完璧な幼馴染みがいるというのも、中々に困り者だと思う。
目の前に立つ、目元のメイクが効いている女子生徒を見つめながら現実逃避に走りかけた私に、彼女は強気な態度で口を開いた。
「だから、渡すだけで良いって言ってんでしょ! 何で駄目なのよ!」
「だ、駄目というか‥いや、駄目なんですけど…」
その手が突き出してくる手紙から身体を捩って逃げながら、私はついうっかり一人になってしまったことをただただ呪った。
ああ、やっぱり従うべきは天才的な幼馴染みの助言に限る。
飲み物を買うだけだからって一人で行動するんじゃなかった…!
(あれだけ気を付けろって言われてたのに…っ)
今は昼休みなので時間の余裕はあるけれど、時間云々よりも一人待たせてしまっている彼の方が気になって頭を抱えたくなった。
いや、その“彼”の所為で今私は足止めを食らっているわけだけども…。
幸いなことに、幼馴染みという立場を楯に彼の傍に居座る私が気にくわない、というグループの人ではないようなので、危害は加えられないと思う。
だけれど問題はそれだけじゃない。
私の幼馴染みはモテる。そりゃもうおモテになられる。
顔も避ければ頭もよく、スポーツもできればボードゲームの類いも強い。
向かうところ敵無しなチート過ぎる彼の名は、何故か高校に入学してすぐに広まりに広まった。
しかも知る人ぞ知る、全中三連覇を成し遂げたキセキの世代のキャプテン。洛山バスケ部でも期待の星であるわけで。
女子からのアピールが絶えないのだ。
一歩踏み間違えれば相当な問題児になりかねない、彼なのに。
(皆ちゃんと知ってるのかな…)
若干、何らかのフィルターを通して彼を見ている人が多い気がするんだけども。
ついつい遠くの景色を眺めたくなる私は別におかしくないと思う。
まぁつまり、そんな彼の幼馴染みである私が、邪魔者もしくは都合の良い取り入り口になると考える人は、決して少なくないということだ。
「っああもう面倒くさっ! いいから、ちゃんと渡してよねっ!」
「ひゃっ!? え、ちょっ‥」
どうやって切り抜けようかと思案していた私にしびれを切らしたらしい女子生徒は、私の制服の胸ポケットに強引に手紙をねじ込むとさっさと踵を返してしまった。
「え、ええー…」
ちょっと、本当に困るのに…。
しかもこのご時世に手紙とはまた…態度に反して意外とピュアな。
(って、いやいや、そんなことはどうでもいい!)
受け取ってしまった手紙をどうするか、真剣に悩みこむ。
とりあえず、また誰かに捕まる前に彼のもとに帰ることが先決なのだけれど…。
問題は、この手紙をどう機嫌を損ねさせずに彼に受け渡すか、というところにある。
不可抗力とはいえ預かってしまったからにはぞんざいには扱えない。
どうしたものかと眉を顰めながら飲み物を獲得して自分のクラスに戻ると、当たり前のように私の席を陣取っていた彼にお帰り、と綺麗な笑みをいただいた。
周囲で悲鳴を上げた女子らに言いたい。後ろに見える禍々しいオーラに気づけと。
「遅かったじゃないか」
「征君…あのね、笑顔すごくヤバいよ」
「誉め言葉だな」
「うん…もうそれでいいや」
どう見てもお怒りでいらっしゃる。
板挟みな状況に泣きたくなったのは何度目だろう。泣いてもどうせ今更離れられないから諦めの方が勝るけど。
空いている前の席の椅子を借りて座ると、胸ポケットに入っていた手紙を流れるような動作で奪われてしまった。
庇う暇もなかった…ああ、ごめんなさい……。
「二年…先輩か」
「あの、征君…」
「僕のなまえを振り回すなんて良い度胸だ」
「だ、駄目だよ? 先輩でも殺す、とか、言っちゃ」
「…なまえは僕より女を庇うのか」
「あう、いや、そんなことは…」
無きにしもあらず。だけど、そんなこと口に出せるものか。
出せば最後、私の比護対象は一人残らず彼によって排除されてしまうだろう。その方がずっと恐ろしい。
幼馴染みの彼こと、赤司征十郎、征君。
彼の横暴さは身を持って知っているので、どうしても周囲の被害を抑える方向に頭が向かうのは仕方がないことだと思う。
ただしそれがこの幼馴染み様には気にくわないらしく、幼い頃から染み着いた執着心を隠しもせずに振りかざしている。
さすがに10年以上も付き合えば、もう私のことだけなら諦めもつくんだけど…。
(高校の進路希望も書き換えられちゃったしなぁ…)
まさか京都にまで引っ張ってくるとは思わなんだ。
洛山に行くと口にした征君に、私は誠凛辺りかな、と返した瞬間のあの般若のような顔が未だに忘れられない。
「なまえはどんくさいんだから、僕の傍を離れるんじゃないよ」
優秀過ぎることに加え勝手極まりない彼だけれど、大事に扱われていることは解っているので、私は今日も苦笑しながら頷くことしかしないのだ。
チャームポイントは絶対命令「私、将来結婚できるのかな…」
「僕がもらうから安心して良い」
「わぁ…それはとても安心するね」
「だろう?」
僅かに満足げに緩む瞳は、やっぱり美形な彼だった。
20120713.