この世の春を謳歌しているとは、正に今の私を指すのでは。

机に突っ伏しかけてうんうん唸っている坊主頭の後輩と、先程からガリガリと鉛筆を齧り始めている額の真ん中辺りの髪だけ色を染めている小柄な後輩。
この二名を机を挟んで眺める私は、痙攣しそうになる頬を必死で引き締めている。
やや変顔になっていないかが心配なところだけれど、それどころじゃないのも正直な気持ちだ。キュンキュンを越えてぎゅいんぎゅいんと心臓を捻られているような感覚に、ここ数時間私はずっと耐えている。

因みに小柄な後輩にシャープペンでなく鉛筆を与えたのは私だった。
勉強嫌いでストレスを溜めた人はたまに噛み癖が出てくるので、噛みちぎってしまった場合の危険を考えて鉛筆を差し出しておいたのだ。
決して彼の歯形が欲しかったとかそんな変態じみた理由ではない。断じて違う。結果的にそうなっても違う。いやでも正直ちょっと美味しいとか思っててすみません。

しかし、もう、本当にだね!



(かっわい、い…っ)



問題集を睨み付けながらぎぎぎ、と言葉にならない声を上げる、その仕草すら胸にきて頭を打ち付けたくなるからやめてほしい。いや、やっぱりやめなくていい。このトキメキを糧に私は明日からも生きていくから、どうかもう少しそのままでいてください。
鉛筆に立てられる白い歯にご馳走さまですありがとうございますと机を叩いて喜びたい気持ちをぐっと押さえ込み、深く息を吐き出す。

冷静になれ私。目的を見失うな。



「あの…二人とも、解らないところは訊いていいからね…?」



迸る衝動を堪えて、できる限り穏やかに声を掛ければ、それぞれ頭を悩ませていた二人は同時にバッ、と顔を上げた。



「スンマセン!」

「先輩も暇じゃないっすもんね! 時間は有効に使わねーと…」



その二人の揃った動作と素直な表情にドスッ、と撃ち抜かれるものがある。
くっそ可愛いなぁもう…と仰け反りそうになる身体を自分で引っ張りながら、私は大丈夫だからねと首を横に振った。

先輩らしい余裕のある笑顔は浮かべられただろうか。あまり自信はない。
私ばかり幸せに浸っているわけにはいかないし、頼まれて引き受けたことはなおざりにもできないのだけれど。



「これ、解説見てもいまいち解んなくて…こっちの例題はなんとなく解るんすけど、何でここでこの数字になるのか」

「あ、はい。ちょっと問題見せてね。えーっと…」



自分のノート整理も完璧には終わっていないけれど、今彼らを助けるのが私に課せられた仕事だ。
私の気持ちを知っていて約束を取り付けてきた友人をその時一瞬は恨んだものの、結果的にかなりいい思いをしているので明日ちゃんとお礼をしよう。
田中くんが質問してきた問題と寸前の例題を見比べながら、頭の端でそんなことを考える。



「解らないのは移行した後の計算かな…これは例題の数字がちょっと意地悪だね。勘違いさせる値を置いてる」

「ふ、フム、なるほど」

「龍おまえ解ってねーだろ」

「ぐっ! ノヤっさんだって詰まってただろ!」

「か、解説するよー…?」

「あ、うす!」



茶々を入れ合う後輩二名を眺めているのは和む。けれどずっとそうしてもいられないので、振り向いた田中くんの気が逸れない内に勘違いしやすい計算法を噛み砕いて説明した。



「ほー……じゃあ、こっちをかけてるからこの数字になったわけじゃないってことっすかね」

「うん。紛らわしい書き方されてるよね」

「いや、でもちょっと解ったんで! 次解いてみます!」

「頑張って。で、西谷くんは…」



そわっと浮き足立ちそうになる心を留めながら、視線を少しずらして問題集を覗き込む。他ページにある解説を再び睨んでいた彼の目がくいっと上がる。
それだけのことに、ドキッとしてしまう私も中々乙女だ。いや、今までちゃんと目が合ったことなんかなかったんだし、緊張するのは仕方ないことだと思うけど。



「毎度毎度、問2とか問3で引っ掛かるんすよね」

「そ、そうなの…ちょっと見せ……おう、これは」



ドキドキと速まる心音を感じながらも表面上は平静を保つ。
雑に書きなぐられた字にすらキュン…とするかと思ったけれど、しかし。解答欄を目にした私の口からは偽らざる素の感想が溢れ出た。



「ん? どうしたノヤっさ…相変わらず男らしいな!」

「男らしいで括れる田中くんも中々男らしいね…」



与四郎は腹をくくるべきだと思う。そう書かれた解答欄を見つめて苦い笑いが込み上げた。
なるほど…彼らしい。らしいけれど点は確実に稼げない。
何がおかしいんだ?、とガリガリと頭を掻いている西谷くんは、大真面目だ。ふざけているわけがない。
感情的なところも素敵だけれど、試験には役立たないなぁと若干の微笑ましさすら感じながら、私は問題集を再び彼の前に置いた。

正直どこから教えたものか判らないけれど、投げられもしないから仕方がない。
頼まれ事以前に、西谷くんが困っているのに放置できるわけがなかった。



「えっと…多分ね、思ったことを書けるんだから、本文はちゃんと読めてるんだよ。それなら、問題を理解すれば答えを間違ったりはしないと思うの」

「うーん…どーもこう、読んでる内に一言言いたくなるんすよね」

「西谷くんは熱い人だからね…でも、人の機微もちゃんと見抜けるタイプだと思うから、現文なんかは弱くないんじゃないかな」

「…ん?」

「え?」



問題を読むことについては頑張れ、としか言えない。
そんな風に説得していると、キョトンとした目で見返されてしまった。そしてその可愛さに胸キュンする間もなく、隣の田中くんまであれ?、と顔を上げる。

どうかしたのだろうか。私まで意味もなく瞬きを繰り返していると、田中くんがシャープペンを握ったままの手を振った。



「や、先輩の言い方がよく知ってるっぽいなーと思って」

「! あっ、あの、たまに試合観に行ってて…だからその、一方的に知ってたりする人が結構バレー部にはいてっ…」

「ああ! 旭さんとも仲良いしそれか! 元から俺らのこと知ってたんすね」

「あ、うんそんな感じかなーははは…」



やっべ危なかったやっべ…!
内心だくだくと滝のような汗を流しながら乾いた笑いを漏らす。何いきなりずっと見てました発言しようとしてるの私は。お馬鹿!

からっと笑って納得してくれた二人に感謝しつつ、走る心臓を胸の上から押さえる。西谷くんも田中くんも素直な子でよかった。本当によかった。ありがとう天使達。



「でも先輩頭いいっすね。解説もうまいし。これで進学クラスじゃねーって逆にすごくないっすか?」

「あー実は二年まで進学クラスだったんだけど…進級前の試験の日に流行りのウィルスにかかっちゃってね。追試結果はクラス分けに入らないから」

「うわっ、悲惨っすね」

「あはは…まぁ、クラスがどこでも進学したければ勉強すればいいだけだし。競わなくていい分のびのびできてるよ」



こっそり息を整えつつ、話題の転換に安堵する。

そう、進学クラスにいるとどうしても周囲の本気を窮屈に感じてしまって、焦って仕損じることも少なくなかった。
進学を目指すにしろ、関わってくるのは総合的な成績だから、どのクラスに身を置こうがあまり関係はない。

それに、これは不純な理由なのだけれど、やっぱり私は今のクラスでよかったと思う。
バレー部でエースの座にいる東峰くんと同じクラスというのは、個人的にとてもお徳なこと、だったりして。

だって、そうでなければ、私はこうして彼と視線を合わせて話す機会なんて、とてもなかったはずだから。



「二人は、卒業後どうするかとか決めてるの?」

「あー、どうっすかね。何だかんだバレーは続けそうっすけど」

「俺は今は目先の試合しか考えらんねぇな!」

「だな! 目指すは春高!」

「そして勝ァァつ!!」

「おぉぉ!!」



スイッチが入ったかのように騒ぎだす二人の表情は輝いたもので、突き上げられた拳に心を殴り付けられたような気分になる。

放課後、オレンジ色の強い光がキラキラと差し込む教室で、彼らはその光に負けないくらい輝いていた。



「あっ、すんません勉強!」

「ツッコミ入んないからついっ!」

「ううん」



数分程間を置いて振り向いた二人は、わたわたと焦った様子で謝ってくる。そんな年相応さは可愛いけれど。



「格好いいね」



やっぱり、ときめかずにはいられないなぁ。

この顔色、夕日で誤魔化せればいいのだけれど。







3ー3教室夕刻時





(東峰くんは鬼かと思ったけど神だったおはよう!)

(お、おお? おはよう、昨日は)

(その節はありがとうございましたぁぁぁ!)

(あ、大丈夫だったんだなー。よかった)

(もう、もうね、二人ともいい子で男前でね、でも私は西谷くんに惚れ直すこと幾多に渡りって感じでっ…頑張ったんだけど冷静さ欠いてなかったかな、変なこと口走ってなかったかなぁっ?)

(う、うーん、俺は様子を見てないから判らないけど…とりあえず二人とも朝から話した感じじゃ普通に岸本に感謝してたと)

(感謝! 通行人Aレベルの認知度だったはずの私が西谷くんに感謝される日が来るなんてっ……駄目だちょっと目眩がしてきたから頭冷やしに飛び下りてくる)

(ここ三階だよ岸本!!)

20140516.

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