気持ちには形がある。恋心なんて最たるものだ。
衝動のままにぶつけもすれば、他人を通して流してみたり、秘めて抱き続けるということもあるだろう。そこに正否はない。

だから、と言えば言い訳がましいけれど、恋をしている一乙女としての私にも私なりの形というものがあった。
想いを届けようだとか実らせようだとか、そんな気持ちは一切ない。
ただただ遠くからでも、一方的に好きな人を眺めていられるだけでも幸せなことだった。

そう、私は、幸せだったのだ。






「ああでも一日…いや、一時間だけ東峰くんと中身が入れ替われたら更に幸せだなぁ」

「それは俺は困るだろうなぁ」

「だよねぇ。私も東峰くんに成りきる自信ないや」



きっと数分で襤褸が出るね。
隣の席の友人と笑いながらそんな会話を繰り広げるのはいつものことだ。
朝練での様子を東峰くんの口より聞くことで、私の一日の栄養補給は完璧になる。これ一つで徹夜で三食抜いてもお肌ツヤッツヤでいられる気がする。

しかし本当に東峰くん視点になれたりしたら、その瞬間に私は栄養過多で卒倒するだろう。プレパラート並みの東峰ハートで私のときめきに耐えきれる自信がない。絶対病院に搬送される。考えただけで乾いた笑いが溢れるわ。

それでも、ちょっとだけ体験してみたい気持ちは拭えない。
今日も今日とて私の想い人は、この友人を迎えに来るのだろう。ホームルーム終了と同時に駆けてくる足音一つにも、胸を震わせられて仕方がない。ついにやけてしまいそうになって困り通しだ。

上級生の教室にハキハキと通る声を思い出しただけで、駄目だ。頬が弛む。
両手で顔を押さえながら乙女モードに入ってしまう。
そんな私を呆れるでもなく、苦笑しながら相手をしてくれる東峰くんもいい人だ。



「岸本は本当に西谷が好きだね」

「ええ? そんな今更分かりきったことを…大っ好きですとも!」

「そんなに好きなら本人に言えば」

「いやそれはいいや」

「即答かー」



結構です、と立てた掌を左右に振る。
岸本も変なところ強情だなぁ、と溢す東峰くんに、返す笑顔が微妙なものになる。

そういうわけじゃないんだけどね。



「いつも話聞いてくれる東峰くんには悪いんだけどねー」

「いや、俺は気にしてないけどさ。伝えてもいいくらいには西谷のこと好きみたいだし」

「うーん…とは言え、清水さんに勝てる確率ゼロだし」

「それは…うん…ちょっと難しいかもしれないけど」

「あはは、正直者だ」



言い出しておいて申し訳なさそうに眉を下げる東峰くんは、体格のわりに気が小さい。
悪気がないのは解っているし、怒ることでもない。気にしないでとその肩を叩いた。



「最初から、伝える気もないしさ」



私は彼が笑っていたり怒っていたり、真剣な顔をしている瞬間を眺められるだけでも、本当に楽しいし幸せなのだ。
届かなくて構わない。多くを望むことはない。

ただただ遠くからでも、一方的に好きな人を眺めていられるだけでも幸せなこと。そう、私はちゃんと自覚している。そんな人を見付けられたことにも有り難がって生きている。

生きてきたと、いうのに。



「あ、そうだ岸本、今日こいつらに勉強教えるの頼めないかな?」



ほら、岸本成績いいし。なんて煽てるような台詞は右の耳から入って左の耳から抜け出ていく。
試験前の追い込み間近、昼休みに駆け込んできた後輩二名の意識をサラッとこっちに向けてくれた友人に、それまでのやり取りをこっそり盗み聞き盗み見楽しんでいた私は目を剥いて固まった。

東峰くんの発言と視線誘導から、必死な顔の後輩二名がぐりん、と首ごとこちらを振り向く。いっそ恐怖すら感じて、ヒィッと喉から情けなくもか細い声が漏れた。



「な、な、に…東峰くんっ…?」

「いや、スガとか大地は手一杯だし、俺も勉強はあんまりだから。岸本は要領がいいし、教えながら自分も勉強できたりしないかなー、とか…」

「そ、なっ、えええ…っ?」



突然何を言い出すっていうか東峰くんは鬼なの…!?

ばっくんと一度大きく跳ね上がった心臓を、落ち着けられない。あまりの展開に焦って言葉も出てこない。
しかも、見られている。後輩二名にじっと見られている。穴を開けんとするような二組の視線にぶわっと冷や汗が湧いた。必死に目を逸らしてはいるけどこれ新手の拷問か何か?



「先生が捕まらなかったみたいだし、同輩にも匙を投げられたらしいしさ…」

「い、いや、それは聞こえたけども」



これ以上教えようがないと、見限られたのだと喚く声はしっかり拾った。
ええ、拾いましたとも。絶望したと言わんばかりの縋り付く声もいいなぁ、なんて思いながら聴いていたから悪かったのか。私の不純さが悪かったのか。

逡巡しつつ、そろりと目を向けた先には僅かな警戒を滲ませながらも必死、と顔に書いてある一方的によく知る後輩二名の姿が。



(うわぁああ目が…っ)



今までずっと遠くから見つめるだけできたから、目が合ったのなんて初めてだ。
つり上がり気味の大きな瞳にズキュン、とハートを撃ち抜かれる。可愛い。し、格好いい。
突き刺さる矢は慣れたものにしても、至近距離で直接対峙しては威力が格段に違った。この衝撃はもうアーチェリーの域じゃない。ボウガンレベルだ。



「あのっ」

「ふぁ、はいっ?」



阿呆なことをつらつらと考えて現実を遠ざけていたら、痺れを切らしたように一歩詰め寄られて背筋が伸びる。しかしやっぱり緊張で変な声が出た。恥ずかしくて顔が熱くなる。



「俺らすげー勉強とか、嫌いなんすけど」

「あ、ああ…うん」

「でもそうも言ってらんねーっていうか…旭さんがわざわざ推すくらいだし、頭いいんすよね」

「こ…困らない程度には…?」

「じゃあ、お願いしアス!」

「迷惑だったらすんません! お願いしアス!」

「ちょっ、ええ!?」



真っ直ぐ自分を見られると逃げたくなるけれど、そういうわけにもいかない。勢いよく頭を下げた二人組に、私は逃げ場を塞がれた。



「な、二人もこう言ってるしさ」



しかも追い討ちをかけてくる友人といえば、この光景を前に穏やかに笑っている。
いつもの気の揉みっぷりは何なのかと問い詰めたくなったけれど、そんな場合でもなかった。



「わ、解った! 私でよければ教えるから早く頭上げて…!」



クラス中の注目を集めてしまい、羞恥に頭が痛くなりそうだ。これは熱も上がってしまうんじゃないだろうか。



(いや…でも今日だけだし)



今日一日だけだ。それも、数時間。その間私の心臓と表情筋が耐えきってくれればなんとかなる。

そうだ。きっと大丈夫だ。これを越えたらまた私は遠くから眺めて満足する生活に戻るのだ。
だったら逆に美味しいと考えよう。たった数時間でも、同じ場所でまともに会話を交わせる機会だ。
きっとこんなことは、最初で最後の一度きり。その思い出は確実に宝物にできる。

だから、お願いだから耐えてね、心臓。あと顔も、にやけないでね。

じゃあ放課後に、と何故か東峰くんから約束を取り付けられて帰っていった二人の後輩。その小柄な方の背中に漸く熱視線を送って、溜息を吐き出した。







抗いがたい約束を一つ




(東峰くん知ってる? ボウガンって飛距離百メートル以上なんだよ…そんなのに撃ち抜かれたら死ぬよね…)

(え? いや、知らないけど。突然何?)

(つまり東峰くんは私を殺す気なんだ…)

(よ、よく解らないけどそんなつもりはない…!)

20140516.

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