▽ 不機嫌少女の周囲環境
「依鈴は、甘過ぎるっ!!」
休日明け、教室に入ってすぐに詰め寄ってきた親友に軽く驚いて立ち止まり、それから彼女越しに見えた光景にああ、と項垂れた。
無駄にキラキラとしたオーラを纏わせた満面の笑みが、既に私の席の真ん前を陣取っている。
そんな駄犬へ苛立たしげなオーラを送りまくっているクラスメイト達の姿に、つい回れ右をしたくなった。
「どういうこと依鈴…あのモデルかっこわらいと一緒に帰ったとか下絵をあげたとか休日に会ったとか…私聞いてないよ!?」
「…ごめん。話すほどの事でもないと思ってた」
「ものすごく重要な話だよね!?」
そんなに騒ぎ立てるほどのことかと疑問に思いつつも、確かに何やらドヤ顔をしている犬の顔を見れば、苛立つのも仕方のないことかと納得した。
別に自慢するほどのことではないのに、アレは確かに不愉快になるわ。
「一緒に帰ったのは幸男兄もだし、下絵は…めそめそしてたからあげただけ。休日に会ったのは散歩してて偶然だよ。別に図ったわけじゃない」
「でもずるい……私だって依鈴と遊びたかった…」
コンクールがあるって聞いたから邪魔できないと思って我慢してるのに…としょぼくれる蜜果に、つい頬が弛む。
少しばかり高過ぎる執着ではあれど、友人に好かれて嫌な気持ちはしない。
「じゃあ、来週は一緒に遊ぼうか」
「! 本当?」
「本当。まだデザイン練ってる最中だから。時間には余裕あるし…期末試験前に遊んでおかないとね」
「っ…依鈴大好きっ!」
飛び付いてきた蜜果の勢いに倒れてしまわないよう踏ん張りながらその背を撫でてあげると、可愛い顔がふにゃりと弛む。
その様子に猫みたい、と和んでいれば、私の席付近でクラスメイトに絡まれていた駄犬がああっ!、と声を上げた。
「葵っちに抱き付くとかズルいっス!」
「ふーん! 親友の特権だもーん!」
「くっ…お、オレだって最近は結構いい感じに距離縮めてるんスからね…っ! 絵は貰ったし、昨日も会えたし…名前も呼んでもらえたし!」
「何だと!?」
「ちょっと待て聞き捨てならないぞ黄瀬犬!!」
ガタンガタンと其処いらの椅子が持ち主の動きにつられて音を立てる。
また面倒な発言をしてくれる駄犬に頭痛を感じながら、くっついたままの蜜果を引き摺って自分の机へと向かった。
「葵さまー、ちょっとこいつ調子乗りすぎじゃねー? おはよー」
「どんだけ甘やかしたの葵さん…おはよう」
「挨拶より先に不満なんだね…おはよう」
「葵っちおはよーっス!」
「あんたも先に言え」
すっかりクラスに馴染みきっている犬に溜息を溢せば、また無駄に煌めくオーラを纏わせた笑みが返ってくる。
何がそんなに嬉しいのだか。
周囲の不満げな面持ちにも気分が萎えるが、この暑苦しい態度には朝から気力を削られる。
これが女子ならまた見る目も変わるのにな…と、鞄を置きながら思った。
「休日にも会えて学校でも会えると、いつもと違う感じがするっスねー」
「黄瀬去れ」
「葵っちの私服も見れたし! ちょい辛な感じで似合ってたし…」
「黄瀬逝け」
「しかも初めて葵っちからお願い事されちゃったし…」
「黄瀬死ね」
「何言われても今のオレはめげねーっスよ!」
胸を張って、満面の笑みで言い放つ犬とそれを叩きまくるクラスメイト達のやり取りを尻目に、私は静かにノート類を机に仕舞う。
本当に、馴染んでいるのに。
溜息の意味は、未だ奴には伝わらないらしかった。
不機嫌少女の周囲環境鈍感なんだか、何なんだか。
(黄瀬くんより私の方が依鈴を知ってるもーん!)
(オレはまだまだこれからっスよ。そのうち抜かしてやるんスから!)
(どうでもいいけどホームルーム始まるよ)
(よくない!)
(よくないっス!)
(…はあ)
prev /
next