不機嫌少女 | ナノ

▽ 不機嫌少女の気紛れ



最近、纏わり付いてくる犬の態度が鬱陶しい。
正確には最初から鬱陶しさは感じていたが、例の廊下の絵のことを隠していた一件から、やたらと絡み方が未練がましさ溢れるものになった。

例を挙げると、今までは私が素気無い態度をとればキャンキャンと泣き喚いていたのが、あの一件からは拗ねた風な顔をするようになったような。
別に何を思われようと構わなくはあるけれど、思ったことを顔に出されると、何も言われなくても五月蝿く感じてしまうもので。

まるで、飼い主に構ってもらえないのがもどかしく苦痛なのに、度を越していて自分からは甘えられなくなった犬のような視線。
そこまでくればぞんざいに扱えなくなる自分の甘さに、私は溜息を吐き出したい気持ちを隠しながら、美術部員の私物置き場と化した備品庫を漁っていた。

基本的に、美術部で真面目に部活に出ている生徒は少なく、置かれる私物は画材に限らず雑多としている。
埃の被った袋や雑誌類を越えて記憶に残る自分のスペースに足を踏み入れながら、放課後の自由時間を捜し物に当てる愚かさに、頭の中の自分が嗤った気がした。



(本当、馬鹿みたい)



別に、放っておけばいい。
何を思われても私自身は構わないのだから。
私が構わないなら、それでいい。
そう、割り切れたらきっと楽だと思うのだ。
思うのに。

吸い込んだ空気に潜んだ埃が喉を刺激して咳が出る。
制服の袖で鼻と口を押さえながら、ああやはり馬鹿らしい、と思った。



「私も大概…懲りないな」



見つけ出したB2サイズのパネルバッグから埃を払い落とし、ファスナーを開けて中に手を突っ込む。
指先に触れた感触を確かめて引き出せば、数ヵ月前に使い終わっていたスケッチブックが出てきた。

僅かに胸に懐かしさを込み上げさせるそれを一旦膝に乗せて、ファスナーを閉めてから再び入り口へと戻る。
馬鹿らしい。そうは思っても、この中身をくだらないものだとは決して思わないから、仕方ないのかもしれない。

少しくらい、絆されても。






 *



「葵っちー! おはよーっス!」



珍しく教室に辿り着く前に背後から掛けられた声に振り向けば、ちょうど登校してきたところなのか靴箱から駆けてくる大型犬がいた。

教室外で懐かれているところを見られると色々と面倒だということは、こいつは理解していないのか。
人気モデルの登場に嬉しげだった女子数名の視線が突き刺さるのを感じて、私は眉を顰めた。

私から話し掛けたわけじゃないのに、逆恨みはやめてほしい。



「朝イチで会えてラッキーっスね! クラスメイトいないから邪魔もない!」

「邪魔って…アンタまだそんなこと思ってんの」

「へ? だって、葵っちと仲良くなりたいオレの邪魔してくるのは本当だし」

「…狭いね、視界」



なんて勿体ないことを。
私の言葉の意味が解らないと言いたげに傾げられる首に、溜息しか出ない。

まぁ、どうせ言ったって解らないなら、自分で気づくしかないのだけれど。

疑問符を飛ばす馬鹿犬に何でもない、と返しながら足を進める。
ついでにタイミングも悪くないので、スクールバッグに差していた環状に巻いたそれを引き抜いて真横につき出した。



「? 葵っち?」



これ何?、と視線で問い掛けてくるそいつに、いいから受け取れと押し付ければもたつきながらも筋ばった手に収まる。

そこまで見届けて、私は歩く速度を上げる準備をした。



「あげる」

「へっ?」

「それ好きにしていいから、拗ねるのやめて」

「え? 拗ねるって…あ、え? ちょっ…葵っち、これ!」



環状に巻いた、一枚の絵。それは所謂下書きというか、イメージを固める段階の試作品でしかないのだけれど。
それでも、私の中に残された情景を好んだ人間になら、まぁ、渡してしまっても構わないかと考えて。

作品として仕上げたものとは画材もタッチも違うけれど。



「っ…葵っち! あの、あ…っありがとうっ!!」



立ち止まってしまったそいつの声に軽く首だけ振り返ってみれば、真っ赤に染まった顔は笑ってはいないものの喜色を醸し出してはいたから。

ああ、仕方ないなと。
馬鹿らしいけれど、悔やむ心は少しも生まれなかった。






不機嫌少女の気紛れ




何を思われても、私は構わない。
けれど、誰かの思いに影を落とすこと。それはまた話が変わってくるのだ。



(まぁ、たまには少しくらい甘やかしてもいいか)

(ヤバい嬉しいにやける葵っちが優しいとか今日はついてる朝イチで会えた上に絵まで貰っちゃったとかヤバいオレ今日絶好調すぎる…!!)

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