目立った取り柄も面白味もなく、勉強はできても完璧ではないし、取り分け人より秀でているところも見つからない。
平凡で狭量でつまらない人間。それが私、岸本実星を形作る全てだ。

元から自分のつまらなさは加減は自覚していたけれど、それを虚しく、恥とすら思い込んだのは中学三年のとある時期からだったと思う。
特別な才能がない自分を顧みては落ち込み、持つ者を眺めては羨望を募らせる。特別という言葉がとても綺麗で尊いもののように感じた時期、私が持っているものと言えばほんの少しの要領のよさくらいのものだった。

できることなら、何でもいい。何でもいいから私にも、誇れるものが欲しい。
無気力に、無為に時を過ごしたくはない。
そんな願望、ある種の執着に急き立てられることも、仕方のない部分があったかと思う。

芸術面、運動面、どちらの才能も見出だせなかった私にできることと言えば、残るは勉学一つきりで。そうとなれば何としても上位に食い付くしかなく。
そうすれば少しは胸を張っていられるだろうと考えたのだけれど、結果的にその目論見が達成されることはなかった。
上を目指せば目指すほど切りがなく、私は点数に追い立てられる日々に嵌まってしまった。

どれだけ頭を捻っても解けない問題はある。私の躓いてしまうような石を、軽々飛び越えていける人間も必ず存在する。
点を重ねて上位に名前を連ねたところで、一番にはなれない。勉強にも相応のセンスは必要で、私の要領のよさは凡人の域を出ず、首席をとれる程には至らないことに気付いてしまった。



(…六位、か)



その前は五位、その前の前は八位だったはず。
掲示された試験結果を確かめるごとに、自信や矜持といったものが引っこ抜かれていく。
湯船の栓を抜いた時のように、じわじわと身体から流れ出ていく力を確かに感じた。

予習も復習も完璧に、自分なりに必死に努力した。教師への質問だって怠ったことはない。
勿論、勉強以外にやるべきことがあればどうにか両立させた。それくらいの器用さは、持っていたはずなのだけれど。

それでも、私には足りないんだ。
願望は潰えて、だからといって他にできることなんて浮かびようもない私は、機械のようにそれまでの日々を繰り返すだけになる。適切な睡眠時間と栄養だけは確保して、残る時間やエネルギーは全て勉強に割り当て続け……次第に、そうまでして何のために頑張っているのかもよく判らなくなっていった。

正に、無為な時間を過ごしている。望んでいなかった顛末に気付いてしまえば、熟した努力がいつの間にか泡となって消えていたという事実に、私はすっかり疲れきってしまって。
特別になりたいと願うこと自体が平凡でつまらない人間性を表しているのだと、まざまざと思い知らされてしまったのだ。



『久々に試合、観に来ないか』



無気力に生きていた私を見兼ねたらしい、同中に通っていた血縁に試合を観に来るよう誘われたのはそんな時だった。
二年に上がって最初の期末考査前、多くの運動部の熱気の溢れる季節のことだ。
少しの迷いは見ないふりをして、気紛れに覗いた地区予選大会。そこで私は、全身の血液が沸いて騒ぎ出すような思いを経験することになる。

観に来いと言われていた他校の試合より先に、母校の試合を覗いてみた瞬間だった。
運命じみたタイミングで烏野側のコートに放たれたスパイクが、ふわりと宙に浮き直ったのは。

落ちると思ったのに。しなやかな腕に上げられたボールは、まるで自ら選んででもいるように人のいる位置に降りていく。
そうさせたのは、一人だけユニフォームの色が違う小さな影だった。確かリベロと呼ばれる役割の人間が色の違うユニフォームを着るのだと、少ない知識を呼び起こして確かめる。その間も私の視線は橙色に釘付けだった。

とても真似できないような俊敏さは、鋭い反射神経からくるものだろうか。他メンバーと比べても小さく見える影は、それなのに、絶大な存在感を持ってそこに立っていた。



(きれい……)



格好いいだとか、凄いだとか、込み上げた気持ちは他にもあったはずだ。
けれど、どうしてだろうか。目を配り、駆け回り、ボールに食い付く動作、仲間を鼓舞する張り上げられた声、遠目からでも分かる闘争心に燃える横顔が、今まで目にしてきた世界中の何より、とても、美しいものに見えた。

一見で才能を確信できることなんてそうそうないのに、私が陶酔しきっていたのか、彼がそれだけ素晴らしい選手なのか、その時は考えるより先に納得したように覚えている。
彼は間違いなく才能を持つ者で、特別たらんとする以前に特別な存在だと。

ああ、私の憧れは…特別は、きっとあの人を形成する全てだ。

要は一目惚れ。ただそれだけのこと。
だけれど、きっと、一生に一度も味わえるか分からないほどには貴重で衝撃的な邂逅だった。少なくとも、私にとっては。

浮き足立った帰り道、沈む陽光に照らされた街は鮮やかに彩られて、見たことがない風景のようにこの目に映ったことも覚えている。









「私、東峰くんが羨ましかったんだよね」

「え? 何、突然?」



そういえば岸本って何で西谷が好きなんだっけ。
今日も今日とて一日一西谷報告に胸を騒がせていた最中、今更なことを訊ねてきた友人には少し笑ってしまった。
そして、すぐに思い返せるほど近くに置いてある記憶を手繰り寄せてから口にした言葉がそれだった。

ああでも、羨ましかったのは正確には、コートにいたメンバー全員かもしれないなぁ。
きょとんと瞠られる瞳は、見た目には男らしい顔付きの上にあるからギャップがすごい。とはいえ、東峰くんとの付き合いも二年目ともなればそんな顔にも慣れはしていた。



「西谷くんはとっても頼りになる、支柱みたいな存在でしょ」



答えになっていない答えだという自覚はあったから、補足しておく。

勿論、頼りになる存在は彼だけに限らないだろう。仲間同士で時に助け合い支え合う中で、試合の流れ、人の立ち位置によってもその役割が変わることがあるのは知っている。
けれど、やっぱり彼は特別だと思う。リベロという役目も含めて、西谷夕という人は特別、安定感がある。

あんな人が味方にいてくれたら心強いだろうなと、思わせる強さがあるんだよね。
一限前の休み時間に東峰くんをパイプにして毎日思い返す、姿、声、形。彼の存在を確かめるだけで、身体の奥で生まれた熱が全身に回って、動いている心臓を実感できる。
私の中が、意味のあるものでいっぱいに満たされる。

込み上げる熱量にやられた身体は、くったりと半分くらい机に伏せてしまう。仄かに熱くなった頬を腕にくっつけると、自然と東峰くんから視線が外れた。



「あんな風に言葉も態度もハッキリしてて、ぶれない人がいてくれたら、安心感あるだろうなーって」



東峰くんは一度、挫けちゃったみたいだけど。
くすりと落ちてしまった笑いに、隣の席に着いている大きな身体がびくりと跳ねた。



「いっ、痛いところを突くなぁ…」

「ごめん…だって、そんな人に必要だって認められてるのに、何してんのって思っちゃって。部外者が勝手言って、悪いとは思うけど…」

「いや…うん、それは解ってる」



二年時の地区予選、破れなかった鉄壁のようなブロックは、観戦していた私から見ても相当手強いものだと分かった。その結果の敗戦も、責任感のある選手には堪えただろうことも。
恐怖やプレッシャーというものは、今年のインハイ予選では払拭できたようだったけれど。
頼りになる、個性溢れる味方が増えてからの東峰くんは、失いかけた自信やプライドを取り戻せてきているように見える。

今も、ちらりと目線だけで追った表情は時折ちらつかされる、精悍なものだった。



「岸本の言う通り、俺には俺の仕事があって、一人で試合はできなくて…背中の護りは、頼もしいよ」

「…そっか」



よかったと思うと同時に、やっぱりいいなぁ、と溜息を吐きたくもなる。
直接的に力を分け合うような関係性が、羨ましい。私は女で、部員ですらないから叶わないことだけれど。

大きな憧れに詰まっているのは恋心だけに留まらない。
違う形でも同じように、彼に献身できたら素敵だと思う。



「東峰くん、生きてるね」

「え? 何?」

「比べるのも烏滸がましいんだけど…そんな感じ、しない?」



訝しげに首を傾げた友人に、顔は腕にくっつけた状態のままで笑ってみせる。
とくとくと鼓動を刻む胸は机に押し付けている所為か、特に強く感じられた。



「多分…東峰くん達がバレーしてる時、疲れたり挫けそうだったり、苦しくなってくる場面があるよね。でも必死になって食い付いちゃうような。そういう時ってさ……上手く言えないけど、一番、生きてるって感じない?」



苦しいけどあと一歩、まだ終われない…って。
私はそれなの。
私にそんな感覚を教えて、運んでくれるのは、彼だけなの。

無為に過ごして繰り返されるだけの時間に、鮮やかな色の光が差した日。あの日からずっと、私の中でちらつく姿は消えてなくならない。消したくもない。



「今日も明日も話を聞いたり、あの人を見掛けられるかなーって考えたり、実際姿を見られたら、ぎゅわっと胸が絞られたりしてね」



ああ私生きてるんだなーって、思うのよ。

目蓋を下ろせば甦る光景が、駆り立てる。心から焦がれられるものができると、それを活力に変えられるものだ。

だから、あの日あの人を見付けられた自分自身なら、私は唯一誇ることができた。
この身体中を満たし続けている、恋だけは。






鮮やかな空に魅せられた




(それからは実に充実した日々ですよ。ちなみにその後成績も上がり、前回の考査でも学年三位の結果に)

(うん…何て言うか…岸本のバイタリティーも目を瞠るものがあるよなぁ)

(ね。私もびっくりしたけど、活力源のエネルギーが半端ないもんね)

(いや、そこは実力って誇っていいんじゃないか…?)

20140728.

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