まさかの置き去りという処置に額を押さえる私と、その場から動くこともできない様子で唸っている金髪のイケメン。
キセリョこと黄瀬くんはしきりにこちらを気にする素振りを見せるくせに、自分から話し掛けてくるつもりはないらしい。

ちらちらと向けられる視線に耐え兼ねて溜息を吐き出すと、その肩が僅かに跳ねたようだった。
何だかな…私、もしや怖がられてる?



「…とりあえず、座ったらどうかな」

「! え、あ……そう、っスね」




一応会話する気はあるのか、顎で示してやれば一つ分の席を空けてぎこちない動作ながらも腰は下ろしてくれた。

まぁ、妥当な距離だろうか。
隣に座られても吃驚だし、わざわざ正面に回るのも今から話をします、とはっきり意思を示すようで居心地が悪くなりそうではあるし。



(しかし扱い辛い…)



空気が重い…というか、固い!
警戒心の強い小動物にでも接している気分で、笑顔なんか保とうとすれば数分で頬の筋肉が引き攣ってしまいそうだ。
中学生でも発育がいい、スポーツマンらしい体つきの男子相手に、私の方がずっとか弱い女子であるはずなのにとても微妙な心境である。中身の年齢は、今は考えないことにして。



「えーっと…黄瀬くんは何かな。苛められでもして…るわきゃないか」

「な、ないっスけど」



たまに僻まれることは…と小さな声でぼやかれた事情は、触れる必要はないだろうか。
受け答えはしてくれるけれど、どうにもお互い壁を感じている気がして、さすがの私も内心唸ってしまう。
コミュニケーションというものは、双方からある程度の努力があって成り立つものだ。仲良くしようと思ってくれる人としか仲良くなれないように、会話の一つにしてもその意思がないと続かない。

立ち去りもしなければ何かを切り出すでもない、この子は一体どうしたいんだろう。
私を気にしていたようなことを黒子くんが言っていたが、その理由もよく判らない。せめてヒントくらい欲しかったし、黒子くんも何を狙って彼をこの場に置いていってしまったのか。



(うーん…)



相手、しなきゃ駄目かな。
なんだかちょっと面倒くさくなってきたんだけど。

ぶり返した沈黙に首を竦める。
何もしない時間が無駄に感じて、何かしらのアクションがあるまで待つ間は再び勉強に戻るかと、ペンを拾い上げた時だった。



「すんません」

「……ん?」



唐突に吐き出された謝罪に振り返ると、黄瀬くんは膝に手を置いて俯いていた。
今度は何だ、と突っ込みたい気持ちは抑えて、折角手にしたペンをまたノートの上に置くことになった。



「えーっと…ごめん、それは何に対しての謝罪?」

「…この前の、青峰っちのイタズラとか」

「…え? 悪いと思ってたの?」

「そ、その前の…色々言ってたのも、だってあんた、聞いてたから」

「あー、ちやほやされてなんたらってやつ? 気にしてたの?」

「いや、だから、あんたが!」



ヒートアップしてきたのか、荒々しくなっていく声が気になる。人差し指を口に当ててジェスチャーすれば、はっと目を瞠った彼は息ごと言葉を飲み込むように喉を詰まらせた。

少し感情的になってしまっているが、これなら話すことだけならできそうかな。
ずっと黙られているよりは対処の取りようがある。勢いを削がれて視線をさ迷わせる黄瀬くんに向き合うように、椅子に横向きに座り直した。



「もし罪悪感があるならだけど…ああいう、女の子を弄ぶような真似を繰り返さないでくれれば、私は別に気にしないよ」



確かに随分と見下す発言を聞いたけれど、見ず知らずの相手に向かってのものだ。予備知識からの印象が悪ければ、つい悪く言ってしまうこともあるだろう。
あの時点で、私と彼に接点らしき接点はない。友人どころか知人でもない存在を馬鹿にすることは、まぁ…気分がいいことではないにしても、別段取り立てる必要もないことだと思う。

友人に悪口雑言を吐かれてしまったとかなら、私も傷付くし怒りも湧いただろうが。黄瀬くんは本当に、他人だし。



「私が調子に乗ってる…だったっけ? 正直に抱いた感想を言っただけなんでしょ。その点については別に、悪いなんて思ってないんじゃないの?」



黄瀬くんは、親しくもない私に対してそんな罪悪感を持つような優しい子なのだろうか。
あの口振りからでは、もっと割り切った性格のように感じたんだけどな。

私も女で、しかも思春期真っ只中の彼らよりも生きた年数が多い。
探りを入れて、その表情の動きから読み取れる感情も少なくはなかった。
黄瀬くんの目が、少しずつ私のそれと交わる回数が増えていく。



「それはっ……一回、あんたは、助けてくれたから…ちょっとはヤバいこと言ったかもって、思いはして…」

「助け?……あ、女の子達から逃げてた時の? それも覚えてたんだ」

「そりゃあ……でも、本当に何とも思わないんスか?」



じとりとした目付きは、折角のイケメンという品格を落とすものだ。
人間らしさはあるから、逆に可愛いげは出てくるけれど。

調子は戻ってきた。このテンポならそう戸惑うこともない。遠慮もいらないだろう。
投げられた問い掛けには、にっこりと心から笑い返してやることができた。



「いや? あの私が尻軽と言いたげな発言にはちょっとはイラッとしたよ。さすがに、何様だと」

「えっ」

「まぁでも、確かに調子に乗れちゃうくらいには黄瀬くんもイケメンだったわ」



その点は、お姉さん完敗でしたよ。
もし本当に告白されたら振り方に悩むタイプだよね、と頷いてみせれば、何とも言い難く眉を歪ませた黄瀬くんも、漸く私へ身体ごと向き合ってくれた。



「オレ…モデルもやってるんスよ」

「あ、それは友達に聞いた」

「それ…知って、態度変える奴の方が多いし。だから何か、あんたと今話してても変な感じがする」

「態度云々は人によりけりってやつでしょうよ」

「でもないっスよ」



女子なんて特に顕著なものだと、急に乾いた声になった彼が口にする。



「やたら取り入ろうとしてくるか、遠巻きにしてくるか。どっちかの人間が一番多い」



部活中は男子ばっかりだし、実力重視だからそこまで特別扱いされたりはしないけど。

そう語る黄瀬くんはどうも、私に何かを言ってやりたい、という風には見えない。
どちらかと言えば、普段感じるはずの蟠りを私には感じないからこそ、どうしてなのか解らずに疑問をぶつけてきている…と、いった感じか。



(嫌われてるわけではないのかね)



変な感じ、とは言われたけれど、悪意は感じない。
ううん、と一つ唸りながら、私は何となく足を組む。

純粋に向けられる疑問があるなら、年長者としては幾分か考えて答えてあげるべきだとは思う。
私の中身が大人だからじゃないかな…なんて、身も蓋もないことは言えないから、もう少し理屈っぽく捻りを加えなければならないが。

頭のおかしい奴だなんて思われたくはないからね…。



「そーねぇ……例えば黄瀬くん、英語は喋れる?」

「…ガッコーで習う程度っス」

「ありゃ。まぁ喋れるかどうかは今はいいや。外国に行って、言葉の通じる外国人に会ったとする」

「…はぁ」

「言葉が通じれば意志疎通は図れるよね。何かしらの理由で困った時にも相談できるし」

「まぁ…?」

「けど、その相手を信じられるかは別じゃない?」



どうかな?、と私が首を傾げれば、相手の瞳もぱちりと瞬く。
黄瀬くん睫毛長いな…なんてどうでもいいことに気付いた。



「住んでる国とか世界が違うと、人間の中身が見えにくくて怖いと思わない? 時間をかければ別だろうけど、最初は警戒して構えちゃうんじゃないかな」

「…まぁ、そうっスね」

「今言ったほど大きなことじゃないんだけど…黄瀬くんも、いくらかの生徒にとっては違う世界にいる人なんだよ」



多分、だけどね。
目を丸くしたまま私を見下ろしている黄瀬くんに、解りやすく説明できているだろうか。
判らないが、とりあえず私に語れるレベルの表現がこれしかないから、このまま続行させてもらう。



「違う世界で生きてる人の感覚とか、性格とか性質は、絶対に自分とは違うものだし……それが自分に向けられる時、厳しいものだったらどうしようって、怖くなったりすることもあれば、憧れて惹かれることもあるんじゃないかな」



誰だって、無駄に傷付きたくはない。
そして人間は、自分の中にないものに惹かれやすいという性質もある。
飛び出してきた刺激には、極端にどちらかの本能が反応してしまうのではないだろうか。



「憧れられるか、敬遠されるか。どっちかが多いのは…狭い世界しか見たことがないから切り替えられない人が多いんじゃないかなー。まだ中学生、ってのもあるしさ」

「つまり…オレの感覚が周りよりおかしいって話っスか」

「違うよ。黄瀬くんは大人の世界に飛び込んでて、少しだけ広い世界を見てる。その点は確かに凄いし、偉いとも言える」



凡そ他の中学生が誰でも体験できないことを、体験して、知っている。
それはおかしいことではないけれど、特別なことではある。
そして特別という未知の世界に、憧れたり怯えたりするのは、生きる世界の狭い子供には普通の反応であって。



「何て言えばいいかなー…私は、黄瀬くんに対して何を思うって訊かれれば、頑張ってるんだなーって感想しか出てこないんだけど」

「……えっと…じゃああんたには、オレは特別じゃない…ってことっスか?」

「そうだね、黄瀬くんみたいな人は一定数いるって分かってるし、実際見たこともある。だから特に憧れはしないし、今のところ敬遠する理由もないかなぁ」



モデルもそれ以外の芸能人も、居るところには居るものだ。関わってみれば同じ人間、気が合う合わないの違いはあるけれど、お互い学生という立場ではそこまで遠い存在に感じることはない。
正直な気持ちも添えて、お気に召さなかった?、と訊ねれば、黄瀬くんは数秒うんうん唸っていたかと思うと、いや、と首を横に振る。



「なんか、むつかしくて頭ぐるぐるするんスけど…気に入らないとかはないっス」

「そ。ならよかった」



そろそろ休み時間も終わってしまうし、本と筆記具の片付けに入らないと。
あまり勉強は捗らなかったけど…今日のところは仕方ないということにしよう。私の所為じゃないし。

黒子くんに貰った代金が高くついてしまった飴玉をポケットに詰めながら立ち上がると、あっ、と短い声が隣から上がった。



「名前…っ」

「ハイ?」

「その…あんたの名前、教えてくださいっ」

「ハイ浅縹奏です…って、言ってなかったっけ?」



自己紹介前から、私の存在は仲間の口から聞いていたみたいでもあったのに。
素直に疑問をぶつければ、うっ、と詰まった黄瀬くんはあからさまに目を逸らす。



「いや、苗字は知って…ただその、覚える気がなかったとゆーか」

「オイ失礼だな」

「浅縹、奏…うん、覚えたっス。じゃあ呼びやすく、かなっちっスね!」

「そして君もあだ名付ける系か」



別にいいけど。というか、華麗にスルーしてくれたなこいつ。

やっぱりわりと食えない、癖のある性格してるんじゃないか。
一気に掌を返したきらきらとした笑顔は眩しいし、ちょっと女として自信をなくすからやめてほしいんだけども。






ベイビー・ドッグの糸解き




(この本どこに片付けるんスか?)
(そこの本棚の最上段だけど)
(かなっち届かなそうで危ないし、オレ片しちゃうっスねー)
(…なんという掌クルーっぷりだよ)
(え? 何か言ったっスか?)
(いや別に何も)

20141120. 

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