高校最後の年ともなれば、自然と学内行事の一つ一つに力が入ってしまうもの。
近々行われる文化祭を控えて、クラスの士気は右肩上がり。私自身も例に漏れず、自分の役割を全うしようと張り切りは充分な状態だった。



「鏡よ鏡よ鏡さん…世界で一番研磨くんを愛しているのはこの私よっ!」

「鏡に呼び掛ける意味とは」



そのアドリブは流石についていけない、と然して困ってもいない顔でツッコミを入れてくるのは、演目上も相方のような立ち位置を得てしまった我が悪友だ。
妙ちくりんな髪型の頭を雑に掻きながら聞き慣れた溜息を吐き出す黒尾に、ちょっとくらい合わせろよと私も唇を尖らせた。



「どうせなんちゃって白雪姫なんだし、よくない?」



元あるストーリーをなぞるだけではつまらない。最初から何でもありのコミカルな劇になる予定ではあったし、少しくらいのアドリブは許されてもいいと思うのだけれど。
私の意見を聞くや否や、さすがにな、と肩を竦めた悪友は引いてはくれないようだった。



「お前のソレで、最近やたら上級生に目立つって言ってたからな」

「ソレ?」



ソレとは何のことだろう。
その口振りから、私の愛する彼の発言だということは察せられる。けれど、指摘された部分が何処を指しているのかが解らない。
昼休みも半ばに差し掛かる教室内、クラスメイト達も各々の役割に張り切っていて喧騒は絶えない。こんなに騒がしいのだから、私がちょっと愛を叫んだくらいじゃ誰も気にしたりはしないだろうに。

首を傾げた私を、黒尾はというと呆れたような目で見下ろしてくる。
とても不躾な視線にちょっとばかりイラッとした。けれど、黒尾の機微なんて態々取り立てたいものでもない。
その口が何か言いたげに開こうとした瞬間、視界の済みに映った影、私にとっての最重要分子を確認して身体ごとぐるんと向きを変えた。



「研磨くん!」

「!!」



ビクゥッと全身を引き攣らせるようにして固まった影は、教室の扉の前から半分ほど背後を振り返ろうとしていたところだった。
引き返そうとしているようにも見えたけれど、関係ない。見付けたからにはきっちり引き留めるのが私、みょうじなまえという女なのよ。



「けーんまくーん! 遊びに来たの? 何か用事っ? 黒尾? それとも私にかな? 私にだったら嬉しいな!」

「うっ…く、クロ…」

「なぁんだ残念。黒尾かー」



スキップはさすがにできないので早足で近寄っていけば、観念したように彼の身体も向きを変えてくれる。
それでも逃げられないように、空いていた両手を捕まえてギュッと握っておいた。

たまには私にも会いに来てね?、と付け足すことは忘れない。今にも視線をさ迷わせようとする研磨くんには、自分にできる一番の笑顔を送る。
今日も今日とて私の天使は落ち着かなさげでとても愛らしい。毎日会えないのは残念だけれど、いつまでもスキンシップに慣れない様を見られるのはそれはそれで美味しいものだ。

と、想い人を見つめながら幸せに浸っていた私の背後。すぐそこまで近付いて来ていたらしい悪友は、これまた馴染みきったその名を口にする。
研磨、と呼ばれた目の前の彼はスイッと視線をそちらに移してしまった。
こんな時、優先順位で上位に立つ黒尾が少し憎たらしい。幼馴染みの仲に割って入れないのは、仕方がないことなのだろうけど。



「用事って何だ?」

「多分、今日委員の仕事でちょっと部活遅れる」



用と言っても些細なものだったようで、淡々とした会話は黒尾の了承で終わってしまう。

すぐに帰ろうとするかな、何を言って引き留めようかな。
そんなことを考えつつ殆ど表情の動かない顔を見つめていれば、予想外なことにその瞳は再度こちらに振り向いてくれた。



「劇、やるの?」



何かを見つけた猫のような眼に射られると、それだけで胸が高鳴ってしまう。
根本と毛先の二色の髪を揺らして、軽く傾げられた首がとても可愛い。

ああもう、本当に可愛い。好き。
今すぐぎゅうぎゅうに抱き締めてやりたい衝動に駆られつつ、さすがにこうも人目のある場所では本気で嫌がられそうなのでそれは叶わない。
動揺が表に出過ぎないように、気を配ることに全力を注いで呼吸を整えた。



「うん。うちのクラスは白雪姫! って言ってもシナリオ改変しまくってるんだけどね」

「俺は鏡でみょうじが魔女」

「…戦いたくないね」

「戦闘シーンはないからな」



いや、あっても面白いな。脚本担当に言ってみるか。
そう顎に手を当てて本気で思案し始めた黒尾には、それ以上構う気はないらしい。私に握られた手もそのままに、ふーん、と曖昧な動作で頷いた研磨くんは、聞き手を求めるでもなく溢した。



「じゃあ、姫じゃないんだ」



その瞬間。一瞬だけ、時間が止まった気がした。

如何にぼそぼそと呟かれた台詞であっても、愛する研磨くんの声であれば聞き逃す私ではない。
それは吹けば風に飛んでいきそうな言葉だった。けれど、恋に揺れるこの胸は盛大に撃ち抜かれた。

電撃を浴びたかのような衝動に見舞われて、足までふらついてしまう。一瞬だけ真っ白になった頭が、ふわふわくらくらと揺れ動く。

だって、彼が。研磨くんが、そんな言葉を口にするなんて…!



「黒尾、聞いた? 聞いてた…っ? 今、研磨くんが私のことお姫様みたいだって…っ!」

「みょうじ…」



思わず、握っていた手も離してしまう。そのまま黒尾に詰め寄れば、その眼はやけに穏やかにこちらを見下ろしていた。



「それは、思い込みだ」

「ちょっとは同意して夢見させよう!?」



厨二ノリ大好きなくせにこんな時ばかり現実的な受け答えしやがって…!

態とらしく態度だけは慈愛を滲ませた奴の所為で、軽く頭は冷えた。
せっかく夢見気分だったのに黒尾鉄朗め。

歯痒さに地団駄を踏みたくなる私と、腹の立つことにケラケラとその様を楽しんでくる黒尾のやり取りに、慣れきった研磨くんはもう、ツッコミも入れてくれない。
セットなんだ、と呟いた彼は役柄の方に興味を持ったらしかった。それなら黒尾に構っている場合じゃないと、私も憤りを収めて話題に乗っかっていく。



「そうそう、どうしても黒尾とニコイチ扱いされるのよねー不本意なことに」



オイ?、と隣から掛けられる声は無視だ。ふざけられる時点で本気で仲が悪いわけでもない。クラスメイト達もそのことは察していて、今回も組み合わせやすさ重視で役柄を推してきたのだから。

王子と姫か、魔女と鏡か。
どちらかの組み合わせは絶対だなんて言われちゃったら選びようもないよね、と笑えば、私を写していた瞳が一度だけ瞬いた。



「選びよう…ないかな」

「え? ないでしょう?」



どこか不思議そうな色さえ浮かべる表情に、即答する。
いくら演技でも、避けたいところはある。恋愛劇なんて尚更だ。仲の悪くない悪友でも、遠慮したいものは遠慮したい。

拘る理由なんて目の前で首を傾げようとする、彼一つきり。



「演技とはいえ、研磨くん以外に唇なんて許せないもん」



皆まで言わせないでほしいなぁ。

本日一番見開かれた彼の瞳の中には、照れを隠しきれずに笑う自分の姿が写っていた。







恋愛劇はリアル推奨




白馬の王子にキスされたって、ここまで夢見心地にはなれないものね。

20140614.
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