シリーズ | ナノ


暗い室内、ざわめく男女に、響く声。
私はギリギリまで粘った。内から涌き出る欲望を何とか抑えて目立たず騒がず一人フィーバーしようと、レンズが駄目なら網膜に焼き付けて記憶に置いて完璧に補正し脳内のアルバムに保管しようと。したのだけれど。

正直に言って、無謀極まりなかった。



「っあああああ…ああああああ…!!」

「!? え、何みょうじさん? 具合でも悪‥」

「俯瞰からの撮影もいいけどやっぱりこの場はあおりであの喉を、いや、腕も…っていうかあああ一瞬のライトが凄く頬のラインを際立たせっ…あああ高尾くん撮りたいようぅぅぅぅっ!!!」

「はっ!!?」



隣から話しかけてきた別クラスの男子には悪いが、今は構う余裕がない。
ビクッ、と身体を引き攣らせて若干距離を空けられても、どうでもいい。

マイクを片手にがっつりイケメンボイスを響かせる高尾くんのオーラに、食い付かずにいられない私は最早病気かもしれない。
カメラを手にできない状況に禁断症状を起こしかけて震えていると、マイク越しにぶふっ、と噴き出す音が聞こえた。



「くくっ…ふっひ、ひっ! っは、ちょ、落ち着けみょうじちゃん! キャラ崩れてる! 皆見てっし!!」

「これが落ち着いていられますか高尾くん! 高尾くんが今がシャッターチャンスだと言わんばかりに歌ってるのに! ライトが! 質感が!! 色っぽいのに!!」

「わーかった! 分かったからマジ降参っ…ひ、腹捩れて歌えねぇから…っ」

「そ、それは一大事です…! 高尾くんもっと歌ってくれないと私の脳内アルバムががら空きに…っそれは駄目っ!!」

「いやもう一人で何してんのマジで!? っぷふ…無理だわコレっ…演奏停止停止」

「ああああなんてこと!!」



そんなご無体な!!

機材本体のボタンを押そうとする彼に駆け寄り半泣きになりながらその手を掴んでも、もう遅かった。
せっかく、せっかく高尾くんの新しい表情を見られていたというのに…!



「ああああ高尾くんが鬼ですぅぅぅ!!」

「誰が笑わせてんだっつの!? っはは、まーそろそろ落ちつかねぇとヤバイんじゃね? みょうじちゃん超注目されてるけど?」

「っへ…?」



絶望に頭を抱えてショックを露にしていると、ほら、と今まで座っていたソファーの方を指差す彼につられて視線を動かす。
すると見事に顔を引き攣らせた男子と白けた視線を送ってくる女子数名の様子に、ひ、と喉が鳴った。
フィーバーし過ぎて、周りが見えていなかった。どう見ても好意的とは言い難い周囲に、自然と身体が縮こまる。

そして次の曲が流れ始めても誰もマイクを取らないという状況に、ヒートアップしていた気持ちがしゅるしゅると萎んでいった。

そう、今は合コン中だった。
正式名称は合同コンパニー。男女の出会いを目的とした集まりだが、今回は少し趣旨がずれていて出会いではなく交友を深めることを目的としているらしい。
正直あまりそういった行動には興味はないのだけれど、何故私がこの場にいるのかといえば、女子側から頼まれてしまった、というところで。

高尾くんの優しさに甘えて付きまとい、写真を撮らせてもらいまくっていた私は、どうやら彼や彼の周辺に目をつけていた女子達の格好の餌食となってしまったらしく。
半ば脅し混じりに合コンの手配を押し付けられてしまった私がどうしようもなく頭を抱えていたところ、理由を聞いた高尾くんが周囲に取り合ってくれたのである。本当に彼の優しさにはかの幸福の王子も敵わないんじゃないだろうかと一瞬思った。

と、いうのが今のこの状況の理由なのだが。



「ねーみょうじさん、高尾とデキてたの?」

「ふぁい!?」



冷たい目付きからにっこりとした笑みに仮面を取り替えた、一番近くに座っていたクラスメイトの発言に、ビクリと肩が跳ねる。

まさか! そんなまさか!! 高尾くんみたいな人とデキてるなんて勘違いされることすら滸がましい…!!
というか、合コンのセッティングを頼まれた時点でそれは否定させてもらった気がするのですが…!?

とりあえず再度即刻否定させて頂こうと口を開いたところで、背後からぐい、と腕を掴まれて引き戻された。



「そう見える?」

「っ!!? た、たたた高尾くぅん!?」

「ワリ! この子んとこ親厳しめで門限早いんだわ。オレ送ってそのまま帰るから、後よろしくなっ!」

「は!? ちょっ‥」

「高尾!?」



いつの間に手にしていたのか、彼と私のバッグを肩にかけて私の顔のすぐ横でにんまり笑った高尾くんは、そのまま流れるような手付きで私の手を取ると嫌みのない笑顔でじゃーなー、と一言。
唖然とする彼ら彼女らから身を翻して、個室から飛び出した。



「うえええちょ、た、高尾くんっ? い、いいんですかあれ!?」

「ん? いいのいいの。そもそもアイツらともそこまで芯から付き合ってねーし。みょうじちゃんも実際辛かったっしょ」

「う、あ、それはまぁ…そうですが……はっ、でもお金!!」

「二人分置いてきたから安心していーぜ」

「高尾くんは神ですか…!」

「あっはは、大袈裟」



とりあえず私の分は払わなければ、と財布を探ろうとしたところで、私のバッグが彼の肩にかけられていることと片手が握られたまま自由にならないことに気付く。
その両方を交互に見つめると、何が面白かったのか彼がまたぶはっ、と噴き出した。



「っんと、みょうじちゃんって分かりやすい…くくっ」

「え、そうですか?」

「やー、なんつか、相棒様も中々なんだけどね。女子でここまで分かりやすいのは見たことなかったから」



新鮮だわー、と肩を震わせて笑う彼が、繋いだままの手を緩く振る。
店の出口まで来て、建て替え金を払ってさよならする為にバッグに手を伸ばせば、何やってんの、と笑われた。



「え? いや、帰りますよね? だからバッグを」

「送るって言ったけど?」

「……あれ? あれ本気だったんですか!?」

「そろそろ暗くなるし、さすがに一人で返すのは男の面子に関わるって。ほら行くぜー」

「ははぁ…やっぱりイケメンは違いますね。今のすごく格好よかったです」

「お、マジで?」

「マジです」



これは確かに、人気があっても頷けると思った。
優しくて格好よくて然り気無い気遣いもできるなんて、優良物件過ぎやしないだろうか。しかも被写体としても魅力的ときた。最強過ぎる。

そんなことを考えていると少しだけ前を歩いていた彼が急に立ち止まり、振り返る。
繋がれたままの手が少し恥ずかしいなぁ、なんて思っていたところだった。



「んじゃ、頑張ったら惚れてくれたり?」

「………へ?」



にんまりと笑う彼に、惚けた声を上げながら見惚れる。
それはきっと、今までの中で一番心を動かされた、シャッターチャンスだった。







瞳レンズ心フイルム




なんてな、なんて笑う彼の横顔が、なんだかとても、とても素敵に見えた。
きっとカメラを構えていても、シャッターを切ることを忘れてしまうくらいに。
20120901. 

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