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「一つ、悲しいお知らせがあります…」

「ハイ?」



付き合う前からの成り行きで日当たりのいい裏庭のベンチで彼女を待っていると、深刻な問題を抱えていると言わんばかりの顔をしながらやって来た彼女があからさまに肩を落として口にした。

曰く、暫く作業に没頭しなければならなくなったので、会える時間が減るのだと。



「あー…まぁ、作業なら仕方ないし、そんな落ち込むなって!」

「その間高尾くんのベストショットを逃すこと…許してください…」

「いやそれなまえちゃん以外誰も気にしてないしね!」



ていうか気にするとこそこかよ!

軽く吹き出しながら肩を叩けば、一等重要事項です!、と力一杯拳を握るなまえの熱意には笑いすら通り越して感心しそうになる。
それだけ愛されてるってことだし、嬉しいものは嬉しいんだけどな。

昼休みも暗室に籠もらなければならないのだと落ち込む彼女を励ましながら、その時のオレは特に共有する時間が減ることは気にしていなかった。
自分自身、バスケの練習や試合で時間をとれないことが多いのだから、気にする筈もない。寧ろ大事なことに費やす時間ならお互いに持っていなければいけないと、そう考えていたくらいで。

しかしそんな考えに心が納得するほど単純ではなかったことは、すぐに分かることになるのだが。



「……高尾」

「なーにー真ちゃん」



なーんて。

何で声を掛けられたのか判らないような受け答えに、見慣れたその顔が歪む様に内心苦虫を噛む。
普段鈍感で他人を気にしない緑間が気付くくらいには、精神的に絶不調の自分にだって気付かない筈がなかった。



「ふざけているのか」

「まっさか。いくらオレでも練習中にふざけたりしねーって」

「そうじゃない。受け答えの方だ」

「…うーわ。真ちゃんに気にされるとか益々終わってるわ」

「どういう意味なのだよ!」



怒鳴る緑間にはいはいごめん、と手を振りながらもう片手でくるりとボールを回す。
随分と的確な指摘は逃がすつもりは更々ないようで、自分の懐の狭さを感じて一度だけ目蓋を伏せた。



「つってもなー、真ちゃんに色恋事の相談とかしてもアレだし…」

「何だ。喧嘩でもしたのか」

「しねーよ! ちょっとあっちに用事があって暫く会ってないだけ!」



八つ当たり混じりに投げたボールは綺麗にその手に収まり、瞬時に放たれ弧を描く。
こういう瞬間もなまえなら喜んで撮るんだろうなー、とか、つい考えてしまうオレは自分で思っていたより大分嵌まりこんでいたらしい。

ここ一週間近くメールでしかやり取りをしていない彼女の顔が浮かんで、傾く頭を押さえた。
重症過ぎる。



「もうオレどんだけ馬鹿って罵られてもいいからなまえに会いたいわ…」

「お前は最初から馬鹿なのだよ」

「そりゃ真ちゃんに比べたらねー…」



一週間前の余裕はどこに行ったんだろうか。
お互いの時間は大切だとか、それは本気で思ってはいるが、それだけで抑えきれないのが気持ちというものでありまして。



(けど、なまえはいつもこんな気分なんだろうし)



オレの都合で重ならない時間も、文句の一つもなく笑顔で受け入れてくれる彼女の心の広さを思い出して、自分の狭量さに情けなくなったりもして。

だけどそれよりも、あのころころと動く表情がオレを見て綻ぶ様だとか、真剣にシャッターが切られる音だとか、たまに触れる肌の感触だとかが恋しくて堪らないのも事実で。

バスケだけが基盤だった日常に入り込んできた異分子は、着々とオレの中を改造していたらしい。
一定期間彼女の顔が見れない、声が聞けないだけでここまで日常は味気無くなるのかと、溜息が出るのを抑えきれなかった。







シャッター音が聞こえない




そして今日もまた味気無い日常が始まるのかと重い気分を引き摺って登校した学校の靴箱で、寒さに縮こまる彼女を見つけた瞬間、場所も考えずに抱き締めてしまったのは次の日のことだった。



「たっ…高尾くん!? ど、え、どうしたんですか具合でも悪いんですか!?」

「あー……うん、もう何か今全部治ったわ」

「えっ!? あの、あっ…えっと、高尾くん、お誕生日おめでとうございます!」

「あーうん…ん?」



人目も気にせず久しぶりの彼女を満喫しているところにかけられた言葉に、弛みまくっていた精神が形を取り戻す。
なまえの首に回していた腕を弛めれば照れて真っ赤な顔をしながら差し出された物に、数度瞬きを繰り返した。



「お誕生日、でしたよね。でも私高尾くんに何をあげればいいのか判らなくて、それで結局自分が欲しいものを…用意してみました」

「え、っと…マジで?」

「はい?」

「いや、なんか…会えなかった分今会えて嬉しいのと、祝われて嬉しいのとごっちゃになってるっつーか…って、これオレばっかじゃん!」

「はい! マイベスト高尾くんセレクションですっ!」



特に包装もなく差し出されたそれは表紙からアレンジが可能のA4版のアルバムで、開いてみれば本格的に背景デザインまで施し、レイアウトされた写真の数々が並んでいた。
どこを捲ってもオレしかいないアルバムとか、初めて見るんだけど…。

カラーとモノクロ、デジタルと銀塩に分けられたアルバムの中身は、確かに被写体が自分であってもかなりのクオリティが窺える。
それを見ている内に今までの寂しさが吹っ飛ぶレベルの愛情を感じとるオレは、馬鹿なのか。頑張りました、と破顔する彼女が可愛くて仕方なくなるのは、馬鹿なのか。

だって結局、会わない間もずっとオレのことを考えてくれていたと、そういうことだろ。



(あーもう)



馬鹿でいいわ。

渡されたアルバムの最後のページ、小さくではあるが二人で撮った写真が置かれているのを目にして、どうしようもなく込み上げる衝動のままもう一度なまえに抱き付いた。



(もーマジなまえ好き!)
(っ! わ、私も…ですけど高尾くん、人が、見てるんですけどっ…!)
(だーめ。逃がしませーん。なまえ不足は埋めさせてもらうかんな!)
(えええっ!?)

20121121. 

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