出向いた職員室で顔を合わせた担任は、当然ながら私が本来知り合ったはずの教師とは似ても似つかない人だった。
周防、と名乗った二十代後半辺りに見える教師は背広の似合う中々爽やかなイケメンである。
因みに私が元々中二の頃にお世話になったのは、家庭を重んじながらも生徒を優しく見守るようなナイスミドルだった。
あの先生大好きだったなぁ…と過去を振り返るも、出逢えない人とは恐らく、この先も出逢う機会はないのだろう。
(切ないわ…)
先生は勿論、友人とも出逢えないのかもしれない。
自分がどんな状況に置かれているのかは解らないけれど、その予想は間違ってはいない気がした。
「浅縹は転校は初めてか」
「え?」
「ああいや、不安そうな顔してるなと思って。うちのクラスに悪い奴はいないから、大丈夫だぞ」
どうやら私の凹み具合を不安によるものと思ったらしい。
ぽすん、と頭に降りてきた手はまるきり子供を慰めるようなもので、さすがにそれで私の悩みが解決することはなかったけれど、目の前の人間の人柄は窺えた。
まぁ、いい先生っぽいからラッキーとだけは思っておこう。
一々悲しんでいたら切りがないというのも、理解しつつある。
「その言葉、信じますよ。私に友達ができなかったら責任とってくださいね」
「…ん?」
置かれた手をそのままに、にやりと笑って見上げた先で、担任の首が傾げられる。
「先生が友達ならテストの山あても余裕ですよね」
「!? いや、普通に駄目だぞそれは! 浅縹、お前実は意外とちゃっかりしてるな?」
「やだなぁ、私は純粋無垢で幼気な中学二年生ですよ?」
外見は、ね。
にこっ、と笑顔を作ってみせれば、それまで気遣わしげだった男の表情が引き攣った。
何だ、中々面白い、弄りやすそうな人じゃないか。
「何かもう浅縹に心配はいらない気がするんだが……」
「先生しっかり」
「お前がしっかりし過ぎちゃいないか…?」
「いえいえそんな…」
ことは、なきにしもあらずというやつだが。
首を横に振ろうとした時、失礼します、と響いた声に一旦言葉を切った。
そしてその声のした職員室の入口を振り返り、私は息を飲む。
「周防先生、学級日誌を取りに来たんですけど…えっと?」
ぱちくりと見開かれた瞳は、見慣れないものを見るように何度か瞬く。
柔らかな桃色の髪を靡かせた美少女に、私も三度目のこととなれば慣れたのかもしれない。
(美少女だ……)
ピンクの髪の、美少女。
でも、美少女なら…いいかもしれない…。
そんなことを思いながら固まる私を知ってか知らずか、近くに立つ周防先生の手がとん、と背中を叩いてくるまで私はその女子に見入っていた。
いや、だってこんな美少女、そうそうお目にかかれるものじゃないよ。普通に見入るわ。超可愛い。
しかも発達途中のはずのその身体は、育つところは育った豊満さだ。
これはヤバい。何がとは言わないが、とりあえず大変けしからん美少女である。
「今日からうちのクラスに入る、浅縹だ」
「! そういえば転校生が来るって言ってましたね 」
桃井さつきです、と可愛らしい笑みを浮かべて少しだけ首を傾ける、そのあざとい仕種さえ嫌味にならない。
そうか桃井さつきちゃんか。よし、覚えた。
とりあえず、ピンクの髪だから桃井なわけですかとかいう突っ込みは今の私には不要なものだった。
皆様、美少女は正義です。
「浅縹奏です。もしよろしければさっちゃんとお呼びしてもよろしいですか」
「えっ? あ、うん、じゃあ私も…かなちゃんって呼んでもいいですか?」
「是非!!」
「浅縹、まるきりハンターの目だぞ」
「先生ちょっと今私の人生においてかなり重要な分岐にいるんで黙っててくれますか」
「お前本当に酷いな!?」
素気無い扱いに素晴らしい突っ込みが入るが、華麗にスルーしておく。
悪いが、私の中の重要度でいくとイケメンよりダンディー、そして美女と美少女は断トツ譲れない生き物なのだ。
がっし、と美少女改めさっちゃんの両手を掴んで私の最大の笑顔を向ければ、彼女はどこかはにかむように微笑んでくれて、ああ私これ全然やっていける気がするわ、と内心深く頷く。
美しさはいつだって偉大だ。
じゃあまた後で、と手を降って職員室を出ていくさっちゃんに上機嫌で手を降り返し、その背中が消えると深く深く、息を吐き出す。
そしてくるりと身体を反転させれば、とてつもなく胡散臭いものを見るような担任の目と搗ち合った。
「……浅縹」
「可愛い女の子って、いいですよね」
ぐっ、と親指を立てた私に、この数分で随分と草臥れた様子の周防先生はがくりと首を落とした。
「……先行きが不安だ」
まぁ、なんて失礼な言い分だろうか。
先生だって可愛い教え子と生意気な教え子なら、当然可愛い方がいいでしょうに。
そんな指摘を返せば殊更微妙な顔で、新しい担任はそりゃあなぁ、と渋々と頷いたのだった。
美しきは正義かなそれでもまぁ、かなり適当な扱いをしてしまった自覚もあるので、周防先生には後々深く頭を下げておいた。
逆に不気味がられたことについては、気にしないことにしよう。
20130209.