で睨み付けてきた。



「…なまえはかしこすぎるから、いやだ」



解ったのか。末恐ろしい子。

改めて目の前の子供の知能に遠くを見つめたくなる。
だけれど、さすがに理解すると納得するは別物なのだろう。私の手を握る力は少しも緩まなかった。

しかし、だからこそ。
その曖昧に残された子供の部分は、逆手に取れたりするのだ。

いやだ、と言ったね。
言質の取り方をこの子に学ばせてしまうことになるけれど、今回は致し方ない。いつまでも校門前に佇んでいるわけにもいかないし、何より子供とはいえ無駄に注目を集めたくはない。

子供を送りにきたお母様方の、異質なものを見る視線にはさすがに耐え兼ねる。
すみません。二人揃って子供っぽくない言動で本当にすみません。そりゃ怖いよね!

というわけで。
大人げなくても外見は子供である私は、躊躇いなくにこり、と笑顔を浮かべた。



「じゃあ征ちゃんとともだちやめようか」

「っ!…な……っいやだ!」



やだこの子可愛い。

慌てたようにぎゅう、と今度は全身で抱きついてきた子供に、うっかりきゅんと胸が鳴る。

でも、そんな一時のときめきでほだされるほど、残念ながら私の中身は生易しくも純粋にもできていない。
ごめんね征ちゃん、と内心謝りつつも、唇は弧を描いていた。



「わがままいうこ、かっこよくないなぁ」

「!!」

「めんどうなのも、いやだなぁー…」

「っ、いくぞなまえ。はやくきょうしつ」

「はぁいはい」



あーあー可愛い。可愛いったらない。

必死な顔をして直ぐ様離れたかと思えば私の手を引き、ずんずんと先を歩き始めた子供の横顔を覗き込みながら思わず口元が弛むのを抑えきれない。

扱い難い子ではあるけれど、懐かれてしまえばそれはそれで、可愛くって堪らない。
寧ろ小さな猛獣に懐かれたような感覚は、中々優越感に浸れたりもして。



「…あいにいくから、なまえもくるんだぞ」



未だ納得のいっていない様子で呟く彼に、私は笑いながら頷いた。



「もちろんだよ、征ちゃん」








キミ、懐かせる




(なまえ、しょうぎ。さすぞ)
(ちょっとまって征ちゃんはやい。くるのはやい。まだみんなにごあいさつすらしてないよ。せんせいこまってるよ)
(なまえがこまってないならかまわない。それよりしょうぎ)
(ゆいがどくそん…いや、わたしこまってるし。しょうぎはあと)
(………)
(そんなかおしてもききません。がまんづよいひとってすてきだよね)
(…きょうしつでまってる)
(うん、さすが征ちゃんかっこいいね)

とりあえず問題はというと、初っ端からやらかしてくれる彼のおかげで信じられない、というような目を私にまで向けてくる先生方の印象を、どうプラスに塗り替えるかということだ。
20120904. 

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