色々とありつつも美味しい料理は味わうことができた懇親会から明けて、月曜。貴重な昼休みを削ってテキスト類を睨んでいた私は、右手に持っていたシャープペンを投げ出し怠くなってきた肩を回した。
教科書と資料を見比べていた目も大分疲れてきたし、ここらで休憩をとるべきかと背凭れに寄り掛かる。

勉強は大事。とは言え、無理は禁物ですからね。



「あー……疲労困憊」

「お疲れ様です」

「おふうっ…黒子くんか」



気を緩めた瞬間に声を掛けられたものだから、びっくりした。
相変わらず気配も感じないし…。跳ねた肩からもう一度力を抜けば、私の座っている椅子のすぐ傍に立っていた男子の水のように澄んだ色をした頭が軽く傾げられる。



「そこまで驚いてませんね」

「図書室だしね。ちょっとびっくり慣れしてきた感はあるかなー」



何かご用?、と訊ねれば、頑張ってる浅縹さんに差し入れです、と口の前で人差し指を立てられる。

もう片方の手が机に伸ばされたかと思うと、その中からコロリと飴玉がいくつか転がり落ちてきた。



「飲食禁止なので内緒でお願いします」

「やだ黒子くんイケメン」



お姉さんトゥンクしちゃう…。
さすがさっちゃんの乙女心を射止めたらしいだけあると、内心深々と頷いてしまう。
そうそう、こういう気遣いに女の子は弱いんだよ。やっぱりこの子も侮れないタイプだと改めて確認する。
室外でいただくね、と感謝を述べればほんの少しだけ頬を弛めてくれるのも高ポイントだ。
可愛い顔して格好いいことがさらりとできるとか、将来有望と言わずに何と言おう。



(将来有望と言えば…)



最近、有望を通り越して覇者にでもなれそうな子とお近づきになったのだったか。
彼も近い関係にいるらしかったなぁ、と、ふと印象的な赤い髪の色を思い出した。



「…そーいえばなんだけどさ、バスケ部って認知度高いんだね」

「え……まぁ…うちは強豪ですから、そうですね」

「ね、黒子くんもレギュラーらしいね。知らなかったからビックリしたわ」



これは彼に熱を上げているさっちゃんから聞いた話だ。たまにお菓子シェアしている紫くんとの会話にも、出てきたことがある。
細っこいとまでは言わないけれど見るからに文学少年らしき黒子くんが、強豪らしいバスケ部のレギュラーに数えられているとは。
体格でスタミナが左右されることは多いにある。名が売れている部活なら練習量も見合うものだろうし、相当努力しているのではないだろうか。

頑張っているのは黒子くんの方なんじゃないかな…なんてぼんやり思考を飛ばしていると、微かに眉を寄せた彼に何かあったんですか?、と訊ねられた。



「へ? 何かって何が?」

「いえ…何もないならいいんですけど」

「んー……あ、もしかして女の子関係?」



何も、という顔でもなかったから頭を捻って出てきた可能性を口にしてみると、黒子くんの肩が僅かに強張ったように見えた。

なるほど。心配してくれたのかな。
さっちゃんもまだ困らせられている時があるみたいだから、気にしてくれたのかもしれない。バスケ部が妙に人気があるというのは、クラスの友人達からも聞かされていたことだ。そんな彼らと、何故かまるっと友人関係らしきものを結んでしまった私を気にしてくれる子も男女含めて結構いる。
つまり、周囲はみんな優しいし今のところ特に被害はない。正直にそれを伝えれば、黒子くんはほっと息を吐き出した。
これは本当に、軽い問題でもないのかもしれない。

まぁ、さっちゃんほどの美少女がビンタされてたくらいだしね…そこまで見目麗しくもない人間が親しくしていたら、調子に乗ってると怒りを買いかねない、か。
その内何かあるかもしれないし、気を付けておこう。

うんうん、と一人で頷いていると、不意に本棚向こうからもう一つ、大きな影が出てきた。
あ、と私が声を発するより先に、眼鏡越しに交わった視線の持ち主がその目をぱちりと瞬かせる。



「浅縹か。黒子を見かけていないか」

「え…」

「ここにいますけど」



突然現れて挨拶もなしの質問に、この相手だから戸惑うことはないけども。
思いっきり目の前にいますけど…と答える前に挙手した黒子くんに、緑間くんの身体がびくりと大袈裟に跳ねた。
さすがだけど、端から見たらコントだわこれ。



「またお前は…もう少し存在感を出すのだよ…!」

「無茶言わないでください」

「黒子っちいたんスか! 探したんス…よ……」



どうやら捜索隊は二人だったようだ。
後から追い掛けてきた声の持ち主も本棚の影から飛び出して来たかと思うと、目標物よりも先に目が合った私の姿にぴしりと顔を固くしてくれる。

わーあからさまー…なんて、内心空笑いしてしまうのは許してほしい。
何だか私は彼には警戒されているようで、偶然顔を見るような機会があってもいつもぎこちない反応をいただいているのだ。

素直でよろしいけどさ…ちょっと虚しくなる気持ちも否めないのよ。私何かしたかな。生理的に受け付けないとかなら仕方ないけどさ。



「やー緑間くん。と…黄瀬くんもこんにちは。仲良いの?」



とりあえず、言い争いに発展しそうな黒子くん緑間くんを止めるためにも声を掛けておく。
実際、インテリ系な緑間くんと見た目が派手な黄瀬くんはあまり目にしない、意外な組み合わせだ。
未だ視線を泳がせている黄瀬くんはともかく、声を荒立てかけていた緑間くんは、不快そうに眉を顰めながらも振り向いてくれた。



「単にこいつが黒子を探していて、行き先も同じだっただけなのだよ。それより、図書室は飲食禁止が基本だ」



こいつ目敏いな。
机に出しっぱなしだった、先程黒子くんから貰っていた飴玉を睨み付けられて、私はふ、と一つ息を溢した。
それから二つの拳を顔の横に持ってきて、こてりと首を傾げてみせる。



「食べてないから、許してにゃん」

「…頭でも打ったのか」

「浅縹さんは疲れてるんですよ…」

「そんな染々と言わんでも」



黒子くんも首を降らなくてもさ、ちょっとふざけてみただけじゃないですか。超笑顔でやってみたのにこの反応だよ!

最近の中学生ノリ悪い冷たい…と下ろした拳で目頭を押さえていると、それも軽くスルーしてくれた緑間くんは勉強中か、と呟いた。



「次の試験はまだ先だが」

「油断は許されないみたいだから。継続は力なりーってね」



歴史系はとにかく散々だったからな…。
ただでさえ中学生レベルの内容が全部は把握できていないのに、このままでは困る。この生活が続くなら尚更だ。以前の自分に戻れる兆しがないからこそ、手を抜いてしまうことが恐ろしい。

そんな事情を知らない緑間くんは、眼鏡を押し上げながらふん、と顎を僅かに反らした。



「最初から人事を尽くしていればよかったのだよ」

「尽くしてたつもりだったんですけどねー…」

「まだ教科書が違ったなどというふざけた言い訳をする気か」

「やめてあげてください緑間くん。浅縹さんは疲れてるんですよ」

「黒子くんはそのフレーズ気に入ったの?」



なんかすごく馬鹿にしてないかな? ん?
笑顔を向けると気のせいですと返されたけど、お姉さん騙されませんからね! こんにゃろめ!

大体こっちだって必死こいてやっているのだ。不安や絶望と戦う日々なのに…と、ちょっと拗ねたくなる。そこまで子供じゃないからムキにもなれないけども。
膨らませた頬から空気を抜いていると、それで、と顔を上げた黒子くんが後から現れた二人を見上げた。
さすがは運動部というか、標準に近い黒子くんと彼らでは結構身長差があるのだ。そこら辺プライドもあるだろうし、わざわざ口にはしないが。



「用って何ですか」

「オレは図書室自体に用があっただけだ。もう行く」

「付き合いいいね緑間くん」

「うるさい。お前はさっさと開いてる資料の内容を頭に叩き込むのだよ」

「ウィッス」



クールな背中を向けて去っていく緑間くんは手厳しかった。
言い分の正しさは認めるけど、もう少し優しさが欲しいというか…その態度じゃ女の子にはモテないぞ。
本人が聞いたらまた余計だと怒りそうなことを考える私の隣で、黄瀬くんの用は何なんですか、と再び黒子くんが繰り返した。



「えっ! あ…えっと…」



うろうろとさ迷う視線が、また私に向けられたかと思うと苦々しげに逸らされる。

さすがにちょっとその反応は傷付くよ…。
そっと溜息を吐く私の肩に、慰めるようにぽん、とあたたかい掌が乗せられた。
誰か、なんて確認するまでもない。この場で私に触れる人間なんて一人しかいない。



「そういえば黄瀬くん、浅縹さんのこと気にしてましたよね」

「えっ…え!?」

「特にボクに用はないみたいですし、ちょうどいいじゃないですか」



用がないというか、言い出しにくそうにしてるだけだと…。
ツッコミを入れるべきか迷っている内に、肩から離れた掌がそのままくるりと引っくり返って私を示す。

本人いますよ。交流してみたらいいんじゃないですか。



「ボクはそろそろ当番に戻るので」

「ちょっ、黒っ…」



それじゃあ、と言い残して去っていく黒子くんの背中も、緑間くんに負けず劣らずクールなものだった。
中途半端に手を伸ばした体勢で固まる黄瀬くん程ではないが、私も呆然としてしまうし頭を抱えたい気持ちにもなる。

別に私は黄瀬くんがどうとか思ってないけどさ…これはさすがに居辛いと思うんだわ!



(さっきの慰めは一体何だったんだ)



黒子くんよ、よもやエールとでも言う気か。
だとしても、どうしろってのよ。






君は優しい薄情者




「くっ…黒子っち……」

「……」



後は若い者同士で…みたいな雰囲気で二人残されたところで、どうしたものか。
バスケ部と関わるの、心配してくれてたのは何だったのかな…。

深い溜息を吐き出しても、肩を叩いてくれる手はもう、どこにもなかった。

20141115. 



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