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運命を変える出会い、なんて。
そんなものは夢のまた夢だと思っていた。






幼くで母を亡くし、頼りの父は借金地獄に至るまでギャンブルに明け暮れ、親類縁者は遠巻きに見るだけで何の力にもなってくれない。
高校の頃から生活の為にアルバイトを始め、卒業してからは正社員として勤めながらも、それだけではいつまでたっても全額返済の目処がたたないことを知った私は稼げる仕事には片っ端から飛び付いていった。
綺麗事が言えるほど楽な暮らしではない。どれだけ汚れても辛くても生きる為ならやれることはやるしかなかった。

頑張って、頑張って、頑張ればいつかは、報われる日だってきっとやって来るから、羽を休めるのはその時だと思って、それはもう必死に生きてきたというのに。

私は、死んだらしい。

らしい、と曖昧な表現になるのは、私にその記憶がないからだ。
必死に働きお金を集めていた記憶はある。けれど、それを思い出として思い出す頃には、穏やかで愛情深い母と厳しくも優しい父に見守られながら、すくすくと育ち盛っている最中にいた。

自我の芽生えと共に過去の記憶まで甦ったのだと思われる。
しかし乳児期に赤ん坊の脳でいられたのは救いだった。この精神年齢でおしめを取り換えられたりミルクを飲まされたりするのは、かなり厳しいものがある。

今世での家族に対して、特にこれといって反抗心は芽生えなかった。
昔の母は幼い頃に亡くした所為で思い出に残っておらず、父は底辺の人間だったので印象は最悪だ。
だから気づけばできていた新しい家族は、私にしてみれば寧ろ神様かと拝みたくなるレベルで素晴らしく輝いた人達だった。

夢ではなく生まれ変わったのだと気づいた時にはどうして死んでしまったのか、死体はどうなったのか等、気になるところはないではなかったけれど、それよりもまず目の前に用意された恵まれた環境に、私は泣き出すくらいの感謝と感動を覚えたのだ。

毎日三食、栄養価も考えられた食事がとれる。
少しでも何かが成長したら、喜んで褒めてくれる両親がいる。
もう一度、綺麗な人生をやり直せる。

世界の何もかもが輝いていて、恵まれ過ぎていることに恐れさえ抱きかけながら、これはもう身近な人から恩義を返していくしかない、と3歳という幼児期から深く心に決めたのは記憶に新しい。
せめて、愛してくれる人が誇れるような人間になろうと思った。

そんなこんなで今世での目標を決め、様々なことに興味を持ち、習い事や勉強を始める準備をしようとする頃に、家族三人で心地よく過ごせる家を新築することになった。
それまで住んでいた街を出てまた新しく始まる生活に、中身を考えると年甲斐がないが、胸を高鳴らせたりもして。



「なまえー、お隣さんにご挨拶に行きましょうか」

「はーい!」



粗方の整理は終えて習い事の資料を選別している最中に母からかけられた声に、勢いよく立ち上がって玄関へと駆ける。

中身はそれなりに熟した女が子供っぽいかもしれないけれど、母や父といられる時間が私にとっては一番大切な宝物だ。
温かく包み込んでくれる腕に飛び込んでしがみつくと、嬉しげな笑い声が降ってきた。



「お友達がたくさんできるといいわねぇ」

「うん、たくさん、がんばってつくる!」

「偉いわ、なまえ。さすがお母さんの子!」

「うん!」



できなかったことを、全力で頑張る。
今度の人生では、引け目や劣等感に引きずられる必要はない。

今度こそ幸せな人生を送るんだ、と密かな決意を確認しつつ母の歩みに着いていった先で、そして私は今後の運命を左右する出会いを経験することになる。

新しい我が家も相当なものだったが、それに引けを取らない大きさ、立派な庭のある隣のお家。挨拶で顔を合わせたその家の奥さんが上品な笑顔を浮かべながら同い年だと紹介してくれた息子は、警戒心の強い猫のような目付きをした真っ赤な髪の男の子だった。

思わず地毛?、と訊ねたくなったけれど、よくよく考えてみれば今世での私の髪もミルクティーの色に近いような色素の薄さだったので、この世界では珍しくもないのかな、と勝手に納得してすぐに頭から追いやった。



「わたし、なまえ。みょうじなまえ」

「………」

「あなたは? おなまえ、なんていうの?」

「……………」



双方の母が見守る中、鋭く睨んでくる子供に笑顔で話し掛ける。
子供にあるまじき眼力だなぁ、と思うも、社会を経験したことのある私にたかが幼児の睨みが効くはずもない。

実害ないならオールオーケー。好きなだけ睨んでみなさいな、とにこやかな笑顔で返していれば、幼い彼は暫くしてつい、と視線を逸らした。



「ばかになのりたくない」



まあ、なんて子供らしくない生意気な口調だろうか。

そうは思うものの、風変わりな彼が少し面白く思えてしまったのも本当で。
昔から私は、生意気な子供ほど構いたくなってしまう質なのだ。



「そんなこといわないで、いっしょにあそぼう?」

「! はなせっ」



つれない子供の小さな手を私の同じような手で掴んで引っ張れば、勢いよく振り払われそうになった。
それをうまく躱して、内緒話をするようにその耳元に口を近づける。



「たいしてかかわってもいないうちから、はんだんをくだすのはあさはかだよ」

「!」



母には聞こえないように、子供らしくない台詞は、子供の彼にだけ聞こえるように。
そして目を瞠る彼から少しだけ離れて、手は握ったまま、最高の笑顔でもう一度訊ねた。



「ねえ、おなまえおしえてくれる?」



化け物を見たかのように固まった彼は、そのまま数秒間再び私を見つめていたかと思うと、握っていた手にきゅ、と力をいれて。



「………………征十郎」



戸惑いに揺れる声で、その名を呟いた。









運命、捕まえた




それが彼と私の、長い付き合いの始まり。
彼の運命を変える出会いは、きっと私が連れてきたのだ。

そして、彼の睨みに泣かず怯えずあまつさえ気に入られた唯一の子供として彼の母にまで気に入られて可愛がられ、嫁に来いとまで言われるようになるのもまた、運命だったのかもしれない。
20120824. 

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