外は生憎の雨模様。ガラスの向こうで行き交う人の傘の色が、そろそろ見えなくなり始める時刻。
内側の光を反射して鏡になったそこには、めそめそと涙を流し続ける女子の横顔が写っていた。
正面に座るオレの方は、自分だけに分かるつまらなそうな顔で手に持った紙コップから続くストローに口をつけている。



(あーあ)



散々な日だ。
ぐしゅ、とたまに鼻を啜る女子にわざわざティッシュを差し出してやる自分に、ほとほと嫌気が差した。

久々のオフだったのに、本来の予定だった友達との約束は雨の所為でおじゃん。仕方ないからたまには家でのんびり過ごしてみようかと思ってみれば、呼び出しをくらい。
電話を受けた時点で嫌な予感がしつつもやってきたマジバで、待ち構えていた女友達は一食奢る代わりに話を聞いてほしいと、今にも泣き出す寸前の顔で縋ってきた。
そして聞かされたのは、数時間にも渡る彼女の失恋話だ。

やってらんねぇ。
相手が相手でなければ、さすがのオレも立ち去っていた。
それができないから、柄にもなく苛立ちを抱えたままストローを噛んでいる。



「何で、うまくいかないのかな…」



掠れた声でぽつりと呟かれた言葉に、さすがにがくりと力が抜けそうになった。
しょぼくれた女子に意地悪する趣味はないけれど、答えなんかとっくに解っているはずのことだ。聞き逃せるような言葉でもない。



「最初から彼女いるって知ってたじゃないっスか」

「そうだけどっ…でも、私の方が可愛いって言ってた!…キスだって、したのに」

「だから騙されたんでしょ。毎度毎度男の趣味悪いんスよなまえは」

「そんな言い方っ!」



キッ、と睨んでくる目は真っ赤に熟んでいて、まるで迫力がない。にも関わらず胸に打撃を食らったオレは、こんな時ばかりポーカーフェイスも上手くなっていて嫌になる。
嫌になるっスよ本当。泣きたいのはこっちだ。

戦慄いている唇が最悪な男に盗まれた報告を受けて、ぎしりと軋む心なんて彼女は知らない。オレがどれだけその男が憎たらしく思っていても、関係ない。
呼び出しておいて怒鳴ることまではできなかったのか、ぐっと息を詰めて俯くなまえの顔を、ついつい恨みがましく見つめてしまう。唇一つですら惜しめよ、と歯軋りしたくなるオレの心は広くなかった。

出会った頃から他の人間と分け隔てないように付き合ってくれたなまえは、それに懐いて仲良くなったオレのことを、性別も越えた親友のように思っている部分がある。
一緒にバカ騒ぎする半面、真面目な話もできた。困った時には絶対に力になると信頼できる。確かにそういう意味でも大事な存在には変わりないけど、オレの気持ちまで同じようなものだと決めつけられるのは辛いものがあった。

近くにいるから、よく見えて困る。
毎度毎度、なまえが恋するところや、その相手を見せ付けられる身にもなってほしい。
絶対的な信頼感があるから下手に手出しもできないオレが、どれだけ指をくわえた状態でおあずけをくらっていることか。

今もまた滲んできた涙を手の甲で拭っているなまえは、きっと口に出さない限り気付いてくれない。



(バーカ)



いつまで凹んでんの。もっとイイ男が目の前にいるのに、辛気臭い顔しないでほしいっス。
そう言って笑い飛ばせればよかったけど、さすがに本気で泣いてる女の子にかける言葉にしては無神経で空気が読めなさすぎた。



「ごめん…馬鹿みたいで」



もう一度、ぽつりと。静かな声がその口から落ちた。

もういい、諦める。辛くて堪らないからやめてしまうと、彼女は言う。
最初から叶わないって、夢見なきゃよかった。なんて台詞を、悲しい涙と一緒に溢した。

そうだ、そのまま諦めちゃえばいいんスよ。どうせアイツじゃなまえを幸せにしてやれやしないんだから。

望んだ展開、願ってもないチャンスにほんの少し浮き上がったオレの心は、それなのに、本当に、馬鹿じゃないのか。
なまえの幸せを決めるのはなまえ本人だなんて、かっこつけたことを考える理性が自分の足を引っ張ってくる。
首を絞めるだけの優しさなんか、捨ててしまえばいいのに。



「いいんスか」



それでいいんスか。諦めちゃうのは、辛くない?

諦めきれない自分を抱えてきたから、どうしても彼女の気持ちも分かってしまって。確かめるのが怖いのに、口は勝手に動いていた。

いいんだ。いいはずだ。だって今の相手は、彼女を遊び道具のようにしか思っていない男だ。
だからなまえのためにも諦めた方がいいに決まっている。そう解っているのに、なまえが諦めても諦めきれなくても、どうせオレの胸だって痛むのだ。

自分の気持ちまで、諦めればいいなんて思いきれないから。



「…うん。いいの」



それでも、一度結論を出したなまえは揺らがないということもよく知っている。
深く深く息を吸い込んで、はっきりとした声で紡がれた答えはぶれなくて、それまでぐすぐすと泣き続けていたのが嘘のように落ち着いていた。



「話聞いてくれてありがとうね、涼太」



泣きはらして鼻まで真っ赤にしながら、吹っ切るようになまえは笑う。薄付きの化粧なんてとっくに落ちて、飾り気のない顔がどうしようもなく綻ぶ。
そんな顔すら可哀想で可愛く思えてしまう自分が、悔しい。



「別に、いいんスけどね」



嘘だ。何もよくない。いい加減オレを見てほしい。焦がれるような気持ちを向けられたい。
そう願っているのに、強がるなまえが本当に強いから、オレにしとけばなんて安い台詞は吐き出せないまま溜め込むしかないのだ。







捧げられずに降り頻る




どうか次こそは、彼女の瞳に写るのがオレであれと。
そう願うばかりで叶わないなら、いっそのこと腹を決めてこの信頼を裏切ってしまうのも、いいか。


2014黄瀬birthday 
20140618. 
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