不機嫌少女 | ナノ

▽ 黄瀬涼太の変化状況



待っているだけで望むものは手に入らない。そんなに簡単な問題じゃないことは理解した。
その先の在り方までは、まだ見えはしなくても。






「黄瀬くん、また雰囲気が変わったわねー」



久々に、モデルの仕事で撮影スタジオに赴いていた。
部活にのめり込むようになってからは頻繁に仕事を入れられず、スケジュールの都合で休みの日を丸々一日取られることも増えている。
今日も一日を撮影に埋められて部活動後とはまた違う疲れに首を鳴らしていると、それなりに親しくしてくれているスタイリストの一人が着終えた服を纏めながら話し掛けてきた。

所属事務所のお抱えだというその人は、重鎮なのに気さくで話しやすい。歳がかなり離れていることもあって、へたにべた褒めしてくることもないあっさりとした性質が好ましい人だった。



「雰囲気…変わったんスかね?」

「これで…三度目、かしら。今回はスパンが短かったわね」

「えー…いや、自分じゃそんなに判んないんスけど。ていうか凛子さんよく気づくっスね」



表情はいつも通り、仕事中はカメラマンの指示に合わせられているはずだ。
何となしに自分の頬を擦りながら口にすれば、デザインのいい眼鏡の奥で悪戯に細まる瞳が見えた。



「思春期の子相手となればそりゃねぇ?」

「思春期って」

「男の子も楽しいわよね。女の子より成長が遅いから、身体に見合わない中身がアンバランスで魅力的」

「…何かすっごい子供扱いされてる気がするんスけどー」

「高校生なんて弄られてなんぼでしょう」



確かに、特別自分を大人だなんて思ってない。寧ろ子供でいようと足掻く部分は多くある。
握れる特権は握っておくし、元の性格だって仲間内では幼い方だと自覚はしている。

けど、完全な子供扱いは何となく面白くなかったりもして。
不満を露に唇を尖らせてみれば、そういうところ、と指を指されるから言い返すこともできなかった。



「まぁでも、変わったってのは成長したって意味だから」



からりとした笑顔を浮かべる凛子さんに悪気はないことは知っている。からかう気持ちはあるかもしれないけれど、どっちにしろ本気で怒る気にはなれない。

しかも成長したなんて言われれば、オレとしても嬉しくないはずもなく。



「確か前にそうだったのはー…部活がきっかけだったかしら。今回もその辺りで何かあったの?」

「や…あるとしたら今回は多分、部活関係じゃないっスね」

「ん? 原因分かってる感じね? もしや黄瀬くん…恋か?」

「まっ…まぁ、そんなとこっス…けど…」



部活の次に女の子に視点を運ぶ辺り、この人は鋭い。
仕事で関わる人の大概がオレが女子に大きな興味を示さないことを知っているのに、それでも普段なら外れる部分をあえて狙ってきた凛子さんは、今度はにまにまといやらしく口角を上げた。

普通にしてたら美人なのに、もったいない人だとたまに思う。



「めーずらしーっ。黄瀬くんが女の子にうつつを抜かすなんて前代未聞じゃない?」

「ちょ、ちょっと声っ…凛子さん声押さえてデカいっ」

「あらごめんなさい。いや、でも…ふふ、黄瀬くんが女の子に…ふふふふっ…」

「なっ、そんな笑わなくてもいいじゃないっスか…!」

「だって…女の子なんて選り取り見取りっスーって顔してた黄瀬くんが…それで雰囲気変わるくらいにはベタ惚れなんでしょう?」



これを笑わずに何を笑うの、と口と腹部を押さえて身体を震わせる凛子さんには、さすがに悪意を感じた。

オレが恋したらそんなにおかしいっスか…!
確かに、確かに今まではちょっとなめてる部分あったけど! ていうか今でも大半の女子は同じようなもんだけど!!



「特別は、別なんスよ…!」

「ぶふぅっ」

「凛子さん!?」

「ごめんなさい…ふっふふ…特別、特別ねー…くくっ」

「馬鹿にしてるっスよね明らかに!?」

「してないしてない、予想外すぎて痙攣がとまらないだけよ…っふ…は…」

「ひっどい…」



笑い転げながらも傍を通る仕事仲間に軽く指示を飛ばして、疎かにはしないから余計に質が悪い。
いっそ本気で落ち込みそうになるオレに気付くと、更に面白そうにばしばしと背中を叩いてきた。地味に痛い。
しかも何か変に恥ずかしいし!



「まぁま、ごめんなさいって。で? 黄瀬くんがそこまで言うってことはよく周りにくっついてくるタイプじゃなさそうね」

「凛子さん面白がってるでしょー……正解っスけど」

「ふんふん…黄瀬くんが本気になるタイプってどんな子かしら。清楚系?」

「…んー…清楚って言ったら清楚かも…ちょっと目付ききつめの正統派美人?」



メイクなしでも充分映える顔してるよな…と、思い浮かべながら呟く。
彼女の顔だけが好きなわけではないけれど、顔も充分好みの域ではある。

性格上絶対に関わらないだろうが、モデルの仕事だって彼女ならやろうと思えばできるんじゃないか。
一緒に仕事なんかできたら楽しそう…なんて、絶対に拒まれるだろうけど。



「美人かー。いいわね、美人」

「顔に惚れたわけじゃないっスけどね」

「ふーん? で、脈はあるの?」

「…そうやって痛いとこ突くし…!」



ぐさりと。リアルに、胸に刺さる一言に背中を丸めたくなった。
脈があるかなんてオレが知りたい。自分なりに本気ではあっても、彼女の方がどうかなんて少しも読めないのだから。



(いや…脈云々より気にすることがあるけど…)



痛みそうになる頭に手を当てる。今は、そんなことにかまける場合でもないのだ。
気になることはあるし、何より好かれる好かれないより、彼女と関わり続ける上ではもっと大事なことを気にする必要がある。



「信頼できる男って、どんな奴なんスかね…?」



そう、まずは何より、信じてもらうこと。安心して頼ってもらえることが重要事項だ。

彼女が珍しく取り乱すのを見た、あの日。そこからずっと真剣に悩んでいたことを口にしてみれば、今度は本気だということを悟ったのか、凛子さんもからかいの表情を引っ込める。
基本的には面倒見のいい人だ。ううん、と軽く唸った凛子さんは、眼鏡の奥の瞳を細めた。



「信頼ねぇ……難しいけど、やっぱり行動がものを言うんじゃないかしら。口にした言葉に添うのも大事ね」

「うーん…なんか、解るんすけど、具体的にどうすればいいかってなると難しいっスよね」



時間をかけても大丈夫なのか。妙な人間に絡まれていたのを思い出すと、心配にもなる。
もっと手っ取り早く、何か。そう焦ってしまうのは、彼女の脆い面を見てしまったからだろう。



「信頼、信用…難しい人間には本当に難しい話よ。こればっかりは時間の積み重ねもあるし、積み重ねても一瞬で崩れることもある……でもまぁ、黄瀬くんがそんなこと考えるほど、本気だってのはよく解ったわ」



よっぽど難攻不落な相手なのね、と眉尻を下げる凛子さんに、オレの方も自然と苦笑してしまう。

自分でも、厄介な子を好きになってしまったとは思った。けど。



「男を良くする子はいい女になるわ。逃しちゃ駄目よ」

「知ってるっスよー。今でも充分そうだし」



悪戯に微笑む凛子さんに、肩を竦めて返す。時間がかかったって諦めがつかないのは、既に自覚済みのことだ。

引き上げまでの仕事に戻る凛子さんと別れれば、今まで話題にしていた彼女のことが一気に頭に押し寄せるから、堪ったものじゃなくて。
でも、身体の内側がむず痒くなるのも、嫌えない。



(あー……会いたい)



葵っち、と。唇だけで呟いては嘆息する。



(今頃、何してるのかな)



休みの日も部活に行くのだろうか。行っていても夕方だし、もう家にいる? 友達…柏っち辺りと遊びに行っている可能性もあるか。

また妙な奴に絡まれていないかも気になるし、メールぐらいしても怒られないかな。
こんなに女の子が気になるなんて今まではなかったから、若干緊張する。それが滑稽で仕方ないのに、やっぱり嫌にはなれなくて。



「ほんっと、ベタ惚れっスわ…」



取り出したスマホの液晶に並ぶ、名前を見ただけで勝手に頬が緩む。
この気持ちがダイレクトに彼女に伝われば、少しは信じてもらえそうなのに、なんて。思えるくらいにはいかれてる。

そんな自分も、悪くない。







黄瀬涼太の変化状況





メール一文に無駄に気を使って、返信の有無にも一喜一憂する。
馬鹿馬鹿しいと思うことも、一つの醍醐味なのかもしれない。

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