ことあるごとに瞳を輝かせ、燥ぎまわっていた幼馴染みがいた。
その瞳の輝きは何年経とうと変わらないままで、隣に居続ける彼女は関係性すら変わっても、中身はずっと変わらない。
変わる日なんて来ないのだと、諦める気持ちで知っている。






「けーいーくーんっ!」



体育館側へ向かう廊下を歩いている最中、耳通りのいい高い声が聞こえてきたと同時に自分の両脇から突き出てくる細い腕に、驚く間なんて用意されない。
どすん、と背中にぶつかってきた塊に苛立ちを込めた溜息を吐きながら振り返る瞬間、傍を歩いていた山口が弱く苦笑するのも見えた。



「蛍くん今からお暇? 忙し? 山口やっほ!」

「忙しい。ていうか部活って分かってるよね」

「やっほー…みょうじは今から帰るの?」

「そーう。私今日はお暇さんだからさー。でも蛍くんとも暫く一緒にいないから、デートのお誘いしたいなぁ、なんて思って来たのですよ」



背中から腹にかけてしがみついたままの腕を無理矢理剥がしても、不満の声は上がらない。当たり前のようにあっさり離れて、今度はくるりと丸まった目で見上げてくる女子と向き合う。
暫く一緒にいなかった、とその口から出てくるだけあって、久々に顔を見たような気がする。前髪の長さが少し変わっていることを確認して、息を吐いた。

確かに今回は長く時間を作らなかった。夏から秋にかけて、長い休みの間に部活の合宿があったのも要因だろう。そうやって暇を作らなかったことを考えると、今までで最長かもしれない。
けれど、目の前で無邪気な顔を晒した女子がそんな事情一つで傷付いたり悄気返る玉でもないだろうとも、これまでの長い付き合いで既に分かっていることだ。
現にヘラヘラとした笑顔で山口との会話を進めようとする、幼馴染み兼彼女の顔に不満げな色は見付からなかった。

そんなのは、いつものことだけど。
僕よりも山口との方が会話が弾むのだって、いつものことだ。



「それで、蛍くんまだまだ忙しい? たまに私とケーキ食べる暇くらいもないの?」

「ない」



子供っぽい角度で傾けられる首に、返す言葉は決まりきっている。
再び歩き出すと今度は腕に飛び付いてきたなまえを、その行動だけ無視して答えても、形だけのブーイングが飛ぶだけだった。

どうせ、我儘じみたことを口にしてもその心までは本気じゃない。部活をサボらせて自分に付き合わせるような神経は、なまえの中には存在しなかった。
腕にかかる若干の重みは、引き摺るほどでもない。きっちり自分の足で歩いて着いてくる。
とりあえず部室に向かうまでは好きにさせてもいいかと放っていると、今度はまた違うトーンの耳通りのいい声に頭を後ろから殴られた。



「あーっ! 月島が女子といちゃついてる!!」

「……どこを見ていちゃついてると思うわけ」



また、煩いのが出た。

今日はよくよく騒がしいのに絡まれる日のようで。うんざりしながら背後を振り向くと、飛ぶように駆けてくる小さな影が視界に入る。
左腕に絡んだままだったなまえの手を払って離させると、やっぱりすぐに身体を離して同じ方向に向き直った。
そして近くまでやって来た日向に、臆面もなく話し掛けに行く。

昔からなまえは明るい子供だったし、社交性も高かった。今も、ヘラヘラと力の抜けた笑顔を浮かべながら、転がされたピンポン玉のように軽く足を跳ねさせる。



「こんにちわー。えっと、日向? だっけ?」

「へっ!? おれの名前知ってる!?」

「蛍くんと山口がたまーに話してくれるから。みょうじなまえでーす。よろしくね!」

「よ、よろしく! みょうじは月島達と仲良いのっ?」



一瞬、気遣わしげな視線を横から投げてきた山口を黙殺する。別に、気にせず好きにしたらいいのに。気にされる方がずっとウザい。
ぽんぽんと交わされる会話はコミュ力が突き抜けている同士だからか何なのか、初対面とは思えないテンポのよさがあった。



「みょうじはツッキーの彼女なんだよ」



足を止めたまま、外側から眺めていると、一歩そちら側に近寄った山口が二人の話し声に混じっていく。

ああ、また余計なことを。
放っておけと言ったのに、不器用だからなのか態となのか、こちらに意識が向くような話を振った山口を睨む。それに気付いてびくりと肩を揺らしたのと、その口から飛び出した単語に驚きの声が上がるのは同時だった。



「月島の彼女!? え!? おまえ彼女なんかいたのかよ!?」



何で教えなかったんだ、と騒ぎ始める日向の鬱陶しさについ顔が歪むのが自分で判った。
何でわざわざ、彼女の有無までたかが部活仲間に打ち明けなくちゃいけないのか。予想できた反応とはいえ意味が解らないし、面倒にも程がある。



「蛍くん話してなかったんだー」

「話さないと何か問題あるの」

「ううん、ないよ」



にっこり笑い返すなまえに、不快感らしいものは見当たらない。
あっそう。短い会話を短く終わらせれば、今度は彼女の近くで跳ねていた日向が寄ってきた。
相変わらず、俊敏過ぎる動きで。



「か、カノジョ…彼女ってさぁ、やっぱりデートとかすんの?」

「はぁ?…するワケないでしょ」

「ええ!? なんで!?」



せっかく形だけでも潜めていた声も、後の叫びで台無しになる。
溢れる溜息を隠さずに吐き出せば、やはりというか、聞こえていたらしいなまえが乗っかってきた。



「忙しいからねー。蛍くんもバレー部レギュラーだもん。そこまで時間余ってないんでしょ?」

「あ、そっか。部活…いや、でもたまには休日あるよな?」

「休日は休む日と書くんだよー」



休みの日までもキツい練習に明け暮れたいとも思わないし、やりたいことだってそれなりにある。僕自身がそう考えているのは、確かで。
日向に答えたなまえの声は、今日もどこまでも間抜けなものだった。



「えー…何かそれ、月島冷たくない?」

「普通でしょ」

「いや、普通じゃない。 おれ彼女とかできたことないけど、絶対もっと大事にするし!」

「ひ、日向! ツッキーは…」

「五月蝿い」



ああ、本当に、本気で面倒臭い。
何かを喋ろうとした山口の声に自分のそれが被さるよう、要らないことを言う前に口を閉じさせた。

どいつもこいつも、他人の事情なんて然程興味もないくせに、土足で踏み荒らしてくるのがいい加減鬱陶しい。



「五月蝿いよ。関係ないでしょ、日向には」



日向以外にだって、関係ない。馬鹿みたいに気を使ってくる山口にも、残酷なくらい何も考えていないなまえにだって関係ない。
優しくなくたって何だって、こっちにはこっちの事情がある。何も知らないくせに知ったような顔をして口出しされても、響かない上に不愉快なだけだ。



「ねぇ、なまえ」

「うん」



視線を向ければ、満面の笑顔で頷く彼女がいる。
日向に、山口にさえも言い聞かせるようなよく通る声が、不自然なほど明るく廊下に響いた。



「ほんとにいいの! ちょっと冷たいくらいが蛍くんらしくていいしねー」



本人が少しの感傷もちらつかせずに言い切れば、それ以上追及はできないだろう。
納得いかないような顔をした日向と視線を落とした山口には気づかないふりをして、もう一度歩き出した。



「じゃあね」

「あ、うん! 部活頑張ってねー」



少しの距離くらい着いて来させてもよかったものが、日向の介入によって崩された。
こうなればとっとと離れるに限る。必要以上になまえに構うのはよくない。

見るからに素っ気ない挨拶にも動じず手を振ってくるい彼女に、今更でも心臓を内側から針で突かれるような痛みが走っても、外に出すほど落ちぶれられなかった。
彼女の思いが言葉通りだと知っているからこそ、優しくなんかできるわけがない。



(馬鹿みたい)



何度思ったことだろうか。
ここまでして、僕は、なまえという存在にしがみつかなければならないなんて。

冷たくなくてはいけないのだと、理解している。
優しい言葉を掛けたり、必要以上に構ったり、ものを与えることもしてはいけないのだと。
それがみょうじなまえの中の理想で、愛着の対象であって。
僕の気持ち自体は、一欠片も求められていない。彼女が好きなのは月島蛍“らしさ”であって、僕じゃない。



「ツッキー、待ってよ!」



追い掛けてくる足音と声が一人分であることを、気にしてしまう自分が嫌になるのもいつものことだ。
急いで隣に並びながら大丈夫かと訊ねてくる山口の表情も、振り向いて確認するまでもなかった。









ことあるごとに瞳を輝かせ、燥ぎまわっていた幼馴染みがいた。
その瞳の輝きは何年経とうと変わらないままで、隣に居続ける彼女は関係性すら変わっても、中身はずっと変わらない。
変わる日なんて来ないのだと、諦める気持ちで知っている。

ショーケースの向こう側に鎮座していた大きなぬいぐるみは、部屋に招き入れられた瞬間から埃を被り始めた。
お祭りで掬い上げられた金魚は、世話に飽きられて水槽にぷかぷかと浮かんでいた。
どうしても欲しいと駄々を捏ねていた玩具の指輪は、一週間と経たずに無くしてしまっていた。
警戒心の強かった野良猫には甲斐甲斐しく餌を与え続けていたのに、懐き始めると見向きもしなくなった。

つまり、そういうことだ。
彼女の好意は、自分の手が届かないものに向けられる。
残酷な答えに気付いたのは、既に彼女を選んでしまった後のことだった。



「蛍くんは私を好きじゃなくてもいいの。私が好きで、傍にいたいだけだから」


告白と一緒に告げられた台詞を、どうして深読みしなかったのかと今でも思う。
聞こえたそれが、とても楽なことに思えた当時の自分の愚かさが憎らしい。

愛情を与えなくても、好意は無償で降らされ続ける。大事にしなくても大事にされる。我儘だって聞き入れなくていいし、所謂カップルらしいことをしなくても機嫌を損ねられるようなこともない。
それが楽でもなんでもないことだと、気付いてしまったのは幸せだったのか不幸だったのか。

なまえは、絶望的なほどに飽き性だった。
恋愛にも適用されるその性質を悟った時に漸く、好きになってはいけない相手だったのだと気付いた。
けれど、もう、手遅れだ。



「私になんか構わないでいいのに」



付き合い始めて暫く経った頃、休みの日に気紛れを起こして声を掛けた時に、返ってきた答えがそれだった。
なまえのために時間を作っても、少し勉強を教えただけでも、それまで輝いていた彼女の瞳はつまらなそうな色を浮かべて僕を見返してきた。
好きになるな、と言われた気がした。実際、好意を露にすればなまえはその瞬間に掌を返すのだと、その顔と言葉を見聞きした瞬間に悟った。

手に入れた瞬間に、彼女の中では興味が潰える。
飽きられて見向きもされない、ただのガラクタに成り下がるのだと。
僕を好きななまえは、正しくは“冷たく振り向かない月島蛍”が好きなのだと。

与えられ続けて降り積もってしまった気持ちは、こちらからは曝け出せない。出した途端に、寿命を迎えてしまうと知っていて簡単に口にはできない。

冷たくするな。優しくしろ。
窘められる通りに、それが叶うなら、できるものなら、疾っくにそうしている。
そうしたいさ。できるものなら。できないから、嫉妬一つ誰にもまともに向けられないんだろ。



(死ねばいい…)



この執着も、彼女の飽き性も。

叶うことなら全て最初の、まっさらな状態からやり直したかった。
いつか訪れる終わりを、今から怯えるくらいなら。






逃げればこそ追われた恋だと、手に入らない理想は唇を縫い合わせた




少しでも愛着がバレれば、想いどころか存在ごと見離される。
そんな状況で優しくしろだなんて、無責任なことを、言うなよ。

20140806.
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