シリーズ | ナノ



審神者の役目は、自らが現界させた刀剣達の維持管理に育成、彼らを率いての合戦やその他の問題への対処の指揮が主なものである。
他に挙げるとするならば、政府への報告書等を纏める事務仕事や、定期的に開かれる審神者同士の会合への参加が義務付けられているくらいだろうか。
審神者本人が戦場へ出ていくことはほぼ無く、固く禁じられているわけでもないが、だからといって推奨されてもいない。刀剣は朽ちても依代さえ手に入れられれば、また新しく付喪神を降ろすことは可能だ。それを替えが利く、と言い表す人間は存在する。
対して、一度死ねば蘇ることは叶わない審神者の数の方が圧倒的に足りない所為で、ある程度の自己保身が求められるのだ。

審神者の資質を開花させる段階で一応は護身訓練も受けるのだが、飽くまでいざという時のためのもの、というレベルの話。
実際の戦場は待ったなし。命の保証もなく、勝手も違えばただ彼らの足手纏いになるだけという可能性も大いにあり得る。というか、どう考えても、平和ボケした素人が現実の戦場で役に立つほどの働きなど出来るわけがないのだ。
それは、無駄に彼らに傷を作る切っ掛けにもなるということ。自分の存在が負担になって怪我をさせるなんて状況は、私としても絶対に避けたいわけで。

彼らを道具、物として見る政府の思考は決して間違ったものとも言えない(そもそも“人殺しの道具”ではあるのは事実だ)が、それはそれとして、人の形をとった彼らを目に写し手で触れて接していけば、親しみだって徐々に湧いてくる。
末席とはいえ神の席に着くだろう彼らをただの駒のように扱う人間に、若干どころではない胸糞悪さを感じるのは否めない。否むつもりも欠片もないが。

それもそれとして、此れ此れの理由があり、私自身もわけもなく彼らの出陣に付き合うようなことは控えていた。
前線に出ずとも、当然に通信手段はある。映像も音声もしっかりと確認できるため、遠隔からでも指揮をとることが出来る。
刀剣達はそれでいい、その方が守りを気にせずに戦える、とも言ってくれる。少なくとも我が本丸はこのやり方が正解だということだろう。
ただ、やはりというか…無事を祈りながら見ていることしかできない歯痒さには、未だに慣れずにもいるのだけれど。

あとは、そうだ。彼らは遠征以外に出陣の際にも、色々なものを拾い帰ってくる。



「只今帰ったぞ」

「お帰りなさい。……その手の刀は」

「はっはっは、拾った」



普段と変わらず朗らかな笑みと共に近侍の太刀の突き出した手から、決して落としたりはしないよう両手で刀を受け取る。
見たところ、初見の刀だ。大きさから見るに、太刀だろうか。
今日も今日とて被っている布のお陰で目にすることは叶わないが、今も彼はその何相応しい美しい三日月を宿す瞳を細めているのだろう。柔らかな声音で全員怪我はない、と伝えてくる彼にありがとう、と頭を下げてから抱えた刀を示してもう一度お礼を重ねた。



「こちらも、ありがとうございます。早速顕現させますね」

「うむ。どうやら、待ち遠しげな者がいたからな」

「待ち遠しげ…ですか」



誰か、親しい刀がいるということか。
拾われた刀の装飾を見ても、それだけで称号が浮かぶほどの知識は私にはない。
それでも、待ち人がいるならば怠慢をするわけにもいかない。親しい者とまみえたいというのは至極当然の願いだ。それは人に限った思考でもないのだろう。



「では、その待ち人とやらを呼んできてもらっても? その後は休んでいただいて構わないので」

「あいわかった。主も無理はせぬようにな」

「…お気遣いありがとうございます」



ぽん、と一度頭に置かれた掌はまるで幼子をあやすような温もりがあり、たまに彼らが人であるように勘違いを起こしそうになる。
去っていく蒼い背中を軽く持ち上げた顔布の下から見送りながら、私は息を吐いた。

天下五剣の一つにして一番美しいという彼の刀、三日月宗近は初期に鍛刀したので付き合いが長く、滅多に調子を崩さないメンタルを見込んで近侍を務めてもらっている。
穏やかで冷静であると言えば聞こえはいいが、恐ろしくマイペース。しかも中々姿を現さないという困った性質もあるらしく、審神者仲間の中には血眼になって彼を求める者も少なくないと聞き及ぶ。

初期からレアを引き当てた自分の運は素晴らしい。実際に彼は強い上に、見た目は眩しいほどの美青年……だというのに、たまに保護者というか、本物の祖父のように感じてしまうのが何とも言えずしょっぱい気分にさせられる。
本当に、直視し続けるのが憚られるほどの美青年なのに。その性質はと言うと、無条件に甘えかかってしまいそうになるほど、如何にもおじいちゃんといった為体なのだ。
まぁ、それはそれで安心感はあるし、彼の魅力が損なわれるわけでもないから、どうでもいいことかもしれない。



「さて…とりあえず、今はあなたを呼び出しましょうね」



自室を離れ、鍛刀部屋に移動しながら返事を返さない刀に話し掛ける。
どんな姿で現れ、どんな言葉を口にするのか…鍛刀とは違うこの時間の期待と緊張も変わらない。

運び込んだ刀を汚れのない布に寝かせ、立てた二本指を一度額にあて、じわりと指先に溜まる熱を抜き身の刀身に塗布するように滑らせる。
どうか、力になってくれますよう。
願い掛けるのは、これもいつものことだ。



「私は一期一振。粟田口吉光の唯一の太刀にございます」



一瞬の明滅後。聞こえてきた穏やかな声音に、自然と閉じていた目蓋を上げ、止めていた息も吐き出した。
一先ずは、成功。そしてどうやら、比較的友好的な部類を引き当てたようだ。肩にかかっていた緊張が抜けていくのが分かる。聞こえたその名も、覚えがあった。

そうか、待ち人とは……



「粟田口…ということは、藤四郎くん達の」

「兄になりますな」



成る程。つまり、三日月おじいちゃんには彼ら全員を呼び出しに行かせてしまったわけか。
短刀達は本丸を使って隠れん坊等で遊んでいることもある。ちょこまかと動き回る彼らには落ち着きのない子もいるし、少し面倒な仕事を頼んでしまったかな…と後悔したけれど、嫌がってはいなかったようだから気にしなくていいか、と結論付けた。
まぁ、小さな生き物には甘いおじいちゃんだから大丈夫だろう。そう思いながら、私の方も居住まいを正す。



「はじめまして。新しくあなたの主となります審神者です。気軽にサニーと呼んでください」

「承知致しました。さにい殿」

「…ごめんなさい、冗談です」

「…は?」



正直に、これはあかん、と思った。力を抜いてフレンドリーに、とはいかなかった。

この方も冗談通じない系か。いや、そんな気はしてましたが。気配から口調から物腰柔らかですもんね…。
戸惑う様子を一枚布越しに感じて、やってしまったと頭を掻く。この手のノリは相手を誤ったり滑ったりすると気まずくなるから困る。じゃあやるなという話だろうが、そこはアレだ、私なりの歩み寄る方法だから仕方がないこととしてほしい。



「あ、いち兄!」

「いち兄やっときたー!」



さてどうやってこの空気を振り払おう、と模索に入ろうとしたところ、きゃらきゃらと燥ぐ声が人気の少なかった室内に響き渡る。
どうやら私の近侍はしっかりと役目を果たしてくれたらしい。入り口に固まっている短刀と脇差達に手招けば、嬉々とした様子で彼らは駆けてきた。

会いたかった、と口々に囀ずる様は文句なしに可愛らしい。いつもは気弱な五虎退ちゃんまでもが積極的に近付いているのを見ると、流石は兄と言ったところだろうか。
彼自身は嬉しげにしながらも、此方を気にするように視線を投げてくるようだが。



「お前達も元気そうで何より。しかし、主君の前で騒ぐのは…」

「あ、いえ、私のことはお気になさらず。折角ですから藤四郎くん達に大まかな説明と本丸の案内を頼んでしまいましょうか」

「は、はい! その、頑張ります!」

「お役目、承りました」

「主は? 何か話しておくことないんですか?」

「そうですねぇ…用事があればその都度お声掛けください。私からも色々と相談をさせてもらうこともあると思いますが、まずは此処に慣れて、快適に過ごしてもらえればと」



任務はある。けれど、すぐに取り掛かる必要はない。
切羽詰まるほど人員が足りていないわけではないし、再会した兄弟と水入らずで過ごすというのも悪くはないはずだ。

鯰尾くんの確認に少し考えながら答えを返せば、長兄であると言った彼が深々と頭を下げる気配があった。



「お心遣いに感謝します。弟達は良き主君に巡り合ったのでしょう…これから私も精進いたしますので、どうぞ末永く」

「え、いえ、はい…こちらこそありがとうございます」



しかし頭は上げてください。あまり畏まられ過ぎると痒いです。気持ちが。

いっそ此方が遜りたくなるな…と見えないことをいいことに乾いた笑みを浮かべていると、とん、と横合いから軽く腕を小突かれた。
粋がってる奴は得意なのになぁ、と笑った、いつの間にやら彼らの輪から外れていた薬研くんに返す言葉は見付からなかった。

いや、これは仕方ないでしょう。持ち上げられ過ぎると調子が狂うのだ。






尊い縁というもの




一期一振がやって来てからというもの、元々可愛らしかった短刀達は更に弟感がアップしてその愛らしさを遺憾なく発揮している。
変わらず戦いに明け暮れる日々ではあっても、本丸で触れ合う彼らの姿を見て嫌な気分を抱く者もいない。興味がないという者ならいるかもしれないが、私に至っては発せられるマイナスイオンにしっかりと癒されている側であったりする。

けれど、誰もがその仲睦まじい様子を優しく受け止められるというわけでもないようで。



「みんな、うれしそうですね」



少しだけ元気をなくした声で呟いた今剣ちゃんに、内心溜息を吐き出した。
彼が落ち込む理由は分かっている。分かっていてもどうにもならないため、今は的外れな慰めしか用意できないのが辛いところだ。

我が本丸には、彼の薙刀が存在しない。



「よし、今夜は今剣ちゃんの食べたいものを作りましょう」

「わあ、いいんですかっ?」



ぴょこん、と身体を跳ねさせて喜びを体現する今剣ちゃんを撫でながら、勿論と頷き返す。
それくらいのちっぽけな希望しか叶えてあげられないことが申し訳ないが、鍛刀は運。私の意思でどうにかなるものでもないので、待っていてもらうしかない。胸は痛むけれど、仕方がないこともあるのだ。



「ぼく、しゅうくりいむ、がたべたいです! あるじさま!」

「それは主食でなくデザートですね」



しかも地味に手が掛かるものをリクエストしたな…と思ったが、言い出しておいてやっぱり無し、とも言えない。
だめですか?、と頭を傾ける年長の短刀をだめじゃないです、と抱き締めながら密かに在庫分に思いを馳せた。勿論、食材ではなく器材の方に。

少しくらいなら、無理をしても構わないだろうか。

20150226. 

prev / next

[ back ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -