不機嫌少女 | ナノ

▽ 不機嫌少女の口上手


不愉快極まりないモデルと知り合った日の翌日、何故か私は昼休みに校舎裏に呼び出され、数名の女子に取り囲まれるという事態に陥っていた。



「だからぁ、黄瀬くんに謝れっつってんの」

「アンタさ、解ってる? モデルを土下座させるとかあり得ないでしょ」

「ほんっと感じ悪いわー」



何故、話も聞かずに追い出されかけた挙げ句に幼馴染みの弁当まで引っくり返された私が、あの男に謝る必要があるのか。
モデルを土下座させちゃいけないなんて法律や一般常識なんて聞いたこともないが。
感じが悪いのはお互い様だろう。寧ろ多勢に無勢で畳み掛けてくるお前らは一回鏡で自分達を見てみろ。

言いたいことは山程あったけれど、私はとりあえず深い深い溜息を吐いて視線を逸らした。



(ていうか昼休みに呼び出すとか、嫌がらせ以外の何者でもないわ)



数人で一人を取り囲んでいる時点で、既にリンチに近い場所に一歩踏み込んでいるが。
面倒極まりない状況に呆れ返る私の態度が気にくわなかったのだろう。きついメイクで自分を飾った彼女らは、揃いも揃って眦を決した。



「何よその態度!?」

「黄瀬くんと話せたことだけでも幸せだと思えないわけ!?」

「あのですね、私まだ昼御飯食べてないんですよ」

「なっ!?」

「この状況でっ…馬鹿にしてんの!?」

「してませんよ。お腹空いてるので簡潔に応えさせていただきます」



一応は上級生らしいので、口調は乱れないように正しておく。が、正直空いた腹の中で渦巻く不快感に今にも顔を顰めてしまいそうだった。

あの男のことで呼び出しを受けたところから迷惑極まりないのに、内容は馬鹿らしいわ押し付けがましいわ腹は減るわ、気分は最悪だ。

大体何だ。黄瀬くん黄瀬くんって。
彼女らの見ている黄瀬くんとやらはただのモデルでしかないではないか。

練習の邪魔をしただとか、コンディションを乱させたとかで物を申されるのだったら、まだ私も素直に聞けた可能性もあった。
それなりな時間幸男兄のバスケを見てきたし、あの男の所属するバスケ部が真剣に上を目指していることも知っている。
その邪魔になったということなら私も謝ろうと思えたのだ。多分。それでもあの男にも謝らせるけども。

大体、あの男曰く練習中は、ファンである女子は体育館には近づいてはいけなかったのではなかったか。
それなのに私があの男を責め続けたことを知っているということは、近くで覗いていた人間がいたということになる。

ストーカーかよ、と口を突いて出そうになった雑言は飲み込んでおいた。
こういう女達を逆上させても得することなど一つもない。

冷静に言葉巧みに隙を見せずに。
言いくるめるのが、一番手っ取り早い。

私は鞄にかけていた手を彼女らに突きだし、人差し指を立てた。



「一つ、あなた方の価値観を私に押し付けないでください。あの男…黄瀬と話せたことがあなた方の間でどれだけ価値があろうと私には無関係です」

「っ、な」



喉を詰まらせたように動揺する彼女らが口を挟む隙がないよう、次に中指を立てて視線を誘導する。



「二つ、こんな集団で一人を取り囲んで、周囲からどう見えると思いますか。下手すると手を出していなくても教師の目に触れれば内申点下がりますよ。進路を考えるに至ってとても不利に傾くかと思われますのでおすすめしません」

「っ!」

「三つ、これはまぁどうでも…いや、よくはありませんね。その、黄瀬ですけど」



薬指を立てて、その三本を唇に宛がい、にぃ、と笑う。
その場に走る動揺を逃さず感知して、私は最高に鋭い刃を突き立てることにした。



「仕事をしていることは尊敬に値することとしましょう。でも彼は高校一年生の男子で、我が海常高校バスケ部の部員で、ただの黄瀬涼太、でしょう?」



別に私はあの男が傷ついていようが楽しんでいようが、どうだっていいけれど。
取り囲む人間の感覚そのものが度を越えるのは、見ていて痛々しいから好きではない。
だけれどそれを直接説明したところで聞く耳を持たれないのも解っているので、少々暴力的な攻撃ならぬ口撃を飛ばすのだ。

人間、マナーや思いやりを忘れてはいけない。これ基本。



「壁を作って憧れにされてお人形扱いされて…さて、彼はどんな気持ちで笑っているんですかね?」



愕然とした表情で黙り混んだ女子生徒に私はにこりと微笑んで、二の句を告げられないのを確認してからそれでは私はこれで、と踵を返す。
その後呼び止められることはなく、私は漸くありつける昼御飯を思って溜息を吐いたのだった。

ああ、本当にくだらないことに時間を浪費された。
速足で歩きながらも校舎の壁に掛けられた時計を仰げば、昼休みはもうあと15分しか残っていなかった。






不機嫌少女の口上手



私の特技は負け知らずの舌戦。

しかし、その光景を見つめる影があったことには、残念ながらその時の私は気づいていなかった。

prev / next

[ back ]

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -