不機嫌少女 | ナノ

▽ 不機嫌少女と幼馴染み




「すみません、笠松先輩いますか」



最近はほぼ避けて通っていた体育館を覗きこみ、少しばかり息を吸い込んで喉から声を張り上げると、近くにいた練習中の部員達が一斉に振り向いてこちらに視線を向けてくる。
その人の数に若干うんざりした気持ちを抱きながら、視界の隅でぱっ、と反応した金色の何かは見なかったことにして、私は見慣れた幼馴染みの姿を探す。

練習の邪魔をしたいわけでもないし、前のようにまた要らぬ誤解を招くのは避けたい。用事は最初からさっさと済ませるつもりだった。



「依鈴? 何か用事か」

「あ、幸男兄」



どうやら幸運にもわりと近い場所で練習していたらしく、私が見つけるよりも先に近づいてきた幼馴染みに軽く安堵する。
あまりじろじろと見られるのは好きじゃないんだよね…すぐに終わりそうでよかった。

右手に持っていた束ねられたプリントを差し出すと、私の目の前に立った幸男兄が何だこれは、と視線で訊ねてくる。



「女バスのキャプテンから預かりもの。なんでも、早めに渡したいけど体育館に近寄るのは避けたいらしくて頼まれたの」

「ああ、なるほど…悪いな。世話かけた」

「別に幸男兄のせいじゃないし。今日は私も部活ないから気にしないで」



悪い、というか体育館に近づけないそもそもの原因は、あの厄介な大型犬がいるからだろうし。
とはいえ奴だけが悪いわけでもないだろうから、それにより生じる不都合を責めるつもりはない。



(まぁ、完璧に責任がないわけではないだろうけど)



好きで愛想を売っているのか、仕事上の都合であまり酷い対応を女子に向かって取れないのかは知らないが、この場合はそれでもTPOを弁えず立ち入り禁止を敷かれるほど幼稚な行動をとるファンが一番悪いのだということは、馬鹿でも解る。

好きだから何でも許されると思ってはいけない。好意があるなら相手の立場を弁えるのは当然のことのはず。
迷惑をかけるなら好きになるな、という話で。しかしそんな道理が通らないから困ったさんなわけだから、堂々巡り。
正当な理由が無い限り女子のバスケ部専用体育館への立ち入りを禁止するというのは、取り締まりとしては厳しいものの間違った配慮ではない。



(勝つ為の応援が練習の邪魔になるなんて、馬鹿らしいにもほどがあるし)



まぁ、だからといって私がここまで入り込んだだけで注目を集めなければならない、というのは正直言って迷惑な話ではあるのだが。

まぁそれも長居しなければそう目をつけられたりはしないだろうと、考えていたところに軽くプリントの中身を確認していた幼馴染みが再び顔を上げた。



「ありがとな。…ところでお前、もう帰るのか?」

「うん、特に校舎に用もないからそのつもりだけど」

「えっ!? 葵っち帰っちゃうんスか!?」

「……黄瀬」

「………犬」



いつからそこにいた。

背後から発せられた騒がしい鳴き声に眉を顰めながら半分だけ振り返れば、不満です、とはっきりと顔に書いた駄犬がすぐ後ろに迫っていた。

不満そうな顔なのに瞳にはキラキラと期待の光が見えて、更にげっそりとした気分になる。



「せっかく来たんだから練習見てほしいっス! ね、オレのかっこいいとこ葵っちにも見せたい…!」

「ポチが格好いいのは元から知ってるからサヨウナラ」

「うわぁあ超棒読みだし絶対嘘だ! 絶対思ってないっしょ葵っち…って、ちょっ、マジで帰んないでよ! 葵っちが見てるなら本気でいつもより頑張れそうな気がするんスよっ!!」

「じゃあ本気が大事な試合見に行ってあげるよ」

「えっ!…いやいやいや! 多分それもその場凌ぎっスよね!? ダウトっス!!」

「ッチ…」



暑苦しい鬱陶しい面倒極まりない。

そこは素直に騙されとけよ、と思いながら然り気無く捕まれた腕を睨むと、対する駄犬が頭上でへらーっと笑う気配がした。どうにもイラッとする。



「女の子が舌打ちしちゃ駄目っスよー。せっかく葵っち綺麗な顔してんのに勿体ない」

「させないでくれればいい話なんだけどね…あと、余計」



現役モデルが適当なこと言うな。

捕まれた腕を払いながら溜息を吐くと、こちらもまた面倒そうに頭を押さえていた幼馴染みが悪い、と呟く。



「こいつ説得する暇が惜しい…今日だけ見てってやってくれ。帰りは遅くなるがオレもいる」

「………私に利は」

「黄瀬! てめぇ部活終わったら即行コンビニまでダッシュだからな!」

「うっしゃあ! はいっス! 葵っち何が欲しいっスか!?」

「ダッツのリッチミルク」

「りょーかいっ!!」



いいのか。奢りで。

嬉々として練習に戻っていく大型犬の背中を見つめたまま、謎のやるせなさに襲われた。
そんな私の気持ちに気づいたのだと思う。ぽん、と背中を叩いてきた幼馴染みも何とも言えない顔をしていた。



「…お疲れ」

「…お前もな」








不機嫌少女と幼馴染み




人気モデルが喜んでパシられるのって、どうなの。

そう思いつつも貰えるものは貰っておく私も、相当かもしれないが。



(葵っちぃぃい! はい! 買ってきたっスよ!!)
(…ありがとう)
(!! お礼…センパイ今オレ葵っちからお礼言われたっス!! すごい!!)
(何がだよ)
(アンタ私を何だと思ってんの…)

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