不機嫌少女 | ナノ

▽ 黄瀬涼太の取捨選択



はっきりと、言葉に出されたわけじゃない。
それでも判ることがある。



「……オレ、何かしちゃった…よなぁ…っあああどうしよう!!」

「黄瀬うっせぇ!!」

「いだっ!……スンマセン」



勢いよく背中にぶつけられたボールは、本来人にぶつける用途で扱われるものじゃない。
けれど練習に集中できていなかったのは事実だから、反論することもできない。

地味に痛みの残る背中を擦りながら肩を落としていると、近くでシュート練をしていたもう一人のセンパイがそのやり取りに気付いたらしく、何だ?、と反応を返してきた。



「調子悪いな。女子にでもフラれたか?」

「センパイと一緒にしないでほしーっス…フラれてないし…」



心配というよりは茶々を入れるような一言に軽く睨み返せば、肩を竦めてじゃあ何だよ、と更に訊ねられる。
何だと訊かれれば答えにくいのも本音で、ぐっ、と喉を引き絞った。

とりあえず、そういう軽い話じゃない。
フラれるとか、そういう問題じゃなくて。



「ったく…お前まだ依鈴のことで悩んでんのか」



うだうだと悩んでいるところ、いかにも面倒臭そうに掛けられた声は、この場では一番頼りになるだろうセンパイのものだった。



「笠松センパイ…それ、なんスけど…」

「ああ?」



恐らく、彼女と親しい部類に確実に入るセンパイに相談しない手はない。
このままでは現状が気になりすぎて、練習にも手が付かなくなりそうだ。それは不味い。

不機嫌そうな表情を全面に貼り付けながら近寄ってきたセンパイに、オレは半ば縋るような思いで目を向けた。
嫌そうに顰められた眉は、この際気にしないことにする。



「あれ…確実に葵っち、怒ってましたよね…?」



あまり、というか出来るだけそう思いたくはないけれど。
朝から顔を合わせた彼女の表情は固く鋭く尖っていて、オレを見る目付きが冷たかったことは確かだった。

いつもなら躊躇わず付き纏えるその腕に、伸ばした手を引っ込めてしまったのはこっちの勝手な事情ではあるけれど、それ以前にはっきりと空気から感じ取れた拒絶に気付かないほど、オレだって鈍くはない。

何かしてしまったか。彼女を不快にさせる態度を取ってしまったのか。
心当たりはすぐに出てきて、答えだって解っているのに否定されたくて仕方がなかった。

そんなの、彼女の幼馴染みでいられる目の前の人が考慮してくれるはずもないと、理解していても。



「あー…まぁ元から機嫌は良くはなかったが。お前の態度に苛ついたってのもあるだろ」

「…やっぱり…そうっスよね……」

「お前明らかに可笑しかったしな。あいつのことだからイラッときても仕方ねぇよ」



そういう、親い立場からの物言いが羨ましくて堪らない。
無意識に噛み締めた唇にバレないように俯いて、息を吐いた。

同じくらい彼女の近くに最初からいられれば、こんなことに躓くこともなかったのかもしれない。
けど、どうしたって時間は巻き戻らないし、居場所を入れ換えるような魔法も存在しない。



「依鈴ちゃんか…。笠松の幼馴染み…あの子もすました猫のような可愛い子だよな…」

「え、ちょっ…森山センパイ駄目っスよ! 葵っちは駄目!!」

「何で黄瀬に止められなきゃいけないんだ。恋愛は自由だろう!」

「なっ!…何ででも…葵っちは駄目っス」



ていうか、葵っちが好むタイプじゃないだろうから、大丈夫だろうけど…。

分かりやすく嫌な感覚が渦巻く胸の内が、何を気にしているのかは予想がつくから、苦い気分になる。



「ははぁーん? さては黄瀬…お前も依鈴ちゃん狙いか!!」

「おっ、お前もって! センパイのは軽い気持ちじゃないっスか!!」

「否定しないってことはそうなんだな!」

「あっ…ああああ…!」



墓穴掘った…!!

思わず両手で頭を抱えてしゃがみ込む。
馬鹿だ。本当に、馬鹿過ぎる。そんなの、認めるつもりなんてこれっぽっちもなかったのに。



「おい…それ、マジで言ってんのか黄瀬……」



呆れながらも静観していた笠松センパイの苦々しい声が降ってきて、自然と奥歯を噛み締めた。

マジ…なんて、思いたくないのはオレだってそうだ。



「今は…バスケが一番大事っス」

「そういうことじゃねぇよ。当たり前のことは置いといてだ」



必死に繕って吐き出した言葉は、さすが彼女の幼馴染みだ。ばっさりと切り捨てられる。

でも、それ以上なんて口に出せるはずがなかった。出してしまえば、自分が駄目になる気がした。

だって、オレは…



(友達に、なりたい)



そう願って。その気持ちは嘘じゃなくて。だから真っ直ぐに彼女に向き合って好意を伝えられたのに。

今更、弁解の仕方も判らない。
誰よりも鋭く誠実な言葉を吐く彼女に、今までのオレの言葉が嘘になるだなんて、どう伝えればいいんだ。どんな顔をして近付けるんだ、そんなの。



(…無理だって)



そんなの、無理だろ。

だったら、気持ちの行き場だって決まってしまうのが当然で。






黄瀬涼太の取捨選択




「葵っちは…友達として、大好きっスよ」



違えて呆れられて見離されるくらいなら、苦い嘘でも何でもいい。
彼女の好意を受け取れるなら、それがどんな形でも、構わない。構わないんだ。



(ああ、でも、それでも)
(痛みにつける、薬が欲しい)

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