その日オレは多分、見てはいけないものを見てしまった。
いつもと変わらない厳しい部活後、帰り道が途中まで被る花宮と偶然校門で鉢合わせて、そのまま自然と歩み始めた瞬間のことだった。
「あっ、まこちゃん!」
遠くから聴こえた女子の声に、隣を歩く花宮の肩がそれはもう大袈裟にびくりと跳ねたのは。
一瞬自分の目を疑って立ち止まったオレを、その瞬間に睨んできた花宮は正に鬼の形相もここまではいかねーだろ、と思うようなもので。
へっ?、と軽く冷や汗を流したオレに向かって、口開くなよ、とだけ言って背後を振り返った花宮は、その時にはまた信じられないくらい爽やかな笑顔を浮かべていた。
思わず二度見したオレはおかしくない。絶対に。
「なまえ! どうした?」
「部活が長引いちゃったから、まこちゃんと帰れないかなーって思って。ギリギリ間に合った!」
「本当にギリギリな。連絡すりゃ待ってたっつーのに」
「しないで会えた方が嬉しいもーん」
「ふはっ…バァカ」
少し離れた場所からダッシュで近づいてきた女子は、近くの女子校の制服を着ていた。
長い髪を揺らしながら花宮に飛び付いた女子だけでもビビるのに、更にその頭を撫でる花宮に、後頭部を鈍器で殴られたような衝撃がオレを襲う。
いやいやいやお前誰だよ。
演技でいい子ちゃんぶってる花宮ならまだしも、女子にここまで甘い顔を見せる花宮なんて見たことがない。見たくない。怖すぎる。
「あれ、お友達さんいた…邪魔になっちゃうかな」
「ああ? お前が気にする必要ねぇよ」
「でも一緒に帰ってたんじゃないの?」
花宮の影からくるりとした丸い目で見上げてきた女子の顔は、中々可愛かった。
めちゃくちゃ美人とかいうわけではないけど、近付かれると無下にできない感じというか。
「えーっと…花宮の彼女?」
まさか、こんな女が彼女なんてやってけないだろうとは思いつつもつい、口を突いて出てきた疑問に微かに花宮が反応する。
その女子に見えない角度から送られてくる視線は、思いっきり殺気が混ざっていた。
ヤッベそういや喋るなって言われてたんだった…。
「え? 違いますよ? まこちゃんとは幼馴染みだもん。ねぇまこちゃん?」
「ああ、生まれて今までずっと仲は良いけどな」
「……へ、ぇー…」
幼馴染み…?、に、その態度…?
つか、花宮の口から仲良いとか出てくるとギャグを越えて天変地異の前触れとしか思えねーんだけど。
これ悪夢とかじゃねーのか…と期待して頬をつねってみても、目は覚めなかった。
そんなオレの目の前で、偽物としか思えない花宮に笑いかける女子は、どうもその本性を知らないように見える。
「学校違うし最近まこちゃんと帰れなかったから、嬉しいなー」
「待ってりゃ送ってやるんだけどな」
「うー…だってそしたらお腹空いちゃうんだもん。お腹鳴ったらまこちゃん笑うじゃない」
「なまえはオレより食い気ってことだな」
「違いますー! まこちゃんが笑わないならまこちゃんをとりますー!」
頬を膨らませる女子の顔を軽く掴んで萎ませて笑う男を、オレは花宮だとは認めない。
普通のバカップルなら痒いし爆発しろとか言えるわけだが、今のオレにそんな余裕があるはずがない。
痒いどころか足が竦んで動かないし、オレの方が爆発していいからこの現実から逃げたくて堪らない。
甘い空気を滲ませながらも背中が語る。余計なこと喋ったら許さねぇぞ、と。
まさかこんな無謀な恋路に花宮が挑んでいるなんて、誰が思うんだ。
裏側の恋本性知られずにとか、無理だろ。
そうは思うものの、傍目に分かるほど幼馴染みを溺愛しているらしいそいつは、多分諦めはしないんだろうということも予想がついて、余計に気分が悪くなった。
(原てめぇ少しでも妙なこと喋ろうもんなら…明日の日の目は拝めねぇと思え)
(……マジ、勘弁してって…)
(まこちゃん? どしたの?)
(ああ、何でもねぇよ。お前は気にすんな)
(? はーい)
20120913.