裏切られた、なんて感じるのは、私が勝手だからなのかもしれない。
それでも、自分は彼にとって特別だと、思っていたかった。



「何で?」



今にも泣き出しそうな顔で訊ねてくる彼に、唇を噛む。

何で、なんて。
分からないくらい、彼にとってそれは特別でも何でもないことなのだと、思い知らされて。



「何で? なまえちん…やだよ!」

「……知らない」

「何で!」



静まりきった放課後の家庭科室、響く彼の声は悲痛なものだった。



「なまえちんのお菓子がもう食べられないなんて、やだよ…!!」

「ふざけんな紫原ぁああ!! そこは私に嫌われたとか気にしろよちょっとは!!」



その、内容が内容でなければ。

物凄い勢いで今までのときめきをゼロまで崩し落とす発言に、泣きたくなったのは私の方だ。

今まで子供のようになまえちんなまえちんと擦り寄ってきては顔を綻ばせていたのは、結局私の作るお菓子に釣られていたから、ただそれだけの話だったのだと改めて思い知らされて平常でいられようか。否、いられまい。

聞けば私以外にも相当な人数から貢ぎ物(お菓子)を受け取っているという彼に衝撃を受け、その現場を目撃してしまった時の私のショックが分かるだろうか。

育てていた小鳥が籠を突き破って部屋を荒らして出ていってしまったような、そんなイメージが一瞬で頭に浮かんだ。
彼は小鳥なんて可愛らしいものでは、大きさからしてあり得ないが。



「他の子からもへらへらしながらお菓子貰ってるくせに、私にまで甘えんじゃないわよ!!」



もう知らん! 紫原になんか二度とお菓子なんて恵んでやらん!!

付き合っているわけではないとはいえ、あそこまでべたべたと引っ付いてきていたのが私だけでないというなら、最悪だ。
告白なんてしていなくても、ほぼそんなものだと思っていた私の気持ちが勘違いだったなんて、あまりにも酷過ぎるではないか。

なのにそんな気持ちも知らずに、目の前の大男はやだやだと首を振って駄々をこねる。
今までなら絆されかけたであろうその仕種も、こうなってしまえば憎たらしさを増させるものでしかない。



「やだ! なまえちんのお菓子食べれないのやだ!」

「やだじゃない! 聞き分けない子供か!」

「子供だしー!! ていうか何でなまえちん怒んのか意味わかんねーし!」

「何でよ! 普通に怒るに決まってんでしょ!? 紫馬鹿!!」



ていうか開き直るんじゃない!!

伸びてきた手を勢いよくばしりと弾き落とせば、彼の威勢が急激に下がる。



「何で…何でそんな怒んのなまえちん…」



しょんぼりと肩を落とす仕種に、うっかりごめんと言いたくなる自分を奮い立たせて耐えた。

よく考えろ。私は何も悪くない。
勘違いしたのが悪いというなら、勘違いさせたこいつはもっと悪い。
いくら子供っぽいとはいえ、歳はしっかり高校生だ。身体なんてしっかり高校生どころじゃない巨人だ。惑わされてはいけない。



「なまえちーん…」

「……」

「返事くらいしてよ…」



打つ手を無くして、戸惑うような目で見てくる紫原から顔ごとぷいっとそっぽを向けばまた、何でだよー…と情けない声でまごつく。
そんな彼が私のことを好きでも何でもないと知っているから、余計に泣きたい気持ちになった。

お菓子のために、そこまでショックを受けるのか、と。



(紫原の基準を甘く見てた…)



最初から、お菓子が原動力であることをもっと理解しておくべきだった。
そうしたら勘違いもせず、好きにならずに済んだのかもしれないのに。



「オレ…なまえちんの作るお菓子が、一番美味しいのに……」



そんな馬鹿みたいな甘えに、最後の最後で振り向いてしまうほど、ときめいたりなんかしなかったはずなのに。



「このっ…小悪魔めぇえっ!!」



結局、苛立ちを押さえられないまま折れてしまうのは、私なのだ。

可愛すぎる大男の顔面に綺麗にラッピングされたマドレーヌを叩きつけて、私は机に突っ伏すと己の馬鹿さ加減に盛大に泣いた。








お菓子>(越えられない壁)>私




(いたーい…って、マドレーヌ! やった! なまえちんありが‥アララ? 何で泣いてんの?)
(自分で考えろ馬鹿!!)
(えー…)
20120821. 
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