不機嫌少女 | ナノ

▽ 不機嫌少女の休日



一言にデザインと言っても、取り扱われるネタは一つではない。
クロッキー帳を片手にぐっと背中を反らしてみれば見慣れた白い天井が目に写って、一度息を吐いた。

どうも、ここでは駄目な気がする。

閉じきった自室でこれ以上考えても無駄だろう。
机に置いてあったデジカメをショルダーバックに放り込み、鉛筆の入ったペンケースやクロッキー帳、財布も同じように入れていく。
携帯はパンツのポケットに仕舞い、バッグを肩にかけながら部屋を出ようとしたところでするりと足に絡み付いてきた猫に、少しだけ頬を緩めた。



「出掛けてくるね」



純血種とは違う黄色の瞳のシャム猫の頭を撫でて、軽く首を擽ってやると気持ち良さそうにごろりと喉を鳴らして擦りついてくる。
こういうところがやっぱり猫は可愛い。

私が家を出ると、自分も散歩に出掛ける気が起きたのだろう。外までついてきた飼い猫は家の鍵を閉めている間に、軽やかな足取りで縄張りを回りに去っていった。
今日は休日だから母の帰りも遅くはないし、私の帰りが遅くても家に入りたくなる頃には帰りつけるだろう。

猫とは逆方向に足を踏み出した私は、さてどこに行くかと晴れ渡った空を見上げた。









 *




町中を歩き回り、小腹が空いた頃にクレープ屋を見つけたのでイチゴとクリームのクレープを購入し、舌鼓を打ちながら一人で彷徨いていたところだった。

見慣れたジャージが、人気の少ないストバス場で動き回っているのを見つけたのは。



「……」



何でまた、このタイミングで。
クレープを握る手に無意識に力がこもる。

いつもキャンキャンと鬱陶しいその犬はイメージトレーニングでもしているのか、時折足を止めてぶつぶつと何かを呟いたり、軽く首を振ったりしながらひたすら真剣に動き回っていた。



(天才、ね)



キレのある動きには素直に関心しながら、フェンスから離れてクレープをくわえこみ、財布を取り出した。
甘いものを食べていると飲み物が欲しくなる。

近くにあった自販機にコインを入れ、ボタンを押しながら過った考えに少しだけ手が止まった。



(時事ネタは諷刺色が強くて肌に合わない…なら、宣伝ポスターなら)



バネを感じさせる動き、すぐ前に見た光景が目蓋に染み付いている。

有りかもしれない。
取り出し口から目当ての飲み物を出して、バッグの中に入れてもう一度クレープを手に戻した。
それから回れ右をして、ストバス場へと戻り今度はフェンスの中へと足を踏み入れる。
集中してこちらに気づいていない犬はそのままに、荷物の置いてあるベンチに腰掛けてクロッキーと鉛筆を取り出し、じっと、その身体の動きを監察することにした。



(速いな)



ストップからモーションへの移りが、半端ではない。
軽くクロッキーをとってはみるものの、ここという瞬間を目で記憶できないため、中々いい形が生まれない。

もっと、動く瞬間、切り換えの瞬間も欲しい。
残りのクレープを一気に口に入れ、咀嚼しながら眉を顰めた。



「見えない…」

「え…?……えええっ!?」

「あ」



しまった。

うっかり声を漏らしてしまった口を押さえる。
ぴくりと反応したその犬が勢いよくこちらを振り向き、大きく目を見開いた瞬間につい、視線を逸らしたくなった。

バレなきゃバレないまま帰ろうと思ってたのに…。



「葵っちぃい!? な、何でっいつからいたんスか!?」

「…ついさっき」

「さっきっていつ!?」

「ほんの数分前」

「な、何でオレ気づかなかっ…いや、葵っちも声かけてよ! びっくりしたじゃないっスかー!」

「気づかなければ気づかないでよかったし」

「酷い!!」



うわん、と泣き真似に走る犬の表情からは一気に真剣さが抜けきる。
それを少し残念に思いながら、まぁ仕方ないかと、バッグに入れていたお茶とスポドリを取り出した。



「自主練お疲れ」

「! え、あっありがとう! うわー、葵っちからの差し入れとかレア!」

「アンタ所々失礼だよね」



受け取ったスポドリにキラキラと目を輝かせる犬に、やはり溜め息を吐きたくなりながら自分の分のお茶を一口だけ飲む。

子供のようにはしゃぐそいつの顔は汗に濡れていて、とりあえずはまず拭え、と近くにあった荷物の中から覗いていたタオルを投げ渡した。



「葵っちマネみたい」

「こんなぞんざいなマネがいるの」

「いやー、大体もっとちやほやしてくる女の子が多いっスかね」

「嫌味」

「そんなんじゃないっスよ!…ところで、葵っち何でここにいるんスか?」



家近いの?、と訊ねてくる犬には軽く首を振っておく。
髪までわしわしと拭き取りながらドリンクを傾けるその喉の動きを観察しつつ、私はただ一言、取材、と返した。



「取材…って、マスコミみたいな?」

「取材っていう言葉には、作品のための物事を歩き集める意味もあってね」

「へー…葵っち物知り…って、じゃあオレ描いてくれるの葵っち!?」

「描かないよ」

「糠喜びっ!!」



ぱあっと喜びのオーラを放った犬をばっさりと切り落とせば、次の瞬間にはがくりと地に両手をつくそいつに軽く息を吐いた。
手が汚れるってのに、何をやっているんだか。



「うっ…オレも葵っちに描いてもらえるかと…思ったのに…」

「この間の水彩画じゃ足りないの」

「あれはあれですっごい嬉しかったけど! でも葵っち、好きな人しか描いてなかったじゃないスかー」



オレも描かれたい…とめそめそとした声で呟く犬は、計算なのか天然なのか。どちらにしろ頗る質が悪い。
私だから深く考えないで終える言葉だけれど、普通の女子ならそんな言葉一つにコロッと騙されてしまうのだろうと軽く目蓋を伏せた。

騙すつもりがなくても、いいことではない。



「もう少し言葉は選んで使うんだよ」

「へ…?」

「好かれたいってことは、好きだって言ってるようなものでしょ。簡単に言い過ぎ」



無邪気と言えば聞こえはいいが、無神経ということでもあるのだから。
そう窘める私をきょとりと見上げていた犬は、一度瞬きするとまたすぐに表情を弛めた。



「葵っちだから大丈夫っス!」

「大丈夫じゃないわボケ」

「ボケてない! 葵っち好きなのは本当だし、問題ないって!」

「……やっぱり馬鹿犬だわ」



愚直というか、なんというか。
好意の種類を知りながら自分には適合させない狡さに、微妙な気分を飲み込んだ。

別に、私はどうだっていいけどね。







不機嫌少女の休日




いつか困るのは自分じゃないの、と。
教えてやるのはやめておいた。



(ところで、ちょっと動き撮らしてもらっていい?)
(えっ! やっぱり描いてくれるんスか!?)
(さあ。顔まで描くかは分からないけど、とりあえず今は筋肉とかの動きが見たい。ああ、悪用はしないよ)
(そんなん気にしないっスよー、葵っちだし。んじゃ、オレ張り切って練習するっス!)
(いや、さっき通りでいいから)
(そこは何かリクエストしようよ!?)

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