シリーズ | ナノ


重大なことに気がついてしまった。



「征十郎、まずいよ。将棋指してる場合じゃないわこれ」

「何だ突然」

「私今のままだと確実に高校時代に恋できないよね」

「王手」

「おおう…無視ですか征十郎様」



相変わらず手厳しいなぁ、と溢しながら基盤に視線を落とせば、私の玉将斜め前まで攻めてきていた金将。
後ろに下がれば角行と銀将、一つ横に逃れれば桂馬が控えていて、隙を許さない駒の配置に両手を挙げた。降参だ。



「つっよいなぁーもう。征十郎とやると自信なくすわ」

「いや、確実に腕は上がっている。僕だから負けているがボードゲームの部活をやっている並の部長クラスには勝てる」

「何ですと……知らぬ間に鍛え上げられていたの私」

「全力で指せる数少ない相手だからな」

「やだ、ちょっと嬉しくなっちゃうじゃん」



もう一戦やるか、とこちらを煽る目を向ける征十郎に素直に頷き返す。
ちなみに今は自習時間。クラスは違うのに偶然重なり、何故かそれを知っていた彼にメールで呼び出されたので、空き教室で二人静かに将棋を指している。

昔から頭を使うゲームは嫌いではなかったので、私も人並みにボードゲームをこなせる部類の人間ではあった。
それを知った征十郎に勝負を持ちかけられた日から、オセロ、将棋、チェス…それぞれで彼と戦うことが増えた。今は密かに囲碁も勉強中だったりする。

歩兵を並べ直しながら何気なく窺った彼の表情は、僅かに柔らかかった。



(変わったなぁ)



バスケ部入部当時、楽しみなんてないような顔をしていた彼を思い出して、なんだか懐かしい気分になる。
こんな風に傍にいることが増えるとも、露ほども思っていなかったし。

そんなことを考えながら、細く開いた窓から入ってきた風に揺らされる赤い髪をぼんやりと見つめていると、その下のオッドアイが真っ直ぐに返された。



「それで、できないと困るのか」

「はい?」

「“高校時代に恋できない”と、何か問題でも?」

「ああ、いや、うーん…どうかな?」

「分からないのに口にしたのか」

「いや、何となくね? 経験できることはしとくに越したことはないってのが私のモットーというか…でも征十郎と仲良くしてたら彼氏なんかできないよね。確実に」



こんな完璧人間を引き連れている女子が気になるなんて物好きはそうそういるまい。
何も彼のような完璧人間じゃないと好きになれないわけではないが、これだけ隙のない彼を見て過ごしていれば、私の方も当然目が肥えるし、自然と比較してしまうに違いない。

本当に、どうして目立った秀でた部分も何もないような私が彼と親しくしているのか…改めて疑問に思うが、そこは赤司征十郎のみぞ知る、といったところで。
もしかすると低脳で平凡な一般人の私には到底辿り着かないような理由があるのかもしれない。…ないかもしれないけれど。



「まぁ、尤もな意見だな。そのモットーは間違っていないし僕がいればなまえには恋人はできない」



駒を並べ終えた基盤から視線を上げた征十郎は立てた膝に肘をついて愉快げに瞳を細める。
相変わらずのイケメンだなぁ、と内心で感嘆しながら頷き返した。

まぁ、ですよね。



「それじゃ大学までは恋愛はないかなー…」



どうせ征十郎以上に親しい人なんて今の私にはいないのだし、女子定番の所謂恋バナなんてものにも無縁なので気にすることでもない。
気分的に、高校生だし少しくらいときめきとか追ってみようかな…くらいの軽い気持ちで口にしたことだった。恋愛がなくても死ぬわけではないし。

そんな私の結論に何を思ったのか、対面したオッドアイが不思議そうに瞬かれた。



「何を言ってるんだ?」

「へ? 何が?」

「なまえはこの先も僕といるだろう?」

「……え、ちょい待ち。そんな約束してないよね?」



お前が何を言ってるんだ?、と返したいところだが、相手は赤司征十郎。
不用意な発言は災いを招くということで、慎重に訊ね返した言葉はあり得ない、とばっさり切り捨てられた。

何があり得ないのか私には意味がわかりません征十郎様。



「ここまで僕と過ごしておいて並みの男とうまくいくとでも?」

「いやいやいや、否定し難いけどそこはさ? 私も努力するし私自身は普通だから、なんとかなるよ。きっと」

「無理だな」

「ちょっ、やめて。君に否定されると本当にそうなりそうだから!」



希望の芽を摘まないで…!
さすがにこの先ずっと恋愛できないのは困るから!

大きく首を横に振って彼の言葉から逃げれば、そんな私をじい、と見つめていた征十郎は、最初から決まっていたことを指摘されて疑問を抱いたような顔をして、首を傾げてみせた。



「困るなら僕と付き合えばいいだろう」

「……うん? パードゥン?」

「他にいなくても僕がいる。困った時にはそれで構わないだろう?」

「…………え?」



何を言っているの、この人は。

パンがないならお菓子を食べればいいじゃない恋愛版、みたいな答えに開いた口が塞がらない。
寧ろ、パンがないならキャビアを食べればいいじゃない、くらいのレベルだ。恐ろしい。

それこそ、この完璧人間に並みの人間が釣り合うわけがないだろうに。
何の冗談かと聞き返したい気持ちで一杯だけれど、残念ながら本気と顔に書いてある征十郎にそんな切り返しを送りつけることはできなかった。







絶対君主の所有物




(ちなみに離れた場合は…)
(なまえでも殺す)
(……違う。何かが根本的に違う。まず征十郎が私を口説けるわけがないけど大分おかしい)
(何だ、口説かれたいのか)
(だから違う…ていうかまず口説く口説かないも催促することでもないしね?)
(我儘だな)
(駄目だかつてないほど話が通じない…)
20120815. 

prev / next

[ back ]


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -