▽ 黄瀬涼太と不機嫌少女
その日私は隣の家に住む幼馴染みの母親に頼まれて、彼の忘れ物であるお弁当を届けにバスケ部専用の体育館まで足を運んだ。
高校生の身分で一部活専用の体育館があるなんて贅沢だけど、それだけの経歴を残しているということでもあるんだろう。自分のことでもないが少し誇らしい。
「さて…どこにいるかな」
館内で朝練に励む部活生達を、入口から覗きこんで眺める。
さすがに簡単に見つかりそうにないが、堂々と中に入っていけるほどの図々しさは持ち合わせていない。
どうしたものかと悩んでいると、あれ?、と背後から不思議そうな声がかかった。
「えー…っと。スンマセン、何でここにいるんスか?」
「はい…?」
振り向いた先には鮮やかな金髪がいた。
Tシャツにハーフパンツといったラフな格好からして、彼も部活生のようだが。
(それにしてもチャラい)
ピアスとか、スポーツする身には危険だと思うんだけど。
私には関係ないことだが、微妙に気になる。
「んー…練習中にはあんま来てほしくないって言ったはずなんスけど…」
「…は?」
何やら困りきったような、裏に迷惑そうな色を読み取れる顔をされて、私は思わず眉を顰めた。
この人何言ってんの?
(来てほしくない? 言った? 初対面じゃないの?)
彼が何を言っているのか把握できない。
しかも一方的に不快感を滲まされたら私は苛立つ。理由が解らないんだから当然だ。
「とりあえず、帰ってくれません? 試合なら応援とか来てくれていいからさ」
「は? いや、私は用があって…」
「いや、ホントそーいうの困るんスよね。オレわりとこっちに本気なんで。だからほら、帰って」
「っちょっ……!」
どう考えても噛み合ってない。
訳のわからないまま腕を捕まれて追い出されそうになって、反射的にそっちに意識が向いた瞬間に肩にかけていたバッグがずり落ちた。
「あ」
「っ! んのっ……何してくれんのこのロバ耳男っ!!!」
「っへ!? え!?」
地面に落っこちたバッグを見た瞬間、派手に理性の糸が切れる。
男の手を無理矢理振り払って荷物を確認すれば、見事にひっくり返った預かりもの。
ああ、もう、ぷっつりキたわこれ。
「座れ」
「はっ!?」
「座れ。正座。いや寧ろ土下座しろ。地面にその面擦り付けてな」
「はい!? え、ちょっ…何でそこまで」
「人の弁当箱引っくり返させといて謝りもしない気かこのど畜生が」
「ええ!? 口悪いっ!!」
「黄瀬ェ! いつまでサボってやがる……って…何でお前ここにいるんだ?」
「幸男兄……」
怒り心頭なところに新たに追加された声に、苛立ちを通り越して泣きたくなった。
私の所為じゃないけど、私の所為じゃないけど申し訳なさすぎて。
「幸男兄にお弁当届けにきたのに、このど畜生の所為でひっくり返された!!」
「……え!? あ、えっ? センパイの知り合い…!?」
「…あー、なんとなく解った。お前は気にすんな。あと黄瀬は土下座しろ、オレとこいつに」
「えええ!!?」
後から聞いた話だと彼は人気モデルであるらしく、私のことを節操を弁えないファンと勘違いしたらしい。
実に腹立たしく不愉快極まりない話に、再び私がキレたのは言うまでもない。
黄瀬涼太と不機嫌少女「あの、ホントにスンマセン……」
「爆ぜろ」
「爆ぜっ…!?」
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