最近、面白い人間を見つけた。
性別は女で同い年。洛山高校バスケ部のマネージャーを務める、彼女の名前はみょうじなまえという。
容姿は平凡。贔屓目に見て上の下辺りか。スタイルは悪くはないが、特別いいと言うほどでもない。
人より秀でた特技があるわけでもなければ、変人と称するのも行き過ぎな彼女を何故気に入ったかというと、単純な話僕への対応が異常なほど普通だったこと。それが理由だった。
「なまえ」
午前の授業を終えて賑わう生徒達を避けながら辿り着いた教室の扉。既に開いていたそこから彼女を呼べば、軽くこちらに目をやってすぐに、机上に置かれていた弁当箱を片手に席を立つ。
彼女と昼食を共にするようになって二ヶ月程経ったが、正直ここまで習慣づくとは最初の頃には思っていなかった。
「征十郎、今日は学食?」
「いや、弁当だ。涼める場所に行くよ」
何の躊躇いもなく口にされる己の名前の響きは、今でもまだ違和感がある。
名前を呼び始めたのはこちらからだが、まさか呼ばれたからといって同じように呼び返されるとは。
中学時代のチームメイトにすら呼ばれなかった名前を、出逢って数ヵ月そこらの人間に当たり前のように呼ばれているという現状は中々に新鮮だった。
けれど、それは普通に考えれば至極当たり前のことだと彼女は言う。
名前を呼ばれたなら名前で呼び返す。それは友人関係では何らおかしなことではない、と。
「涼める場所って言ったら生徒会室かなー」
特別学力があるわけではないが、日頃の生活態度を買われて生徒会書記の座を手に入れたという彼女の手腕も、中々に興味深い。
上の立場からの信頼を獲得することに長けたなまえは、しかし横の関係を築くことはあまり得意としないらしかった。
長い黒髪をすべてアップに纏め上げた横顔は、同年代の女子よりも子供らしさに欠けている。
「嫌がらせは進行中か」
何気なく口にした気遣う色など滲ませない疑問に、彼女はひょい、と肩を竦めて見せた。
「誰かさんがおモテになるおかげでねー。まったく皆暇だよね」
「相変わらずショックが少ないな」
「んー…そうかな。辟易はしてるよ、面倒臭いし」
「それでも僕から離れようともしない」
「そりゃ、だって。たった一人の友達までなくしたくはないでしょ、誰だって」
友達。
当たり前に出てくるその単語は、何よりも新しく、夏に聞く風鈴の音のように耳の奥に響いた。
入学当初はそれなりにいたらしいなまえの友人は、僕が彼女と時間を共にするにつれて離れていったらしい。
しかも今ではその元友人からも嫉妬からくる嫌がらせを受けているというのに、彼女はどんな感情でもって僕の傍に居続けているのだろうか。
ふざけて口にすることはあっても、彼女は僕に当たらない。
それがどうしてなのか訊ねたこともある。すると彼女は訝しげに眉を寄せながら、首を傾げたのだ。
「嫌がらせは周囲の狭量から起こることで、征十郎の望んだことじゃないでしょ」、と。
今でも仕草一つ逃さずに思い出せるその言葉に、自然と胸の辺りが弛緩するのが判った。
「なまえは本当に変わっているな」
「はい? 突然何なの。…とりあえず征十郎ほどじゃないと思うけど」
「もう少し楽や利益をとる生き方をしたらどうだ?」
「利益ならあるでしょ。変わった友達は持っとくにこしたことないんだよ?」
悪戯っぽく笑いながら、どこか掴み所のない彼女は常識を語るように指を立てた。
「他の誰より、征十郎には価値がある。それだけだよ」
その“価値”というものが勝利や賢さを求めたものではないと解ってしまうから、彼女は特別な人間なのだろうか。
超人だの化け物じみているだのと、好き勝手な言葉を並べ立てられたこともある。
けれどただの人間として接してくるなまえに、ネジを一本、弛められてしまった。
「ご飯食べたら一指ししようか」
「ハンデは?」
「悔しいけどお願いします」
弱音を吐きたいわけでも、従えたいわけでもない。
駒にする気も起きない人間を傍に置く理由など、考えるまでもない。
溜息を吐きたくなる気分を持ちながら、楽しげに笑う彼女を煩わしくは思えない自分を、素直に受け入れることにした。
続・観察対象絶対君主
心から楽しいと思えるものを、願われたのは初めてだった。
20120728.
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