シリーズ | ナノ


自分から男子に話しかけるようなタイプではない。寧ろ苦手で話す度にどもってしまうし、避けられるだけは避けて通っていたのだけれど。

それでは二進も三進もいかないと思い知らされてしまった私は、その日震える指先を握り混み、一人の男子生徒と向き合っていた。
芽生えた欲望を満たすには、これしか方法がないと、生唾を飲み込みながら。



「あああのっ! あのですねっ、私そのっ…」

「えーっと…うん、聞くからまず落ち着こーぜ? な? ホラ、深呼吸深呼吸」

「すぅぅうーはぁああー…はあ、すみません、それでは改めまして!」



目の前に立つ男子生徒のアドバイスに素直に従い、大きく空気を吸い込んでから吐き出す。
そしてぐっ、と握り拳を構えて、率直な願い事を申し出た。



「よよよければっ! よければ高尾くん、私の被写体になってください…っ!!」

「……ん? 何て?」

「被写体に! 高尾くんを撮りたいんです!!」



人気の少ない体育館裏で、思わず身を乗り出すようにして叫んだ私を見つめたまま、彼はぽかんと口を開けた。













「いやーマジで、あの緊張度だから告白でもされんのかと思ったわ…ぷくくっ」

「ここっ告白!? まさか!!」

「あーうん解ってるって。みょうじちゃんはオレを撮りたいだけだもんな?」

「はい!!」

「ぶふぁっ!…そこ全力で頷くとこじゃねーし…っ!」



たんま、と片手を挙げてもう片手で口元を覆いながら震える彼が結構な笑い上戸なことは既に知っている。

彼が落ち着くまでの手慰みに持っていたフィルムカメラのシャッターを切れば、げっ、という反応が返ってきた。



「ちょっ今の撮ったの? バスケ中だけじゃねーの!?」

「高尾くんの悶え笑い顔ゲットです」

「どこに需要あんのそれ!?」

「需要は…未来の自分とか? いいものですよ、ありふれた日常でも撮り残しておくのって」

「まぁなー。確かに、誰といて楽しかった、とか形に残るのはいいかも」



指の上でボールを回しながら笑う彼が、誰かの意見を否定しているところを見たことはない。
とはいっても彼に注目し始めたのはつい最近のことなので、まだまだ知らないことの方が多いとは思うのだけれど。

三日前、唐突な私の願い事に耳を傾けて、二つ返事とはいかないまでも自主練中ならと快く受け入れてくれた彼は、本当に器の広い人だ。
おまけに明るく社交的で、見えない部分でかなりの努力家。秀徳のバスケ部が強豪だということは話には聞いていたけれど、実際に見て感じるのとではイメージは大幅に違った。

やっぱり、自分の目で見てみないことには何事も知れないよなぁ…と考えていると、響くドリブル音。
視線と両手、それから足が連動して、瞬間的にフィルムを回し、フレーミングを決めてシャッターを切った。

シュートが入る瞬間の真剣な目付き、起こる風、筋肉の動きと天井のライト。
体育館内の撮影。感度は100でシャッタースピードが落ちる分絞りはあけてある。けれどその分ピントは甘いので手動である分かなりの注意、タイミング、更には運が必要だ。



「っはああ! 今のっ! 今のピントが合ってればかなりいい画ですよ高尾くん!! ヤバいです!!」

「おっマジで? イケメンになった?」

「なりましたなりましたすごくっ‥いや高尾くん元から格好いいですけどね!? あああでもやっぱり銀塩だとすぐに見せてあげられないからアレですね…っ次はデジタル一眼持ってきます!」



とりあえずこのフィルムは今日中に使いきって明日には現像しよう。
これもまた手作業なのでかなり慎重さと運も関わってくるのだけれど、このフィルムだけは絶対に失敗できない。

家に暗室があればなぁ…なんて無茶なことを呟きながら、何故か無言になった彼をもう一度見上げると、微妙に視線を逸らされた。その顔は僅かに赤い。



「あー…うわ、ヤバいちょっと照れたわ」

「照れ顔ゲットしました!」

「隙ねぇな!! っつか、みょうじちゃんマジで強いわ色々と!」



撮んないでよそんなん、と手を振る彼は先程までの真剣な表情はどこへやら、へらりと困った顔で笑う。
そのころころとよく変わる表情をより多く焼き付けたくて、私はまたカメラを構え直した。









フレーム越しの近距離




(ひやあああ! すごい今色っぽい高尾くん撮れましたぁああ!! 汗が! 筋肉が! 腹チラが女心を擽るというか!!)
(ちょっ何か恥ずいから解説やめてっ! てかみょうじちゃんカメラ持つとハッスルし過ぎだろ!!)
(す、すみませぇええん! でも撮る!!)
(謝りながら!? ちょっ、ぶふっ‥はっ、も、欲望に忠実すぎだろ…っ!!)
20120818. 

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