男夢主。恋愛要素なし。





学生の身分でこなす仕事というのは、決して楽ではないけれど、自分の魅力を存分に引き出されて褒められるのは嬉しくないわけもない。
モデル業も板に付き始めた頃に転がり込んできた新しい仕事は、普段こなしているファッション系からは少しずれた、女性向けコスメの宣伝だった。

化粧品の宣伝に男を使うのか…と驚きつつも、そこまで大きな拒否感があるわけでもない。
まぁオレなら大概何でも似合うっしょ、なんて軽く考えて足を踏み入れたスタジオ内。当日になってオレは、予期しない方向に驚かされることになった。



「彼が今回ペアになる相手ね。」

「え? ペア?」

「…また書類流し読みしたの? 口頭でも説明してたのに、聞いてなかったのね」



ぽかんと口を開けたオレに、渋い顔のマネージャーが溜息を吐き出す。
機材やメイクの準備に取り掛かる急ぎ足の大人達の中、壁際に沿わされた折り畳み式の椅子に腰掛けて、彼らを観察している人間が一人。
興味深げに彼らを見つめていたその顔が、こっちの会話に気付いたのか、おもむろに振り向いた。

ちょっと、待て。ぎくりと跳ねた心臓が痛い。
確かにあんまり仕事内容聞いてなかったけど、そこはオレが悪かったとは思うけど。



(ペアってなんスか…?)



いや、ペアは解る。今までだってピンの仕事ばかりしてきたわけじゃないし、当日にいきなり合わせで、と言われたってそれなりにうまくやれるくらいは場数も踏んできた。けど。



「未成年、かつ大人っぽさも抜かせないってことで、黄瀬くんと年が近い子を探してたらしいんだけど…日系だと中々いなくて、畑違いながらも引き抜かれたのが彼だって」

「でも、あの、がっ…」



外国人…だよね!? どう見ても日本人じゃないっスよね!?

さすがに言葉には出さなかったけど、オレの必死さから言いたいことは悟ってくれたらしい。マネージャーはにこりと笑うと頷いてくれた。
いや、ここで笑って肯定されてもどうしようもないんスけど…!

躊躇いながら、そろりと、その問題のペアのいる壁際に目を向ければ、視線が合ったその人は軽く首を傾げる。
肌の色は、ものすごく違うわけじゃない。寧ろわりと近い色をしてるけど、日本人より彫りの深い鼻筋と天然らしい明るいブロンドから、異国の血がありありと窺えた。
多分、近付いて見たら眼の色も違いそうだ。



「じゃあ少し打ち合わせしてくるから。メイクと着替えまで、二人で話でもしててね」

「は!? いやオレ英語解んな…って、はやっ!?」



仲良くね、と最後に言い残されたかと思うと、頼みの綱であるマネージャーはさっさといなくなってしまった。
仲良くも何も、日本人じゃなきゃコミュニケーションもとれる自信がないオレを置き去りにして。

ちょ、なにこれ、嘘でしょ…!?

焦ったところでいなくなったマネージャーは帰ってこないし、本格的に冷や汗が背中を流れ落ちるのを感じる。
しかも、タイミングを読んだかのように椅子から立ち上がった相手が、何故か迷いのない足取りで近付いてきたりするから、取り繕うこともできずにテンパってしまった。



「うわっ! う、あー…えー…と……は、ハロー? アイアム…黄瀬涼太? リョータ、キセ? ううっ、わっかんないっス…」

「…黄瀬さん、オレ日本語も喋れるから無理しなくていいよ?」

「はっ!? えっ…あ……そうなんスか…」



こんなことならちょっとくらい真面目に授業受けてればよかった、と嘆いている最中に、聞き取りやすい流暢な日本語を返されて一気に力が抜ける。
空気を抜かれた風船の気分だ。今すぐしゃがみこみそうなくらい、今度は急激に羞恥心が襲ってくる。

何これめちゃくちゃ恥ずかしい…。というか、それならそうとマネージャーも教えてくれればよかったのに…。
そうは思ったけど、よく考えれば言葉が通じない人間を適当にそこらに放り出しっぱなしにするわけがなかった。オレの考えも大分抜けている。

ぎこちない英語を並べたオレのテンパり具合が余程面白かったのか、肩を揺らして笑ったその人は気を悪くしたらごめん、と謝りながら手を差し出してきた。



「改めまして、みょうじなまえです。今日はよろしく」

「はぁ…黄瀬涼太っス……あれ、名前…?」

「ああ、父親がこっちの人で。聞いてるかもしれないけど、いつもは舞台中心に仕事してる。ちなみに同い年です!」

「そうなんスか…あ、じゃあさん付けはいいっスよ。オレの方もみょうじくんでいいっスか?」

「お、本当? 堅苦しいの苦手だから助かる。オレも適当でいいよー」



接し方に戸惑って引き腰になったのは、最初だけだった。
整った顔に人懐っこい笑顔を浮かべられると、おかしいくらい簡単に安心してしまう。

悪い人でも、やりにくい性格をしているわけでもなさそうだ。
差し出された手を握り返し、離す時には強張りきっていた身体から緊張は取り除かれていた。



「慣れてるんスか? こういうの」



隣の椅子に着いて準備を待ちながら、ぺらぺらと企画コンセプトの書かれた書類を捲っているみょうじくんに訊ねてみれば、ぱちりと瞬いた眼が振り向く。その色は、青にも近いような灰色だった。



「や、ピンに近い本格的なスチールは初めてだよ。オレの本業は役者の卵だし」

「へー。それにしてはなんか、カンロク? あるっスね」

「マジで? 態度でかい?」

「いやいや、落ち着いてるってことっスよ」



印象悪いかな、と両手を膝に置いて姿勢を正す様が、日本人っぽくて逆に似合わない。言わないけど。

脚でも組んでしまえば威圧感だって出せそうなのに、みょうじくんの仕草は一々なんというか、女の子が好むギャップ萌えを組み込みまくったあざとさがあった。

悪い人じゃないみたいだけど、これはわざとなんスかね…。人のことを言える立場でもないが、つい気になってしまう。
そんなオレの思考は露知らず、ううん、と考え込むように唸ったみょうじくんは、ニキビや傷の一つも付いていない顎を擦りながら首を捻った。
もしかしたら、わざとらしいと言うよりは役者といった職業柄、身ぶり手振りが大きくなるのだろうか。



「一応、程好く緊張もしてるんだけどな…。ただ、コンセプトと宣伝文句通りを目指すって聞かされたから、とりあえず現場で意見聞いて合わせるしかないと思ってさ」

「へー。余裕っスね」

「あは、本業の先輩がいるから安心感あってさ。あとは、余裕っていうか…」



にんまりとイタズラな笑みを浮かべて、一度言葉を区切ったみょうじくんが書類を捲り、ある一頁を掲げる。
そこには、今回の撮影の主役となるルージュのイメージと、そのキャッチコピーが書かれていた。



「『ワガママに遊べ』って、このフレーズちょっと楽しくなっちゃわない?」



この時まで、みょうじなまえと名乗った人間のオレの中での認識は、“日本語がうまくて顔が整った外国人”という程度のものだった。
モデルとしての仕事は初めてだって言うし、あんまり手こずらず長引かなければいいな…と、そんなことを考えて。後に食らうことになる衝撃を、少しも想定していなくて。

だから、撮影前の身支度を終えてその場に着いた時、思わず目を疑ってしまった。
ピンの撮影が先行だったみょうじくんが、フラッシュやレフ、カメラマンに囲まれながら、足運びや腕に限らず全身を表情を、惜し気なく扱う様。その引力はあまりにも強すぎて。

目蓋を伏せたまま、指先でなぞられた唇にルージュが広がっていく。
やがて開かれる灰色の瞳は、三日月のようにうっそりと笑みを型どって。
男なのに、変に色気がある。さっきまであった可愛げも無くした姿は、それなのにどうしてか不思議な調和を保って強い存在感を発していた。



「いい反応するだろう、彼」



ぞくり、と震えた肩を擦ると、近くにいた監督が満足げに溢した。
舞台で観た姿に惚れこんで要請したんだが、当たりだった、と。

派手な仕種が嫌みにならない容姿で、徐々に表情を強気なものへ変化させていく。丁寧に、一番魅力のある一枚を、逃させないように。恐らく、計算して、求められる姿を探しながら、全力で表現している。
ぴん、と弛まずに張られた糸のような緊張が、オレの身体まで支配したのが判った。



(何だ、あれ)



カメラが回る一瞬前に、瞬いた目蓋の下から現れたくすんだ色が、ライトを拾って煌めく。
神経をごっそり、引きずり込まれる。どう立ち振る舞えば望む反応を返されるか、知り尽くしたような動きの展開に自分の呼吸音がやけに煩いものに感じた。

眉一つ、爪先一つ動かすことにも、意味があるようだった。
荒くれる気持ちをそのまま身体の表面に映し出したような、力強さ。悪戯を楽しむ子供と、人を翻弄する悪魔じみた雰囲気が噛み合って、見ていてわけが分からない。
アンバランスでぐちゃぐちゃで、それなのに多分、綺麗で。納得させられてしまって、戦慄した。



(こいつ、ヤバい)



こんな風に仕事をこなす人間は、知らない。うかうかしていたら、今日だけでも食い殺される。

無意識に唾を飲み込んだ喉が、ごくりと音を立てる。
けれど、初めての刺激を手にしたオレの口角は、気付かない内に上がっていた。






好敵手評価上々




しかし、だ。
こんなところで強敵を見付けた、と湧き上がる対抗心に燃えていられたのは、束の間のことだった。

自分の分の撮影を終えてオレが着替えに帰ってきてみれば、対象の人物は何故かまた衣装を変えていて。
ロングスカートにフリルのあしらわれたブラウス、丈の短いジャケットを合わせた姿で、メイク担当のお姉さんと向き合っていた。



「弥生さーん、オレキモくなってない? 大丈夫?」

「全然! なまえくんほんと何でも似合っちゃうんだから…完璧よ! その道も目指せるくらい綺麗!!」

「マジですか。どれどれ……わは! 何この美女!?」



化粧の力こっわ!、と叫びながら吹き出しているのは、さっきまでカメラの前で雄の顔をちらつかせていたはずの、みょうじなまえその人で。

目を疑いたくなったのは、二度目だった。



「あ、黄瀬くんピン撮りお疲れー。なー見て、オレ結構な美女じゃない?」

「な…にしてるんスか…?」

「いやさー、プロにメイクしてもらう機会とかあんまりないじゃん? 弥生さんが是非にって言ってくれたから、体験中」



ひらひらと、それはもう楽しげにスカートを揺らしている見た目は確かに美女の姿に、愕然とする。
ていうか、そんな衣装は用意されていなかったのに、どこから出したんだ。



「その、服は…?」



ぎこちなく、指差しながら訊ねてみれば、ん?、と無邪気な顔を向けられる。
改めて酷いギャップに頬が引き攣るのを堪えていると、容赦なく更なる爆弾を落とされた。



「ああ、コレは自前」

「じっ…!? 自前!? 何で女物の服っ…しかもサイズ合ってんの持ってんスか!?」

「身内にデザイナーがいるんだよ。その趣味でよく押し付けられて…今日はたまたま朝から受け取った分が荷物の中にあってさぁ」



まぁさすがに趣味いいし可愛いけど、この手は意中の女の子にでも贈ればいいのになー。

腕を組みながら溢すみょうじくんの顔は、撮影中のキリッと引き締まっていた雰囲気が見る影もない。
今すぐにでも、目を奪われた事実をなかったことにしてしまいたい。けれど、焼き付いた光景はそう簡単には消えてくれそうにもなかった。

ああ、もう!



「あんた、意味解んねぇ…!」



オレの渾身の叫びにびくりと肩を跳ねさせた相手の、悪気もなく傾げられるその顔。
残ったルージュの赤が異様に似合いきっていることが、洒落にならなくて目眩がした。



#和の文字パレット 5番【深緋・月の盃・張りつめる】

20141002.
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