誰か、誰でもいいから確認したい。
ここって、中学校だよね…?






なんだか若干記憶と異なるスナック菓子を拾い集めながら道を進むこと数分。
前方上方に見えてきた紫に、私の足はふらふらと力が抜け、止まった。

え…?、と目を擦ってみても光景に変化はない。
いや、え? ちょっと待ってよ。いくらなんでもないでしょ、これ。



(紫って…紫…!?)



落ち着こう。落ち着いて考えよう。まず、ここは? 中学校だ。
周りを歩く生徒におかしな部分はないので、そこは信じていいと思う。

けれどどうだ、数歩先でパンパンに膨れ上がった買い物袋から今尚お菓子を落とし続けながら進む男子生徒。
その規格外な体躯もさることながら、凡そ今まで出会ったことがないような見事な紫色の髪に、私の頭の中はプチパニックを起こしていた。

だって、紫色なんだよ、髪が。



(校則とかどうなってんの…!?)



まさか地毛だとでも言い張るのだろうか。それはかなり言い訳として苦しいぞ。
それとも本当に地毛だったりするのだろうか。どんなとんでも世界だよそれ。

くらりと目眩を起こす頭に片手を当てながら、再度ここは何処なのか、答えがほしくなった。
少なくとも私が今まで暮らしてきた世界なら、ウィッグでもなければあんなに見事な紫髪は見たことがない。



「頭いたい…」



どうあっても、普通じゃないわけか。

時間が退行しているかと思えば本来通うはずだった学校は存在しないし、登校してみれば私の生きた世界から遠ざかる現実に打ちのめされる。

私は、世界は、一体どうなってるの。
泣きたいような叫びたいような気持ちになりつつ、冷静な部分がこんなものなんだ、と受け入れようとしてしまうことも更に私に追い討ちをかける。
女は総じて順応性が高い生き物なのだ。悲しいことに。

こんなわけの解らない空間においても、その空間なりの事実を拾って一つの謎は解決できるのだから、自分の神経を疑いたくもなるのだけれど。



「あのー…そこの、紫色の髪の長身の君…?」



とりあえず、私のスクールバッグを埋めるスナック菓子を落としていたのは、間違いなく彼だ。
膨れ上がった買い物袋に更に山積みなったお菓子を見れば、落っことしてしまうのも解る。

なんだか拾っている内はヘンゼルとグレーテルの鳩のような気分だったのだけれど、見つけたヘンゼルには充分に栄養分が行き届いているようだ。溜息を吐きながら近付いてみれば、その大きさがよく分かった。

私の頭が胸より下ってどういうことなの…。



「んー? オレ…?」

「うん、そう、君よ」

「? 誰アンタ」



ゆっくりとした動作で振り向き、さ迷った視線が不思議そうに俯けられる。

日本人に紫色の髪はないだろう、と思っていたのだけれど、そうでもなかった。普通に合っている。
ぼんやりとした目をじい、とこちらに向けてくるその男子は身体の大きさこそずば抜けているが、どことなく子供っぽい雰囲気をしていた。

そんな彼の疑問に答えるよう、私は肩から下ろしたスクールバッグを持ち上げて開いて見せる。



「これ、落ちてたの拾ったんだけど、君のじゃない?」



確信しながらも一応問い掛けてみれば、バッグに入ったスナック菓子にぼんやりしていた目が一気に開く。
おお、と迫力に押されながらも見守っていれば、ふるふると震え始めた彼の目がもう一度私に向けられた。



「おち、てた…?」

「うん。靴箱辺りからは全部拾ってきたよ」

「マジで…? うわー…オレの限定味…いつから落っことしてたんだろー…」



相当ショックだったのか、ずーん、と沈んだ頭がわりと近くまで降りてくる。

落ち込む彼には悪いが、私は未だにその頭が気になって仕方がなかった。



(ムラがない。ということはやっぱり地毛か…)



どうなってんのこの世界。
なんかもう、やっぱり変な世界に迷い込んだ気がしてならないのだが。



「うー…まいう棒…」

「あー…うん。さすがに校外からは拾ってこれなくて、ごめんね」

「んー…うん。ありがとー。また探しに行く…」



それにしても、そんなにお菓子が好きなのか。
しょんぼりと肩を落としながらお礼を言ってくるその子が、体躯は関係なく可哀想に思えてつい、よしよしごめんね、と手を伸ばして頭を撫でてしまった。
そして思った。

私何やってんの。



「……あの、あれ…ごめん、つい…」



初対面の、思春期の、一応同年代の頭を撫でるか普通! ないわ!!

つい子供として見てしまう癖は、まずいかもしれない。接してみて解った。
他人との距離の測り方から、私は学び直さなくてはいけないのかもしれない。

しかし幸いなことに、目の前の彼はあまりその辺りを気にしない人種だったらしい。
きょとんとした目で見返されはしても、嫌がられることはなかった。

この子素直な子なのかな。



「ええと…とりあえず、そのままだとまた落としちゃうから…」



確か入れてきたはず、とバッグのファスナーを開ければ、ゆるそうな熊のキャラクターのエコバッグが出てくる。
スクールバッグからその中に中身を移し換え、山積みの買い物袋からも彼に許可を取ってある程度移せば、どちらの袋にもいい具合にお菓子が分かれた。



「はい。これで教室まで行くといいよ」

「わー、ありがとー」

「いいえー。あ、でも放課後辺りにバッグは返してほしいから、クラス訊いてもいい…かな?」



発言しながらよく考えてみれば、同級生かも判らないのにタメ口を利いていた自分に額を覆いたくなる。
けれど又もや幸いなことに、彼の口にした学年は私と同じものだった。

よかった…転校早々生意気な人間だと思われなくて本当によかった…。
胸を撫で下ろしながら、そろそろ本気で時間が圧していることに気付いて一歩彼から遠ざかる。



「じゃあ、放課後に受け取りに行くね」

「うんわかったー。あ、そーだ、これあげる」

「うん?」



にゅっ、と突き出された手に反射的に掌を出してみれば、偶然にも最初に拾ったスナック菓子が置かれる。
イカスミたらこ…どう考えてもイカスミがたらこを制覇しそうな味付けの、あれだ。



「それイケたから、お礼にあげるねー」

「あ、うん。ありがとう」

「んー」



ちょっと気になってはいたので、好意はありがたく受け取っておこう。
そう思ってバッグに仕舞い、彼から離れようとしたところで、凛と響いた声に身体が一時停止した。



「紫原、立ち止まって何をやってるんだ」

「あれ、赤ちーん」



むらさきばら…だと…?

なに、まさかその紫色の髪で名前まで紫なのか。それが本当ならまるで身体を張ったギャグだ。

思わず彼を凝視し直す私の視界に、今度は更に刺激の強い色彩が飛び込んできたことで戦慄した。



「あのねー、落としたお菓子拾ってもらったの」

「袋は小分けにしてもらえと前にも言っただろう…すまない、紫原が迷惑をかけたようだな」



保護者か。君はその子の保護者なのか。
というかその真っ赤な髪は…やっぱり地毛なんですか…?

引き攣りそうになる頬を必死に留めてとんでもない、と首を横に振れた私は褒められて然るべきだと思う。
紫原と呼ばれた彼の背後から近付いてきたその男子は、標準的なサイズではあるけれど個性は強そうに見える。

何てったって赤髪ですよ。こんなに綺麗に真っ赤な人間がいるなんて考えたこともなかったよ。紫もだけど。
幼げながらも綺麗に整った顔をしている赤髪の彼は、この流れでいくと赤の文字が名前に入ったりするのだろうか。



(赤ちん、ってあだ名だよね…)



髪が赤いから赤ちんなのか。名前にも入ってるから赤ちんなのか。
そんな馬鹿げた思考に若干逃げながら、笑顔が引き攣らない内にそれではこれで、と軽く頭を下げてその場を離れた。



(駄目だ…なんかもう、凄すぎて…駄目だ…)



彼らから離れてみると、自然と歩くスピードが増していく。
頭の中は見てきた光景がぐるぐると巡って、胃がおかしくなりそうだった。



私はやっぱり、答える人間がいないと分かっていても大声で問い掛けたい。

ここは本当に日本ですか、と。







紫とお菓子と赤と目眩




どう考えても、私の知る日本ではない。とは、思うのだけれど。

落ち込む暇もなく混乱しながらも、職員室までの道程を覚えていた私は、わりと図太く出来ているのかもしれない。

20130126. 



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