▽ 不機嫌少女の心裏
他人の感情を一々気にして過ごすほど、自分に余裕があるわけでも暇でもない。
しかし。
「…ねー依鈴、何かあったの?」
訝しげに、今日もまた教室にやって来てはクラスメイト達からの打撃を食らっている駄犬に目を向けての蜜果の疑問に、同じようにその光景を眺めながらさぁ、と息を吐いた。
「知らないけど」
何か、あったのかもね。あいつの中では。
ぎゃーぎゃーと騒がしい中からちらりと投げられた視線とぶつかれば、慌てた様子で逸らされる。
今のは、あからさまに尻尾を振って喜ぶところだろう。いつもなら。
(分かりやすい)
もう少しうまく隠せばいいだろうに。僅かなぎこちなさを含む態度に、自然と眉が寄る。
教室に足を踏み入れている時点で、関わりたくないということではないのだろう。しかし、普段とは違って距離を測っているようなその動きが、わかりやす過ぎるから頭が痛い。
どうすればいいのか判らないとでもいうように、ちらちらと向けられる視線が、なんというか…鬱陶しいのだ。はっきり言って。
言いたいことがあるのなら口で言え。そう言いたくなる私は何もおかしくないと思う。
(面倒臭いから言わないけど)
適当に手を出して妙なスイッチでも押してしまう方が事だ。
暫くは好きにさせてやろうと、思う気分はまるで飼い主のようで自分の機微にうんざりもした。
いい加減、私も感化され過ぎだ。
「依鈴が気にしないなら私も気にしたくはないんだけどー」
「うん?」
喧騒から視線を外し、くるりとこちらを向いた蜜果の顔は若干険しい。
というより、苦いものを飲み込もうとして失敗したような表情に首を傾げると、深い溜息が返された。
「気にしないとか、無理でしょ」
「…どうかな」
「依鈴ってば甘ちゃんなんだからさ」
懐に入れた人間に、本心から冷たくなんてできないくせに。
そう言って唇を尖らせる親友に、私は苦味日帯びた笑みしか返すことができなかった。
ああ、全くその通りだね。
自分でも呆れるよ。
でも、仕方がないことだとも思う。
「自分を好きになってくれる人を、放り出すのは難しいからね」
恋愛も友情も区別できない。
それは私の方が、本当はそうなのかもしれない。
自覚のある弱点から目を逸らしながら、それでも気にせずにはいられないから人間というものはどうしようもない。
「厄介な人間に懐かれたかな…」
「それすごい今更だからね依鈴」
だから最初にもっと突き放せばよかったのに。
頬杖をついて窓の外を見やる私に突っ込みを入れる、親友の顔は呆れ返っていた。
不機嫌少女の心裏だって仕方がないじゃないか。
上手な突き放し方なんて、知らないのだから。
(傷つけたいわけでもないし)
無闇に刃を奮いたいわけじゃない。
愛されたいというわけでもないけれど、それでも。
何であれ、向けられる好意を切り捨てたいとは思えない。
たまに顔を出す甘さに辟易しつつも、諦めるように目を閉じた。
(気にしない)
(気にしないから、好きにすればいい)
(私には、関係ない事情なんだから)
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