中学三年の夏、私は付き合っていた人にフラれた。
付き合っていたと言っても友達の延長線上にあるような、健全な男女交際だったのだけれど。それがお堅くてつまらなかったのか、別れ際に彼は普段浮かべるものと何ら変わりのない笑顔で、あくまで軽く言い放ってくれたのだ。

終わりにしちゃわない?、と。



「なまえちゃんって取り柄もないし、思ってたよりつまんないんだよね」



へらっとした笑顔から放たれた言葉は、そこそこショックなものだった。
けれど、まるで納得できなかったわけでもない。私自身面白味のない人間だという自覚はあったし、どうして自分にこんな彼氏ができたのかも常々不思議に思っていたくらいだ。
彼の悩みを共有できもしなかったし、支えられる度量も持ち合わせていなかった。何のために傍にいるのかと問い掛けられれば、答えはなく。

だから、ストン、と。収まるところに収まってしまったというか。
反論は浮かばなかったし、涙も出なかった。そりゃそうだよなぁ、と苦笑くらいはしたかもしれない。
一応傷付いたりする心もあったから、自分がどんな表情を浮かべていたかは把握できなかったのだけれど。

面倒な人間だとは思われたくないから、苦くても笑った気がする。
それもやっぱり、彼にとってはつまらない反応だったかもしれない。
でも、仕方ないよね。私って本当につまらない人間だから。

後腐れもなく、そんな感じで私の初めてのお付き合いというものは、ピリオドを打たれた。






打たれた、と思っている。



「あのー…及川くん」

「ん? なーになまえちゃん」

「…何してるの?」



にこにこと人目を引く顔を綻ばせながらこちらを見てくる知人に、横目で問い掛ける。
通うクラスが同じなのでそれほど嫉妬を買うことはないだろうが、個人的には意味もなく一緒に歩くことは避けたい。朝の廊下には他生徒もたくさん歩いていて、そこからまた変な噂が流れないとも限らないのだ。

なのに、何一つ気にした様子のない彼は首を傾げる。これは狙った動作なのだろうか。



「え? なまえちゃんを見てるんだけど」



いや、だから、何で。
私は現状を言葉で表してほしかったわけじゃなく、理由を問いたかったのだけれど。

引き攣りそうになる頬を必死に下げて、内心でツッコミを入れる。そうじゃないだろ及川徹。何を考えてるんだ及川徹。



「そうじゃなくて…どうして寄ってくるの」

「え?」



内心でごちゃごちゃ呟いていたって、相手には伝わらないから意味がない。
口に出しにくいなぁ、とつい眉を顰めてしまうのもどうしようもない。

私にだって、耐え難いものはある。例えば現状の気まずさなんて、その最たるものだ。
正直、置かれている立ち位置がよく解らない。



「その…えーと……及川くん…私と、別れたじゃない?」



突き刺さった棘は、もう痛みはしないけれど。それでも塞がったばかりの傷口は気掛かりなものだ。
夏に私をフってくれた彼は、何故か秋も半ばになる今でも私の傍に寄ってきては親しげに話し掛けてくるままだった。

気まずいとか話しにくいとか、ないのかな。
つまらないとも言われたし、私は正直とても気まずいのだけれど。その気持ちも伝わったのか、彼の浮かべていた笑みの形が崩れる。その一瞬がやけに、怖い。



「クラスメイトと仲良くして、おかしいとこなんてないでしょ」



一瞬崩れた表情は、また一瞬で笑顔に変わる。へらりと力を抜いた笑みは、彼が外面を保つ時に浮かべる表情そのものだった。
そう判断がつくくらいには、私も彼を見つめてきていた。
それでも、彼が何を考えているのかは、もう判らなかった。






「あの、一くん、ちょっといい?」



昼休みに入ってすぐに他クラスへと赴いた私は、扉からそう離れていない位置で騒いでいた男子グループの中に目当ての人を見付けて呼び掛けた。
彼らの数名が振り向く中、呼び掛けに応えて近付いて来てくれる一くんは遠縁の親戚にあたる。



「どうしたなまえ。珍しいな」

「うん…その、及川くんのことでね、相談したいことがあって」



名前を出すと、顔色が変わる。
昔から頼りになる一くんには色んな相談を持ちかけもして、及川くんと付き合っていた頃も恐らくはかなりの迷惑をかけていた。
そもそも、彼と関わるきっかけになったのも、一くんが彼と幼馴染みであり同じ部活に所属していた所為だ。

つり上がりかける眉に切り出し方を間違えたか、と思ってももう遅い。
ぐしゃりと頭を掻いた一くんは、苛立たしいと言わんばかりの溜息を溢してくれた。



「あんのクソ及川、またお前に面倒かけてんのか」

「あ、いや、面倒っていうかちょっとよく分からないだけ…」

「それが面倒だろ」

「バッサリ言うね」



いや、まぁ、面倒っていうか何というかなんですが。

相変わらず遠慮のない二人の関係には、苦笑する。信頼あっての態度だと解っているから心配もない。



「で? そのクソ川がどうしたって?」

「いやぁ、その…別れたのに、態度が全く変わらなくて…変にギクシャクしないのは助かるんだけど、気まずさもあり…みたいな」



何か変で、落ち着かないんだよね…。

これって愚痴になってないだろうかと少し不安に思うも、一くんは特に気にせずに微妙な顔で私から目を逸らした。



「……あー」

「え、なに、その反応」

「いや、悪ぃ。嫌がってたって伝えとけばいいか?」

「それは…直球すぎるんじゃないかな」

「いーだろアイツにはそんくらいで」



とりあえず任せとけ、と頭を叩かれても、力加減はなされているから痛くはない。

気にしすぎるなと言葉を付け足してくれる優しさに、ほっとしながら頷いて返した。
何一つ解決には至っていないけれど、少しだけ落ち着きを取り戻せそうだ。








格言の正しさを実証したい




及川徹という人間は、一見完璧に見えて襤褸だらけの人間だ。
自分の中である一定のラインを越えた存在には、費やしただけ費やされたく、求めただけ求められたい。欲に正直と言えば正直ではあるだろうその性質は、時に自分の首をも絞め殺す。

だから、溺愛していたと言っても過言でない彼女を手放した時にその原因を訊ねたところ、返された理由も呆れるほど馬鹿げたものだった。

だって、引き留めてほしかった。追い縋るくらい好かれていたかった。彼女の好意を確かめたかった。
そう、ぐしゃぐしゃに歪みきった顔を隠しもせずに、そいつは口にしたのだ。



「おいクソ川、お前やたらとなまえに近寄んのやめろ」

「エッ…ええっ!? やだ! 無理!!」



部活開始前のウォーミングアップ中、掛けた声に素早く振り向いた及川は予想通り、全力で拒否を示していた。
まぁ、分かっていたことではある。引き攣る顔を隠す気にはなれないが。



「困ってんだよアイツ」

「えっそれ困るだけ俺のこと気にしてくれてるってことだよね」

「お前マジでいい加減にしろっ」

「あイタッ!」



真顔で言ってきた男の頭にボールを放った俺は確実に悪くない。
暴力反対!、と叫ぶ及川を無言で睨み付ければ、一瞬声を詰まらせたそいつは拾ったボールを投げ返しながら子供のようにむきになる。



「だって! なまえちゃんってば一回別れたら、もう俺のことなんかすっかり対象外に置いてくれてるんだもん!」

「もんじゃねぇよかわいこぶんな!」

「イッタァ! ちょっ、痛いって岩ちゃん!」



再度投げたボールは側頭部にぶつかって跳ね返った。



「自業自得だろバカ及川」

「ひどいっ! 解ってるけど、しょーがないでしょ失敗しちゃったものは」



俺だって好きで別れたわけじゃないんだから、と悄気ながら口にする及川には、それでも同情の余地はない。
基本的に、みょうじなまえという人間はとても素直な女子だった。それを知っていて馬鹿なことを言い出し、関係を棒に振った奴だ。可哀想も何もない。



「とにかくっ! 岩ちゃんの頼みでも却下は却下。なまえちゃんに近付かないとか無理だから」

「オイ」

「別に今すぐより戻したいとかじゃないし…せめて繋がり握っときたいんだよね」



急に真面目なトーンに声を下げる及川の表情は、もう笑わなかった。
潜められた声は他の部員の発する音に、殆んど飲まれる。



「長い目で見るんだよ。どうせ今のなまえちゃんが振り向くことなんかないし。時間を置いて、もう少し経験積んで…あの子の視野が広まったら、もう一回落としに行く」

「視野が広まって好きになった男とそのまま付き合うかもしれねぇけどな」

「ぐっ!」



時期を見るのも大事だって解ったし。

そう、何もかも悟ったような物言いにイラッときてツッコミを入れておく。そう簡単に何もかもお前の思い通りにいくか。



「…し…失敗は成功の母って言うデショ」

「目ぇ泳いでんぞ」

「ほっといて!」



自信なんか、あるかもないかも判らないくせに強がってんじゃねぇよ。
どうせ実際にアイツに男が近付いたら、我慢ならねぇくせに。

仕方がないから、これは平行線だろう。こいつの執念深さはどうにもならない。
困惑の表情を崩さなかった頭の中のなまえに謝った。悪いがこれは、俺がどうにかできる問題じゃなさそうだ。

20140521.
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