女の子って何でできてる?
お砂糖とスパイスと素敵なもの全部

なんて、どこかで一度は耳にしたことがありそうな外国の伝承童謡を思い浮かべると、随分とまたオブラートに包んだ表現だと欠伸が出てしまう。
スパイス、どころですまされない。女の子の中には、たっぷりと毒が満ちているに決まっている。
今、この瞬間にも。狙った獲物に流し込む毒を蓄えて、機を窺っているのだ。

教室扉の横の壁に背中を預け、溜息を吐きながら時間潰しにポケットに潜ませていた飴玉の袋を切った。出てきた少し渋いオレンジ色の飴玉を口の中に放り込み、ごろりと舌の回りを巡らせる。

私の待ち人の所属するクラスの教室の中からは、不満と苛立ちを隠しきれていない女子の声が大きく漏れていた。



「どうして? みょうじさんとは付き合ってないんでしょ?」

「付き合ってはない。ていうか、あいつは関係ないから。俺が彼女とか作る余裕ないっつーか」



次いで聞こえてきたのは、数年の付き合いになる男の声だ。
考えるまでもなく、そのやり取りから状況は察せる。ここに私が介入したりすればド修羅場を演じられそうだなぁ、と想像を膨らませてみて、それでもやっぱり疲れそうなことはしたくなかったので引き続き気配は殺すことにした。

それにしても、断るその声音が普段より棘を潜ませているものだと、相手が気づいていないのが少しおかしい。
きっと、向き合う人のことが好きで、欲しくて堪らなくて、夕日の差し込む放課後の教室なんてベタな演出で告白しているのだろうに。私の舐めている飴玉よりも甘ったるい声で、見当違いな言葉を紡いでいる辺り、あまり賢い人間ではないのだろうか。



「私、黒尾くんの邪魔したいわけじゃないの。ただ傍にいたいだけっていうか」



部活が一番ならそれでいいし、それ以外の空いた時間を少しだけ私にくれたら…。
そんな一見すると健気に思える、実際はそれなりに図々しい物言いをしている女子生徒は、ちらりと教室を覗いてみた感じでは、可愛らしいルックスをしていた。
華奢な脚を見せびらかすよう短くされたスカートと、気合いを入れて巻かれた髪が、詰め寄る度にふんわりと揺れる。

自分に自信がありそうなのは、聞こえてくる言動からも分かってはいたけれど。
でも、そうじゃないんだなぁと失笑したくなる気持ちも芽生える。



「いや…だから、無理デス」



部活時間を引けば、あとは今後の進路のためにも勉強が欠かせないだろう。好意を押し付けるような告白は逆効果だ。
こうなるだろうとは思ってはいたけれど、予想通り。苦く歪んでいくよく知る顔を眺めて楽しんでいると、一瞬怯んだらしい女子の視線が泳いだ。



(あ)



しまった、と思った時には遅かった。

こっそりと扉の影から覗いていた私を見つけて、誰かも知らない女子生徒の目が見開いた。
けれどそれは一瞬のことで、次に彼女は意地の悪い笑顔で目の前にある男子の胸元を掴むと引き寄せた。



「なら、仕方ないから、これで諦めてあげる」

「は、」



咄嗟に反応できなかったらしい、声が途切れる。
二人分の影が重なったのも、ほんの一瞬のことだった。

すぐに身を翻した彼女がわざわざ私のいる扉を潜り、教室を出てくる。すれ違い際、こちらを馬鹿にするような笑みを残していった様子からして、なんとも図太く生きそうな人だという感想を覚える。

彼女も、立派な毒持ちである。
その背中が角を曲がり消えるのを見送り、私も扉に寄りかかっていた状態から重心を正した。



「…おモテになりますね、鉄朗さん」

「げっ…」



はあ、と今日一番大きな溜め息を吐き出しながら漸く足を踏み入れた教室、取り残された男子に声を掛ければ、あからさまに動揺した様子でその声が跳ねる。
見てた?、と振り向き笑う顔は、珍しく嘘偽りのなさそうなぎこちないものだ。

形を縮めていく飴をころりと口内で転がしながら、私は鷹揚に頷いてみせる。



「ばっちり、見ましたとも」



にっこり、わざとらしく笑って肯定した私に、いつもなら軽いノリで言葉を返してくるその口は役に立たないようだった。
あー、と唸りながら逸らされた視線が宙をさ迷う。



「…いや、女ってスゴイよな。積極的になると怖いってゆーか?」

「積極的にさせたんでしょ、鉄朗が」

「ぐうの音出していい?」

「駄目って言っても出すでしょうに」



冗談のようにぐう、と呟くそいつは、あっさりと口元を拭う。
どこか慣れた仕草から、同じような迫られ方をしたことがあるのは窺い知れた。



「何が悪いんだかな」



ここで何がいいのか、と言わない辺り、こいつの頭も中々残念だと思う。

雰囲気モテ系、というやつだろうか。
好きな娘は好きだろう顔の造形と、女子の理想は満たすだろう高い身長、引き締まった筋肉。個性的な髪型は妙な体勢から生まれる寝癖らしいが、馬鹿みたいによく似合っている。
あとは、ちゃらけた見た目に反する世話焼きの性質がギャップを引き起こすといった風で。幼馴染みとまではいかないけれど私にとって馴染み深い黒尾鉄朗という男は、一部の女子に人気がある。

本人はあまり有り難がっていないというか、年中バレーのことで頭が一杯といった様子なのだけれど。
好かれるのが悪いことのような言動には、全く贅沢なものだと呆れたりもする。



「誰にでも気紛れに優しくするから」

「普通のつもりですが」

「基準が幼馴染みだからあんたは駄目なのよ」



好かれるのが面倒なら適当な優しさ振り撒かなきゃいいのに。
声に態度にわざと気持ちを含めて痛い部分を突いてやれば、頭の後ろを掻く鉄朗もわざとらしく笑みを貼り付けてきた。



「あー、というか。なまえお前、俺に用事でもあったのか?」

「…珍しいものを見付けたから知らせようかと思ったんだけど、タイミングがよくてね」

「そりゃ悪かった。で、何見付けたんだ」

「アレ」

「アレ…って」



誤魔化したな…と思っても、さすがに追及はしないでやる。
問われてすぐに私が指差したのは、廊下側の窓の向こうだ。
眩しい夕日に照らされた雲を見て、隣に並んだ男は素直におお、と驚きの声を上げた。



「何だっけアレ…カサグモ、か?」

「山にかかってないから、多分くらげ雲。滅多に見ない形してるから教えてあげようかと思って」



山のように盛り上がった大きな雲の内側は、僅かに目視できる下側が凹んで見える。
町中でも滅多に見られない形の雲が、夕日に照されて淡く色付いていた。その美しくも不思議な光景をせっかくだから誰かに知らせたいと思ったりすると、私の脳裏に浮かぶ人間は数が限られてくる。

はっきりと目に映すために廊下の窓に寄っていく男は、数分前に告白されたことも忘れたようにあっさり食い付いた。
瞳を輝かせる、という表現は妥当ではないけれど、幾分子供っぽくなる横顔を確認して私は踵を返す。



「じゃあまぁ、それだけだから。私は帰るわ」

「ん、ああ…俺もいい加減部活行かなきゃヤバい」

「あ」



その左手首にはまる腕時計に目を落としたであろうタイミングで、私は回れ右をする。
もう一度近寄りながら手招きすれば、何ら疑う様子もなく鉄朗は背中を丸めた。



「どうした?」

「忘れ物」

「は? なに…」



何を、と問われるはずだった言葉を唇でもぎ取ってやる。
溶かされて小さくなっていた飴玉をそのまま舌先で押し込んで、離れた時には間抜けにも見開かれた目とぶつかった。



「キスするの、忘れてたから」



じゃあね、また明日。

何でもない笑顔でそう囁いて、今度こそ帰路に向かう足取りは軽い。
若干狼狽えた声が背中に掛かったのは、黙殺することにした。

だって、女の子の中にはたっぷりと毒が満ちているのだ。
私の中身を吸い込んだ毒の欠片は、他と同じように、どうでもいいような扱いにはできないでしょう。



(溶けるまで狼狽えればいい)



軽かった足取りが奴から離れるごとに段々と荒くなっていくのは、私も少しは苛立っているから、だろう。

馬鹿みたいだと思っても、何一つ誰かに譲りたくないのは、私だって同じ。
機を窺って、誰にも勝る毒を蓄えているのは、私だって。






極めて純粋な殺意一滴




(ちょっとなまえ…なんかクロが煩いんだけど)
(知りませーん)
(うそつき…珍しく頭抱えてるよ)
(そのまま全身に回ってくれれば願ったり叶ったりよ)
(…なまえって、たまに怖い)



#和の文字パレット 12番【藤黄・くらげ雲・揺れ動く】

20140919.
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