シリーズ | ナノ




「駄目でしたか…」



削られた資源と、幾度か目にしたことのある出来上がった鉄の塊を交互に見やって呟くと、小さな鍛冶職人は申し訳なさげに肩を落とした。



「ああ、いいんですよ。そう簡単にいくとは思っていませんから。……もう一度お願いできますか?」



こくこくと必死に頷く彼らに鍛刀分の資源を渡して、作業に入る前に審神者の力を注ぎ込んでしまえば、後は私に出来ることはない。
ぬいぐるみのような彼らが動き回る様に最初の頃は奇妙な感覚を覚えていたが、今はもう慣れたものだ。
さてどれくらいの時間が掛かるだろうか…と、顔を見合わせる彼らを眺めていれば、再び動き出した小さな職人の手から二時間との立札を出された。



「……まぁ、そう簡単にはいきませんよ、ね」



ええまぁ自分が口にしたことですから、分かっていましたとも。別に悔しくなんかない。あっさり叶うわけがないのだから。いや、納得できるだけで悔しくないというのは嘘だけれども。
しかし、二時間半とはまた微妙な長さだと思ってしまうのも本音だ。せめてまだ降ろしたことのない刀であれば、戦力増強にはなるのだけれど……その辺りも運に掛かっているため、期待を膨らませ過ぎると痛い目を見る。

やっぱり付きは巡らないか…。
分かっていたこととは言え落ち込む心から溜息を吐き出した時、不意に入口の方から現状にそぐわない活き活きとした声が届いた。



「あれっ? 主さん、まだ鍛刀してたんですか。遠征組も戻ってきたし、そろそろ夕餉じゃないんですか?」

「あー……もうそんな時間でしたか」



振り返る前に顔布を下ろしたお陰で姿は見えないが、声が聞こえれば判別はできる。溌剌としながらも丁寧な口調は、和泉守兼定の助手を自ら名乗る脇差、堀川国広のものだ。
何も言わずとも齷齪働いてくれる彼は、本丸内のスケジュールを普段からよく把握している。今の瞬間に誰が何処で何をしているかという、リアルタイムの情報にとても強い子だ。堀川くんさえ捕まえれば大概の探し人は見付かるくらいの気持ちで仕事中にも頼りにしている。

今日に至っては私自身が助けられた。時間を確認せずに没頭していたところを見付けてもらえてよかった、と内心安堵する。
夕餉の支度には必ず加わるようにしているのに、そんな日常における習慣すら頭から飛んでいたなんて、うっかりするにも程がある。小さな鍛冶屋達に後は任せると一声告げて、彼の気配の去らない鍛刀部屋の入り口側へと足を向けた。



「堀川くんが通り掛からなかったら支度をサボってたところでした。ナイスタイミングです」

「あはは、燭台切さん達は気にしなさそうですけどね」

「彼らは…まぁ、甘い方々ですからね」



確かに怒りはしなさそうだ…と、同じく調理係を受け持ってくれている面子を思い浮かべて苦笑する。
薬研くんは言わずもがな、光忠さんも身綺麗さには厳しいところがあるけれど、基本的には甘やかすのが上手い性格である。
金に彩られる一見野性的とすら見える瞳を和らげて、審神者としての仕事があるならこっちは任せてくれていいよ、なんて如何にも言い出しそうで…女としての自信をサクッと微妙に削られる気がする。ただの想像でしかないけれど。想像の中でも現実でも、あの隻眼のイケメンは残酷なほどに優しく気が利き過ぎるというか、何というか。



「料理くらい…一応は女だし、少しは振る舞う側でいたいんですよ」



女子力、とまではいかないだろうが、負けたくない戦いがそこにはあるのだ。薬研くんや光忠さんの作るご飯も、勿論とても美味しいのだけれども!



「僕は主さんのご飯も美味しくて好きですけどね」

「そう言ってもらえると自信がつきます」

「あ、でも疲れてる時は無理しなくていいんじゃないかなぁとも……朝にも見掛けたし、もしかしてずっと鍛刀してたんじゃないですか?」

「……流石。堀川くんにはバレちゃいますか」



直接厨房に向かう廊下、僅かに遅れて隣を歩く堀川くんからの指摘に、ふう、と重い溜息をまたもや吐き出すことになった。まぁ、隠し立てするつもりは特にないから、知られたところで痛む部分はないのだけれど。

欲しい刀でもあるんですか、と続けて訊ねてくる彼に、弛く首を振って否定する。



「今は別に戦力に困ってはいませんし、私の意思でどうしても欲しい…というわけではないんですが」

「じゃあ、何でまたひっきりなしに鍛刀を」

「今剣ちゃんが寂しそうにしていたので」



は、と息を飲む音は、人の立てるそれと大差ないのが少し面白い。
言葉を遮った瞬間から聞こえなくなった彼の声に、布の内側で僅かに唇が弧を描くのが自分で分かった。

一期一振がやって来てからというもの、彼を兄として懐く短刀や脇差達の中に入っていけずにいる今剣ちゃんの姿をよく見掛けるようになった。
愛染くんにも似た部分はあるが、彼には同じ來派で自然と会話が成り立つ蛍丸くんの存在がある。同じ三条作の刀である三日月宗近、それから石切丸も既に本丸に迎えてはいるのだけれど、今剣という刀にとって一番親しみを感じる相手には存在感で敵わない。
否、そもそも、人間だって同じだ。求める対象の代わりに他の誰かを宛がっても意味はない。他のもので埋めようとしたところで、押し寄せる虚しさは、やはりこれも人に限った話ではないのだと思った。
きっと、敵う敵わないの話でもない。根本的に、寂寥感の解消法は一つしかないのだ。

だから、私に出来ることなら…と、つい飽きずに手を伸ばしてしまう。可能性がゼロではないことを知っているから、彼らのためにこそ私の貪欲さも増していくようで。



「充分に貯蓄があるとは言え、資源には限りがあることは私にも解っていることなんですが」

「…放っておけないんですね」

「そうですね。あまり、この本丸で寂しい思いをする子は生みたくない。……私も我儘になったものです」



なんて、私の昔を知らない存在の前で溢すのもおかしいか。
笑い混じりの息を吐いて、この本丸にやって来てからの思い出を振り返る。

今剣ちゃんは、私が最初に鍛刀して呼び出した一振だった。政府の元から選んだ山姥切くんのあの性格と性質に多少なりと困らされた当初、素直で愛らしい子供の成りをしていた今剣ちゃんから大きな我儘を聞いたり困らされたことは殆どない。そしてそれは、今になっても寸分も変わらない。
外見にそぐわない実年齢(と称していいのかは判らないが)を考えれば不思議なことでもないのかもしれないが、子供とは我儘や甘えが許される生き物だという概念が、短刀達の姿形を捉えてしまうと頭をちらつくものだ。
情が積もれば積もるだけ、遠慮はしてほしくなくなるし、心配にもなってしまう。無理はしていないか、と。

いわとおしは、いないのですか。
そう初対面時に一度きり口にした名前を、彼はそれ以降私の前で溢したことがないものだから。



「というか、堀川くんの兼さんコールを思い出したら今剣ちゃんが健気すぎて…こっちが我慢できなくなるんですよね」



そう。現状に対して、今現在隣を歩いている刀剣男士の主張っぷりは顕著なものだったと記憶している。
朝起きてくると兼さんを探し、昼には兼さんを求めて鍛刀部屋まで何度も往復され、夜寝る前には今日も兼さんは来ませんでしたね…と肩を落として落ち込んでみせる。そんな堀川くんの兼さんへの心酔っぷりには、このまま和泉守兼定を迎えられなければ私が背後から斬りかかられるのではと、半ば本気で寒気に襲われていたくらいだった。
本当に…あの頃の堀川くんのごり押しには、笑えないくらい精神を削られた覚えがある。今でも軽く鳥肌が立つし、無意識に腕を擦ってしまう。



「す、すみません。あの時は僕も結構余裕がなくて」

「いや…まぁ、過ぎた話はいいんですよ。実際兼さんもいい方ですし、戦力にもなりますし」



焦った様子で謝ってくる堀川くんを責めたいわけでは談じてない。最初から好感的でよく働いてくれる彼には感謝もしている。
ちょっと、兼さん不足時は怖かったけれど。刺されるのが先か兼さんを迎えるのが先かと、ヒヤヒヤさせられっぱなしだったけれども。それでも、過ぎたことだから笑い話にできる。できないのは、今現在向き合っている事情だけだ。



「ただね……口に出さないから平気、ということでもないと思うから」



堀川くんのように、分かりやすく求めてはくれないけれど。他の短刀達を眺める後ろ姿の小ささに、私が耐えきれそうにない。
最早気分はすっかり母親のそれである。姿が幼いだけで私の数百倍は時代を知っているということは、解ってはいるのだが。

それでも、人の身を得て感じる気持ちなら、私にも理解が及ぶと思いたい。
好きな者と居られない寂しさなら、解らないではないと。



「やっぱり、もう一頑張り…絞り尽くすしかありませんね」



夕食をとった後になら、また少し時間もとれるだろう。手入れ分の資源にまでは食い込ませないようにしないと…と在庫に思いを馳せていると、隣から微かに笑う気配を感じた。



「応援はするけど、無理はしないでくださいね」

「そこは大丈夫。熊でも倒せるタフな私ですから」

「熊…えっ?……主さんが倒したんですか?」

「山伏さんの修行に付き合わされた時に、ちょっと」



胸を張った後にこっそりと、怒られたくないから皆には内緒ですよ、と囁いた私に、今度こそ堀川くんは声を上げて笑った。






愛着により哀愁払えず




「おい」

「え?」

「これ…欲しがってたんじゃないのか」



夕食後の片付けまで済ませて再び鍛刀部屋まで足を進めていたところ、白い端布の端がちらりと窺え、目の前に立ち塞がられたのが分かった。
何だ今日は国広デーか、なんて浮かんだ一瞬のおふざけは、軽く顔布を持ち上げた瞬間に掻き消えた。



「な……薙刀?」

「今日最後の出陣で拾った」



その手に握られていた、丈の長い武器。目を逸らしつつ被り布を深く下げようとする山姥切くんに、体力が有り余っていれば感激のあまり抱き付いていたかもしれない。



「よくやった! 山姥切くん偉いです! 凄い!」

「っ…うるさい。あと、俺だけの手柄じゃ…」

「欲しがっていたことに気付いてくれていたんでしょう? 充分、偉いですよ」



よく見てくれている、と褒めれば、渋く歪む表情を隠そうと何時もよりも深く布を被られる。が、これは彼の照れ隠しのようなものだから特に気にする必要はない。
それよりも今は受け取った刀を目覚めさせる方が先決だと、浮上する気分に動かされる私の足は一気に軽くなった。



「よし。早速呼び出しに行きましょう」

「今か? 充分に休んで明日に回してもいいんじゃ」

「善は急げ、ですよ」



最近他の口から聞いた言葉を自分で紡いで、一旦たくし上げていた顔布を下げる。
山姥切くんを従えて向かう先は、先に決めていたその場所だ。



「おお。小さすぎて気づかなんだわ。俺は岩融、武蔵坊弁慶の薙刀よ! がははは!」

「はじめまして。小さく視界に入りにくくてすみません。岩融さん…で、間違いないですね?」

「如何にも! 俺が武蔵弁慶が薙刀、岩融」

「最終確認よし! 今剣ちゃーん! 今剣ちゃん至急鍛刀部屋まで駆け付けられたしー!」

「はーい! なにかごようですかーあるじさ…いわとおしっ!!」

「おお! 今剣ではないか!!」



そこからの展開は速かった。
とんだりはねたりおてのもの、と常日頃から言っている今剣ちゃんの到着は素早く、私の声を拾って駆け込んできた彼は新しく顕現された薙刀の姿をその緋色の瞳に映すと、そのまま歓声を上げて飛び付いていった。
本体の見た目通りがたいのいい彼の薙刀が衝撃に蹌踉けるようなことが起きるはずもなく、難なくキャッチした今剣ちゃんを高々と抱え上げたのだろう。きゃっきゃと可愛らしいはしゃぎ声が私の頭上で響いた。



「わー! ほんとうにいわとおしです! あるじさまがよんでくれたんですか!?」

「出陣組が見付けてくれたんですよ」

「うれしいです! ありがとうございます!」



嬉しいな、嬉しいな、と身体一杯で喜びを表す幼子の様子に、ついほろりときそうになる。ここまで喜ぶほど我慢させてしまっていたんだな…と、運の巡りは仕方がないこととはいえほんの少し反省した。いや、本当に運だからどうしようもなかったんですけどね。
そんな私の背後から、低く落とされた声がおい、と呼び掛けてくる。



「あんたも必死になってただろう」

「いやー…私のしたことと言えば無駄に資源を減らしたくらいですから」

「…だが、疲れないわけじゃない」

「いつもの仕事の延長ですよ」



自分の頑張りが実らなかったのは残念だが、最終的に今剣ちゃんが喜んでくれたので満足しておこう。
一応、努力を認めてくれる存在もいることですし…と首を傾ければ、ばさりと大きく布が翻る音がした。恐らくはまた照れ隠しで身体ごと向きを変えでもしたのだろう。山姥切国広という刀は、初期刀であるに関わらずいつまでも褒められ慣れないらしい。
まぁ、それはそれで可愛いから良し。



「…しかし、私も疎外感感じてちょっと寂しくなってきますね」



大きな腕に抱えられて再会を喜んでいる今剣ちゃんと岩融さんの視界から、私という存在はもう完璧にシャットアウトされているのではなかろうか。心から嬉しげな彼らの様子を窺えば私の寂しさなど取るに足らないものだけれど。
二振の邪魔をする気にもなれず、こうなったら私も手近な者に相手をしてもらおうか…と思った時には、疾うに走り出しの準備が済んでいたらしい。振り向けば、すぐ近くに立っていたはずの山姥切くんが忽然と姿を消していた。
音もなく去る術まで身に付けなくてもいいというか、こういう時にだけ空気を読むなんて…なんて可愛がり甲斐のある刀だろう、とつい噴き出してしまったのは余談である。

20150228. 

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