シリーズ | ナノ



さてさて、私は普段から顔の半分以上を隠せる布を目の前に下げて過ごしているのだが。
日常生活に全く支障がないと言えば嘘になるが、取り分け邪魔になるということもなく。寧ろこれが無くなると落ち着かなくなるくらいには身体の一部と化しているので、たまにうっかり失ってしまった時に、少しだけ困ることも起きたりする。



「んんっ!? 誰だお前…!」

「……あー」



不味いところを見つかってしまった。

彩度の高い赤茶けた髪の、見るからにやんちゃ坊主といった風貌の少年に、ずびし、と人差し指で指されて立ち止まる。
本丸の中央部には駆け回れる程度には開けた庭があり、そこに縁側から下って軽く身体を解している最中のことだった。



「ここはオレ達の住み処だ! 客人を招き入れることはねぇ…さては、曲者だな!?」

「いえ私の住み処でもあるんですが…」

「おい、曲者って聞こえたが何事だ」



選りに選って話を聞かないタイプトップファイブ入りと鉢合わせてしまったことに頭を掻いていると、直ぐ様救いの光は差してくれた。
そもそも人の話をきちんと聞いてくれる方が少ない彼らの中にでも、一応常識を弁えた人格を持つ者も存在する。戦闘に入ると血が滾るとかで、突っ走ることも儘あるが……ごく小さなこの騒ぎに駆け付けた彼は、まだまだまともな側に括られるだろう。

人形のように白い肌に指通りのよさそうな黒髪が映える。一見儚げな印象すら抱く彼の姿を目で捉えて、私はほう、と一つ息を吐き出した。



「薬研くん」



見た目通りに大人しい性質はしていないが、一度間を置いて考えるだけの冷静さなら彼は持ち得ている。
訝るように睨み付けてきていた薬研くんは案の定、私の一声にぱちりとその目を瞬かせた。



「……あ、悪い。大将だったか」

「えっ? 大将…あっ、主ぃ!?」

「判ってくれて何よりです」



この際刀に添えられたままの手と数秒間の審議時間には目を瞑ろう。斬りかかる前に気付いてもらえて助かった。

漸く安堵の溜息を吐き出す私と気不味げに手を下ろす短刀、薬研藤四郎。それらを見比べながら意表を衝かれたらしく騒ぎ出す、最初に声を掛けてきた彼は同じく短刀の付喪神である愛染国俊だ。



「どええ!? 主って顔あったのか!?」

「一応人間ですから、顔の一つや二つありますよ」

「二つあったら化け物だぜ大将」

「神に化け物とは、お誂え向きじゃないですか」

「そこらの語り話のように倒させないでくれよ」



仕えた人間が化け物だった、なんて笑えねぇ。

第六天魔王を名乗るような人物にすら仕えた身でそんな冗談を軽く飛ばす薬研くんは、しかし、とその笑みを引っ込めて僅かに眉を顰める。



「見慣れないと覚え辛くてな…すぐに気付かなくて本当に悪ぃな」

「ああ…私が普段から顔を隠しているのが原因ですから。気にしなくていいんですよ」

「だがなぁ…自分の主を曲者扱いってのは、よくねぇよな」

「うっ…!」

「愛染くんも悪くありませんから」



覚えさせるほど顔を晒していない自分が悪い。そしてこれからも必要がなければ晒す気はないので、こういった事故は避けられないだろう。
困ることもあるが、実は彼らの反応を逐一確かめるのも日々における楽しみの一つだったりするし……なんて、真剣に悩んでくれる彼のようなタイプの前では口に出すことはできないが。

腕を組みながら短刀仲間を見下ろす薬研くんを宥めていれば、唇を噛んでいた愛染くんがうぐぐ、と唸ったかと思うと小さな両手を振り上げる。



「あーもう、悪かったって! でも、何で今日は顔の布付けてないんだ?」

「付けてはいたんですが…ついさっき結び目が切れたと同時に強い風が吹いて」

「飛ばされたってか。そりゃあ随分ついてなかったな」

「全くもって」



そこに愛染くんまでやって来たのだから、ある意味奇跡のタイミングだった。
薬研くんという存在が食い込んでこなければ、一歩間違えば私の方が怪我でも負っていたかもしれないな…と、考えると僅かに危機感を覚えなくもない。
まぁ流石に死ぬことはないだろうから、それもやっぱり微々たるものだが。



「あ、じゃあオレが代えの布取ってきてやるよ! ないと困るんだろ?」

「ありがとう。そうしてもらえると助かります」



軽い切り傷くらいなら負っても構いはしないが、彼らの方が気に負ってしまうこともある。人とは異なる部分で繊細な存在だから、主人を傷付けたとなれば芽生える罪の意識も相当のものなのだろう。
次からはもう少し自衛に努めようかな…と反省しつつ、次がある時点で全く意味がないということは、私もしっかりと自覚はしていた。

何せ、戸惑う彼らは愛らしい。






可愛さ余って弄りたがり




「只今帰還しました」

「ああ、帰ったか。首尾はどうだ」

「資源は確保できたが……薬研、隣にいるのは何奴だ。主は何処に」

「まぁ落ち着け。よく見ろ、こいつは大将だ」

「な、んだと…!」



ただいまあるじさまー、とダイブしてきた今剣とそれを受け止めた私の様子を見て愕然とする打刀、遠征隊長を頼んで送り出していたへし切り長谷部の姿に、先程の反省が蘇る。

これはまた少しばかり失敗してしまったかもしれないな、と。



「申し訳ありません。主君を見誤るとはなんたる失態…この長谷部如何なる罰も受ける所存…!」

「いやいやいいですからそんなの頭上げてください長谷部さん」

「こりゃ驚いた! 主にも顔があったんだなぁ!」

「愛染くんと同じようなこと言ってますよ鶴丸さん」



また飛び出して驚かせるつもりだったのか、がさりと音を立てて立ち上がった純白の影に苦笑が溢れる。
わざわざ中庭に潜むとはよくやるものだが…今回ばかりは私の方が上手だったらしい。

しかし、この後落ち込む長谷部さんを慰めることに長いこと気力を振り絞らされたので、顔を晒して遊ぶのはまた暫くは止めておこうと反省し直した。

20150221. 

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