シリーズ | ナノ



政府から審神者に下される任務の中に、演練というものがある。これは歴史修正主義者達との戦闘を本選と例えると演習試合に当たるもので、定期的に他の部署の審神者の指揮する刀剣面子と試合を行うことで、技を盗み練度を磨かせようという目論見から生まれた任務だ。
もしその場で重傷を負って最悪刀身が折れてしまっても、当の刀剣男士は演練フィールド内から弾かれるだけに終わるため現実的に破損することはない。受けた傷もフィールドから出た瞬間に忽ち綺麗に治ってしまう。資源も減らず経験も積めて練度も上がる、審神者の懐にも胃にも優しいバファ○ンシステムなのである。
いつ見ても、傷と一緒に破けた服まで修復されているのが不思議でならないが。とりあえずそういう仕組みなんだと無理矢理自分を納得させて以降深く考えないことにした。
一々突っ込んでたらきりがないからね。審神者は無駄に頭使って疲れたくはないのです。

因みに、演練の知らせが入るのは一月に二、三といった頻度だ。今回は内番休憩中の左文字ブラザーズと一緒に縁側に並び、差し入れの練りきりとお茶を頂いていた最中にやって来たこんのすけによりお手紙を渡された。
ついでにじっと無言で見上げてくる気配を感じたけれど、違います。断じてサボってませんから。働いて、休んで、働く。このリズムが人の身体には大事なんだと強く目…では訴えられないので、全身で訴えておく。迸れ私の本気オーラ。きちんと伝わったかどうかは定かではない。



「演練、ですか…」

「演練…ね」

「演練……」



封を切る前に既にこんのすけが内容を語ってしまっていたので、すぐ傍で話を聞いていた三兄弟は緩く反応を示した。
ちらりと、軽く顔布を持ち上げて視線を横に流せば、湯飲みを唇から遠ざけて伏せていた目を持ち上げる長男、どこか物思いに耽るように頬に手を当てる次男、そして唯一爛とした瞳で此方を見上げてきている三男の姿が窺えた。

やだー皆さんヤル気満々じゃないですかー、と茶化したくなる気持ちを心に閉じ込めた私を誰か誉めてほしい。大分空気読みました。からかっても無反応か、若しくは氷の視線しか寄越されないだろうと分かってるもんね。
しかし、三口揃っているところに知らせが来たのはタイミングがよかったと言っていい。一口ずつ向き合うと面倒な性質をした江雪左文字、宗三左文字、小夜左文字は、兄弟刀故の安心感があるのか、揃っている時は比較的精神が安定していて話もしやすくなるのだ。
ブラコンってこういうのを言うのかな…と、たまに思う。仲良きことは美しきかな。見た目も独特の美しさや可愛さを放つ兄弟なので、彼らの在り方には特に文句はない。

例えばつい先程密かに見ていた光景だが、小さく切り離した練りきりを一口、口に入れては僅かに頬を緩める小夜ちゃんを見つめる兄二口の目付きは、慈愛を浮かべたどこまでも穏やかなもので……ハンディカムとか渡した日にはこいつら毎日回し続けるんじゃなかろうかと審神者は思いました。
因みに、日本人は映像画像といったものを好むが、撮り溜めた時点で満足するタイプが大半である。出力されることなく溜められていくデータの山が容易に想像できて、私はふっと笑いながら頭を振った。
やめよう、絶対。左文字兄組に記録媒体を与えるのは。きっとメモリーカードやHDDの容量オーバーを繰り返すだけだ。
どんなに溜め込んだデータも入れ物が壊れたらおじゃんなのにな。小分けにして数を増やしても置き場所に困るのにな。



「どうかしたの」

「いえ…何でも。演練の方は、江雪さん宗三さん小夜ちゃんは参加ということでいいですか?」

「僕等はまだ何も言っていませんが?」

「じゃあ不参加ですね」

「そうとも言っていないでしょう」



意地悪をするな、とでも言いたげな態度で返事を返す宗三さんは、ある意味素直な刀である。本丸から外に出られる機会には密かにうきうきした声を出しているくせに。
そういうところが普段の色気を裏切って可愛いですよね…とは思っても口には出さないのがお約束。拗ねると面倒だからなぁこの刀も。

ツンと澄ました声が聞こえたから、顔を背けられたのだろう。塩対応はいつものことなので気にせずスルーする。
小夜ちゃんは問題ないだろうから、次に弟達の向こうに並んで腰掛けている江雪さんへと向き直った。



「で、江雪さんはどうします?」

「貴方に命じられてしまえば、仕方ありません」

「いや…別に強制するつもりはないんですけど」



相変わらず闘いにノリきれないお方だなぁ、と頭を掻く。それでも、実践に比べて演練には彼の重い腰が上がりやすくなるのは把握済みだ。
出陣とは違い、相手を傷付けずに経験を積み練度を上げられる機会だ。力が強くなっても嬉しくないと語る彼も、最低限大切なものや身を守るだけの力はつけてほしいという此方の願いには一応耳を傾けてはくれる。
双方納得の上で互いを鍛えるための手段だということを懇切丁寧に並べ立てれば、出陣するよりは…と頷いてくれることが増えてきた。弟達を連れて行くと言えば、最近は一発である。ディベートは比較的得意な審神者です。汚いとか言うな。交渉も立派な戦術だ。



「じゃあ、あと三口…となると、引率役は山姥切くんで……薬研くんもそろそろ限界値近いし、その辺りですかね」



まず、フォローには最高練度に到達してしまっている中から一口は絶対に連れていく。中でも勝手知ったる仲の子がいてくれると私が楽なので、専ら山姥切くんに頼むことが多い。

最近遠征を頼んでばかりだったから、もう一口は鳴狐さん辺りにお願いしてみようか…長谷部さんでもいいけど、織田揃いは何だか空気が硬くなりそうだし…。
部隊構成を練っていると、頷いてくれた後は沈黙を保っていた江雪さんがぽつりと、問い掛けてきた。



「今回も、彼等は外すのですか」

「彼……おじいちゃん達のことですか?」



一瞬、何の話だとは思ったけれど、私も特別鈍感な方でもない。
演練から外すのが定例となった顔触れは、すぐに浮かんだ。江雪さんの方は頷くでもなく、そのまま続けることで肯定することにしたようだ。



「三日月宗近は練度は最高点に達し、実際にこの本丸で最強の刀でしょう…小狐丸は、私とはそう変わらないくらいでしたか。どちらにしろ、組み込んでも可笑しくはない面子かと」

「嫌ですよ。火種にしかなりませんし」



彼等は連れて行きたくないです。

バッサリ言い捨てた瞬間に微妙に空気が凍った。というか、沈黙が落ちた。
が、私はこれに関しては譲る気はないので、その沈黙はスルーさせていただく。

三条派の太刀、小狐丸と普段の近侍を任せている三日月おじいちゃんは、幻だとか徘徊中だとか唱われる程度に入手確率の低い刀なのだと聞く。限られた戦場でしか拾えない上にかなり稀少でもあるらしい。鍛刀でも中々造り出すことが出来ず、資源が泡と消え絶望に泣き伏す審神者も少なくはないとか…。
しかしその稀少な刀剣の両方が、何の奇跡かうちの本丸には揃っているのだ。可愛い鍛冶職人達が頑張ってくれた。嬉しいけれど、運気を使い果たしたような気がしなくもない。…ということは、今はどうでもいい話で。

うちに限って、特別扱いをしていることはないと思うが(三日月おじいちゃんは近侍なので多少はあるかもしれないが)、他所の審神者にとって彼等は特別な刀として見られることが多い。
それを知っていて此れ見よがしに両者を連れて歩くのは、何だか気持ちが悪いというか…嫌な気分になるのだ。イメージは、脂ぎったブ男な金持ちが自分の外見に見合わない美人を侍らせている図。考えるだけでうげろ、と吐き気を催す感じだから、私は絶対に脂ぎりながら三条太刀組を侍らせたくない。
いや、一応はうら若き乙女ではあるわけだし、そこまで思われることは流石にないかもしれないが。単純に、嫉妬されたり理不尽な憤りを受ける可能性が残るのも嫌なのだ。出来ることなら私は、人間相手に面倒事は極力起こしたくない。

でもね、そうは言っても人間って面倒臭い生き物なんですよね、左文字さん。



「分かるでしょう江雪さん。嫉妬や何やで誰かの引き金を引くのは、私も嫌なんですよ」

「…それが貴方の、諍いを避けるための計らいなのですね」

「そんな大層なものでもありませんけどね」



幸い、自分以外の審神者の刀剣所持数や種類、個体のレベルは秘匿されている。本人に確かめなければ正確な情報は得られないので、人目につく場では私個人の審神者としてのレベルに対して平均かそれ以下のメンバー編成を保っていた。
つまり、三日月宗近と小狐丸は勿論のこと、所謂レアリティが四を越える方々を演練に出すことは滅多にないのだ。江雪さんは除くが。逆に私自身のレベルからすると一口もレアと呼ばれる刀を得ていない方が不自然なので、彼はいい目眩ましになっている。思いきり利用していて申し訳ないが、助かるのは事実なので反省も後悔もしていない。
その江雪さんはと言うと、私のやり方を今のところは好意的に受け取ってくれてはいるけれど。実際のところ、これは厄介事は避けて通りたいという、怠惰者の我儘でしかない。

三日月おじいちゃんは既に私の扱いに慣れているところもあり、仕方ないな、と笑って許してくれるが。それでも全く気にしていないということはないだろうし、無理を言って押し留めていることには変わりない。
本丸の外に出掛けることになる所為で、小狐さんの方は未だに食い下がってくるくらいだ。どうも、自分が与り知れない場に主人を放り出すのが気掛かりらしい。狐と名が付くだけあって、彼も懐くと愛情深いタイプだった。野生という言葉で色々誤魔化している感はあるが、まぁ、うん。可愛いものだと思う。動物は好きだ。無為に人目には晒しませんがね!



「それはそうと、短刀と打刀中心の編成でいいのですか」

「ん…? 何か問題ありましたか」



とりあえずのメンバーを決めながら、軽く目を通していた書面を畳み、封に仕舞い直す。
少し皮肉げな色を滲ませて掛けられた声は、確かめるまでもない。宗三さんのものだ。



「打撃に特化しているのは太刀一口。勝ちに行くには釣り合いのとれていない編成ではないですか」

「ああ…まぁ、確かにパワーバランスだけ見ると不利に追い込まれやすそうですけど」

「大太刀や薙刀の一口は入れておいた方がいいのでは?」

「うーん……」



別に勝たなくても構わないから…と、いつもなら思うところだが。こんのすけから受け取った報せを改めて読みきった私は、詳細を確認して少しだけ気が変わっていた。

負けたくなくなるかもしれないなぁ、今回は。
そうは思えど、編成を組み換える気持ちにはならないが。



「このままで大丈夫でしょう。小夜ちゃんに銃か弓兵を、薬研くんには重歩が堅いですかね…特上刀装はどれくらいあったか…あとで確認しておかなくちゃいけませんけど」

「…いいのですか」

「いいんです。機動重視で、打撃は陣形と刀装補助の線でいきましょう」



何も心配はしていない、と伝わるように、はっきり頷く。自分の分の湯飲みに残っていたお茶を全て呷ってすっくと立ち上がれば、呆れたような溜息が返されたようだが。
だって、何を心配しろというのだ。



「うちの刀は皆強いですし」



演練時の勝敗には常日頃から拘っていない。成績がよければ少しばかり報酬が与えられるが、それがないと遣り繰り出来ないというほど我が本丸の財政事情は切羽詰まってはいない。
刀剣達の士気には関わるだろうから、勝つに越したことはないとは思っているけれど。今回だって負ける気満々で挑むわけでは決してない。見込みが少ないと見られがちな編成でも、勝機を狙う姿勢を崩すつもりは更々ない。

ただ、私に出来ることは自分の頭を精一杯使い、その上で彼らの働きを信じるだけ。それだけでいいと思っている。



「やり様で幾らでも、強くなれます」



さて、そうと決まれば他の面子に声を掛けてみないと。
お先に戻ります、と休憩終了の一声を掛ける私に、返ってくる声はなかったけれど。それもこの三兄弟を相手にすると少なくはないことなので、ちゃちゃっと小皿と湯飲みを拾い上げてその場を後にする。

まずは出陣帰りで休ませていた薬研くんを探そうか。鳴狐さんは遠征から戻るのを待って、話をしよう。山姥切くんはまぁ、頼めば断れない子だから後回しでも大丈夫だろうし……いや、どうだろう。今回に限っては前もって話をしておいた方がいいのだろうか。
演練相手の名簿を頭に浮かべながら、悩むこと数秒。まぁなるようになるか、と結論を出して、目当ての影を探し回ることにした。






雨垂れは石を穿つか




「というわけで…五日後に本丸を空けますので、その日は非番でない方には遠征だけお願いします」

「えー、主に着いてっちゃ駄目なのー?」

「俺は? 大太刀一口くらい行かなくていいの?」

「同じ狐なら私をお連れくださればよろしいものを…ぬし様はほんにつれなくていらっしゃる」

「僕も、演練場には一度しか行ったことがないな…」

「はっはっは。そうか、やはりまた留守番か。はっはっはっはっは」

「全員の意見を聞き届けられない審神者ですみませんね…でもおじいちゃんは笑い声で不満訴えるの止めてください。怖いです」



仕方がないじゃないか。審神者にも色々と都合というものがある。
実戦を気にしてついて行かなくていいのかと訊ねてきた蛍丸くんはともかくとして、口々に不満を訴える他の面子は少しくらい自重してほしい。居心地悪げに襤褸を引き下ろす山姥切くんと微かに俯く鳴狐さんの姿が、近場にいる所為で被り布の隅からちらついて見えるんですよ。可哀想だし、私まで変に申し訳なっちゃうじゃないですか。やめてよ気まずい。その子達滅多に我儘言わないしいい子なんだよ、些か繊細すぎたり言葉少なで扱いにくいところもあるけど!

とりあえず、こちらも色々と考えての編成だということをごり押しで訴えてその場は収めたけれど。ずるいずるいとブーイングを食らった演練部隊の中で、一口真っ向から「大将が考えて決めたことだ」とばっさり切り捨てて他の追及から逃れさせてくれた薬研くんは、相変わらず男前すぎて神かと思った。いや、紛れもない神だけど。付喪神様々であるけれども。
しかし、お前のような短刀がいるか…と思わず呟いてしまった私の声を耳敏くも拾ってくれたらしい山姥切くんに、「薬研藤四郎を隊長に据えればいい…写なんかより余程頼りになるんだろう」と、また面倒な方向に拗ねられたのは余談である。
まぁ、それも、可愛いから良し。

20150401. 

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