長すぎる足を大きく踏み出しザッザッと砂を鳴らしながら、私は豪快に泣いていた。
「ばっっっかみたい!!」
何が恋だ。何が愛だ。何が運命だ。
まだ頭に花が咲いていた数時間前までの私の脳内を掃除機で吸い上げてやりたい。
お前が夢見たものは、簡単に崩れ落ちるジェンガみたいなものなんだよ!
握りしめてぐしゃぐしゃになった紙袋の中で、私の気持ちみたいにぐちゃぐちゃになっているであろうカップケーキを今すぐ灰にしてやりたい。
とりあえず焼却炉でも探して放り込まないと。僅かに残った冷静な部分の助言に従って、おさまりそうにない涙を制服の袖で拭いながら歩いた。
とどのつまり、失恋した。
「だいたい、ふり方が、ずるっこいわ…っ」
中学の頃から一年間付き合っていた彼氏に、今更な理由をつけられてフラレた。
自分と三センチしか違わない身長が嫌だ、とか。
並ぶと釣り合わない、とか。
見た目がどうのこうのでフラレるなんて納得できないが、私は知っている。
同じ高校に入るために二人で頑張って、どうにか入学できた陽泉高校。そこであいつがクラスメイトの女子に告白されてコロッといってしまったのを、知っているのだ。
知っていた。けど、信じていたかった。
一年間の優位性が、こっちにはあったのだ。可愛い女の子に告白されれば、それは揺らぐかもしれないけれど、それでも。
それでも私の方が大事だって、思ってくれるはずだって。
「思ってたのに‥なぁ…っ」
ああ、でも、もうその時点で駄目なのかもしれない。
ようやく辿り着いた、校舎裏の焼却炉の蓋を開けながら失笑した。
告白されてその場で断ってくれない時点で、先は見えていたんじゃないか。
あんまりにも馬鹿馬鹿しすぎる恋だった。
高校入ってすぐに失恋したなんて、笑い話にもならない。私はこれから中学以来の彼氏に高校に入ってからフラレた女として後ろ指を指されて生きるんだわ…ちくしょう腹が立つ。
燃え尽きて灰になって煙になって消えてしまいますように、と願いながら右手を振り上げ、あいつに渡すつもりだったカップケーキの入った紙袋を焼却炉の中の灰に、思いっきり叩きつけようとした。
叩きつけようと、したのだけれど。
「んっ!?」
振り上げたままの右手首が、何かに引っ張られて動かない。
えっ? なにっ!?、と焦りながら右後ろに身体を捻れば、塗りかべのように佇むあり得ないくらい大きな男子生徒がいた。
ここで一つ説明しておくと、私は女子にしてはかなり背が高い。
無駄に縦に成長したせいで、男子の平均身長くらいはあるはずの私なのに。その私を余裕で見下ろせるような巨体を前に呆然と立ち竦んでしまった。
そんな私の反応をものともせず、どこかぼんやりとした目のその男子はその身体に似合わず可愛らしい仕種でこてり、と首を傾げた。
「ねぇ、これ、お菓子?」
「っえ?」
「お菓子じゃないのー?」
「え、いやっ、カップケーキ、ですけど…」
あんた誰…と言いたいのに言う暇もなく、やったー、と呟いた彼に今まさに焼却炉へホールインしようとしていた紙袋が奪われてしまった。
展開についていけない。というか、あげるなんて言っていないのだけれど。
「あの、それ多分ぐちゃぐちゃになって‥」
「んーほんとだー。でも食べれるしー」
「ああ、まぁ…食べれはするだろうけど、私あげるって言ってない‥」
「捨てようとしてたしー、オレお腹すいてたしー」
「…さいですか」
嗚呼、日本語が通じない。
なんだろうか、この、小さな子供に付き合っているような感覚は。
もう何を言っても無駄のようなので、カップケーキは諦めた。元々捨てようとしていたわけだし、材料のことを考えると誰かに食べてもらえて逆によかったということにしておこう。
「んー、なかなか」
幸せそうに食べられて、嫌な気もしないわけだし。
それにしても大きな人だ。自分と身長差がある人というのが新鮮で、ついぼうっと見守ってしまっていた私に、彼はむしゃむしゃとケーキを頬張りながら不思議そうな目を向けてきた。
「んー…と。オレ、紫原敦」
「へ?」
「名前ー」
「あ、ああ…みょうじなまえ、デス…?」
少しだけ意思疏通ができるようになったのかもしれない。
問われたのかな、と思った名前を答えると、満足そうにふーん、と相槌を返された。
満足そうな相槌がふーん、っていうのもまた何かおかしいけど、彼には似合っている。
「なまえちんねー」
「ん? うん? それあだ名なの?」
「なまえちんは何で泣いてたのー?」
「ちょ、無視…ああ、もういいや。うん。ちょっと彼氏にフラレてね…」
何で会って間もない人にこんな話をしなくちゃいけないんだとは思うけれど、その辺りの良識は彼には通じそうにないのでスルーすることにした。
この独特のテンポのおかげで涙も止まってしまった。
「ふーん、何で?」
「何でって…小さくて可愛い女の子に告白されて、コロッといっちゃったらしく」
「? でもなまえちん、ちっちゃいよ?」
「そりゃ、君からしたらね…」
目測だけど、二メートルはあるんじゃないだろうかと思う彼、紫原君といったかを見上げる。
これにでかいと言われたらそれは落ち込むを通り越して何処かが吹っ切れてしまうだろう。
「へんなのー」
「変ですか…」
「ケーキおいしかったし、ちっちゃいし、なまえちん可愛いのにねー」
「、は」
え?
何を言われたのか一瞬理解できなくてぱちりと瞬きをしてみる。
今、この人、何て?
「次はー、アップルパイとか食べたいなー」
自分の言った言葉を気にしていないのか、それともまさかわざと、なのか。
ゆったりと無邪気な笑みを浮かべる彼に、私が返せる言葉は…
「リンゴはちょっと、季節じゃないかな」
マンゴープリンで手を打ちましょう馬鹿みたいな恋の終わりに、子供のような巨人に出会いました。
20120713.