メールやSNS各種、情報伝達の手段がめっきりデジタル化されている昨今。昔ながらの手書きの文書というものに味を感じる気持ちは無きにしもあらず、なのだけれど。
それも時と場合によって、受け取り方は異なるものだ。



「……うーん」



普段と何ら変わらない平凡な朝、登校してきて最初に覗く靴箱には、上履きに挟むようにして一枚の封筒が置かれていた。
おや、と首を傾げつつ取り出した飾り気のない白い封筒には、宛名すら書かれていない。何が入っているかも判らないということで恐る恐る慎重に封を開いたところ、中には二つ折りにされた一枚の便箋が入っていた。

とりあえず、手紙自体は嫌がらせでも危険物でもなかったため、一先ずは安心する。
けれど、教室に着いてから改めてその文面に目を通した私は、内容はともかくとしてどこを探しても個人を特定できる名前が記されていないことに、気付いてしまった。



(どこにも書いてない…よね)



これには違和感を感じざるを得ない。匿名で手紙を出す意味は、何だろう。
単純に書き忘れていただけという可能性は薄い。手紙の文面、文末だけでなく封筒にも書かれていないというのは、そうしようとしてそうしたのだろう徹底感がある。

それなら、何かしら理由があるはずだ。
たとえば、名乗るのが恥ずかしいとか。知られると不都合な事情があるとか。
内容自体は放課後に話をしたい、という希望を丁寧に書かれたもので、話したい内容についても暈されていてハッキリしない。
何度も繰り返し目を滑らせて、ううん、と唸る声は抑えられなかった。



(ラブレター…って可能性は…)



ないこともない、かもしれない…?

決して私は異性にモテやすいわけではないけれど、可能性がゼロということはない。いや、そう思いたいだけだけれども。
便箋を埋める文字は適度に角張り整っていて、男女どちらのものか判断しづらい。もしかしたら果たし状のような意味合いの呼び出しである可能性もあるから、まだ前者の方が嬉しい。

呼び出しに応じてみたら集団リンチに遭いました…なんて展開は、さすがに漫画の中だけの話だろうか。
人から恨みを買うようなこともした覚えはないし…と、一人で悩んだところで答えは出なかった。
何にせよ、理由があってわざわざ名前を伏せたことは確実だろう。
誰かも判らない呼び出しに応じなければならないのは、あまり気持ちのいいものじゃない。

密かな溜息を朝の喧騒に紛れ込ませながら、一旦鞄に投げ込んだ封筒の存在は、その日一日中私の頭の隅にちらつき続けた。









来てほしくない時間ほど、やって来るのは早いものだ。
訪れた放課後、忘れ去ることもできなかった手紙を制服のポケットに入れ直し、廊下を進む私の足は重い。

明かされない用件が気掛かりだし、知らない誰かが待ち受けている可能性も考えると正直逃げたい。



(けど、文面自体は丁寧なものだったしなぁ…)



向かわないわけにはいかないよな…と、隅を歩いて他の生徒に何度も追い越されていると、少しだけ後ろからあ、と意図せず漏れたような声を聞いた。



「? あ…赤葦くん」

「みょうじさん」



どこかで聞いた声だと不思議に思って軽く振り向けば、それなりに見慣れた顔とばちりと目が合う。
私の名を呼んでどうも、と軽く頭を下げたその人は、友人繋がりでできた後輩だった。



「偶然だね。今から部活かー」

「はい。みょうじさんは…こっちってことは、休みですか?」

「あー…ううん。ちょっと野暮用で…」



文化部に所属しているのに、向かう先が靴箱だったからそう思ったのだろう。
挨拶だけで通り過ぎるかと思った後輩はまだ時間に余裕があるのか、とろい私の足並みに合わせて並んでくれる。

自然と笑顔が苦くなってしまう私を覗き込んで、あまり表情を変えない彼の目元が訝しげに歪んだ。



「何か、嫌なこととか…?」

「や…嫌っていうか、手紙で呼び出されてて」

「手紙?」

「うーん…それが匿名だから、誰か分からなくて」



こういうのは初めてだけど、あんまり気持ちのいいものでもないね…。

そう、素直な気持ちを吐露すると同時に僅かに肩から力が抜ける気がした。
意図も分からないのに愚痴るのもどうかと思って、教室では友人達に悟られないよう我慢はしていたのだけれど。
冷静で距離があり、親身になりすぎない相手だから気が抜けたのか。後輩相手に弱音を吐くなんて恥ずかしいなぁ…とちょっとした羞恥に駆られていると、一度口を閉じて考えるように間を置いた赤葦くんが再び私の顔を覗き込んできた。



「あの」

「は、はい?」



そこまで強烈な存在感を放たないからこそ、近くに寄られると少しドキリとする。
高い位置にある頭も、少し硬そうな手や腕も。普段気にしない差が気になって、彼がきちんと男子の体格をしていることに気付かされる。
当たり前のこと、なのだけれど。



「それ、俺が見ても大丈夫ですか?」

「それ…? あ、手紙? なら、私は構わないけど…」



一瞬、見とれてしまったようで恥ずかしい。
視線から逃げるように慌てて探ったポケットから手紙を取り出して、それが彼の手に渡る時になってあれ?、と両目を瞬く。

手紙の内容も私のことも、彼には全く関係がない。

なのに、見て、どうするの…?



「赤葦く」



ビリリ、と白い封筒が真ん中から派手に真っ二つに裂けた音に、呼びかけようとした声は掻き消された。



「…んん!?」



予期せぬ衝撃に、全身びしりと固まってしまう。
気持ちいいくらいあっさりと封ごと破られる中身に、一度で終わらず三つ四つとビリビリと破り続ける手先に、私は棒立ちになって目を奪われることしかできない。

…いや、え? ちょっと、今これ何が起こってるの…?



「あ、あっ赤葦くん…っ?」

「すみません、手が滑りました」

「い、いや…いや! まだ動いてるよ!?」



顔色も変えずにしゃあしゃあと言ってのける赤葦くんに、ツッコミが効かない。
嘘だ、この常識人にツッコミが効かないなんて…!

届きもしない場所で行き場のない手を揺らす私に、一度だけちらりと向けられた目も平然としていた。信じられない。
結局私があわあわと焦っている内に一センチ弱の紙吹雪のようになってしまった封筒とその中身は、ありがとうございました、とこれまたしれっとした顔で返された。
無惨にも、渡した時よりもリサイクルしやすそうな形になって戻ってきた紙の山を両手で受け止めるも、私はこれをどうすればいいのか…。



「う、わぁーお…粉々……」

「繋ぎ合わせるのは無理そうですね」

「いや、あの…えええ?」



あなたがそうしたんですけど…と、つい胡乱な目で見つめてしまう。
何を考えているんだ赤葦くん。

どちらかといえば貰って戸惑ったものだったけれど、破り捨てるのはいただけないし、彼のとる行動としてもおかしい。
言葉で責めない代わりに視線で咎めると、小さな溜息を溢した彼はそこで初めて私と目を合わせないよう、顔を逸らしてくれた。



「これでみょうじさんには内容が判らないし、呼び出しにも応じられませんから」



顰められていた眉根と微妙に引き締められた唇が、下から覗き込み返した私の目に入る。
間違ったことはしていない、というようなそんな態度一つに、厳しく接しようとしていた気持ちがしゅるしゅると解けてしまった。

間違っているのに。



「赤葦くん…」



間違っていることを正しいと言い張る姿がいつも大人びている彼らしくなくて、駄々をこねる子供のようで。
だけれどそれも、私のためでもあるわけで。

ああ、困ったな。怒れない。
そわりと首をもたげるこの気持ちは、何だろう。



「私、これ、どう受け取ればいいの…?」



両手にこんもりと積まれた紙くずを示して訊ねれば、すぐに態度を崩した彼の肩が竦められる。



「さぁ」



手紙の残骸は、突っ立ったままの私の掌の上から、振り向いてくれた彼の手によりすぐに回収される。
欠片の一枚も残さずに拾い上げる指先が、少し擽ったくてドキリとした。



「俺が行かせたくないとでも、思えばいいんじゃないですか」



近くにあるゴミ箱へ散らされる紙吹雪より、癖のある髪から覗いた耳の色の方が気になってしまった、私の方が本当は、叱られるべきなのかもしれない。

さすがに、素直に頷くことはできなかったけれど。







行動が物を言う




(でも私、場所も時間も覚えてるよ)
(多分それ勘違いですよ。遅れない内に部活に向かった方がいいです)
(赤葦くんも強情だね…)
(なら…心配なんで、行かないでください)
(!…うわぁ…いや、行くけど…行くけど…ズルくないかなそれ……っ)
(どっちが…みょうじさんの方が強情じゃないですか)

20140702.
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