懇親会と称される立食パーティー。さすがに招かれた客人の層が層なのか、時間が過ぎるごとに周囲では思い思いに交流を図り、個人的な利益を求める人間が増え始めた。
そうなってくると、自我もはっきりとして空気も読めるような子供の身には形見が狭くなってくる。
会話内容を自己に活かせるほどビジネスに詳しいわけではないし、何より活かそうとして活かせる年齢じゃない。何度でも確認するが、今の私は十四才。ぴちぴちの中学生なのだ。彼らの話題に耳を傾けたところで、何の役にも立たない。



(しかしなぁ…)



会話に加わるのも誰かと交流するのも無理、となると、やっぱり目の前のご馳走をいただくくらいしかすることがないのだけれど。

問題が一つ。ここまで上品な場だと、食い意地を張ると悪目立ちしてしまうだろうことが容易に想像できてしまうのだ。
因みに、私の傍に両親はいない。父に着いて行った母は食事にはあまり手はつけられないが、代わりにアルコールは楽しめているはず。
それに比べて私はというと、困ったなぁ、と煌めく食器を前に内心で腕組みしている最中だ。

見た目から麗しい料理達に満足に舌鼓が打てないのは、つらい。つらすぎる。
だって何のためにめかし込んで足を運んだと思ってるの。料理だよ。美味しい料理が食べたくて、私は畏まってここまで来たんだよ…!



(どっかに人目につきにくいスペースなかったっけ…)



地団駄を踏みたい気持ちでいても、さすがに会場で失態を晒すわけにはいかない。それくらいの常識は当然持ち合わせている。
冷静に、会場に着いてからの記憶を掘り起こすと、頭に浮かぶ場所が一つ。確か入り口付近に、バルコニーに出られそうな大きな窓があったような気がする。
思い出してすぐに大きめの皿を手に取った私は、殆ど減っていないメニューの数々をできるだけ素早く、バランスよく皿に盛り付けてその場を退散した。

多分、そのまま近くで食すには多すぎる量だろう。周囲の目につくし、下品に受け取られかねない。
マナー云々さえなければ素敵なのにねー、なんて愚痴は口に出したりせずに、そそくさと人を避けながら入り口まで移動して辿り着いた窓に手をかけた。

よしきた!



「ビンゴ」



室内のざわめきを背後に感じながら、小さくガッツポーズをとる。
人の気配は感じないし、ここでなら人目を気にせずご馳走を満足に味わえるだろう。

少し温い風は穏やかに流れていて、近くの照明から漏れる灯りで足元も薄明かるい。夜空の星が見えないのは残念だけれど、まぁ都会なんてこんなものだ。
少し奥まった場所まで足を運び、一応出入り口になる窓から遠ざかったところで一息吐く。
自分を包む空気が静かなことを実感した私は漸く肩の力を抜ききって、いただきます、と手を合わせた。



「さーて、一番はこんふぃっふぃーっ」



ああ、お酒が飲めないのが本当に残念だなぁ!

歌い出したい気分で、一目見たときから惹かれて堪らなかった鴨のコンフィにかぶり付く。
ほろほろの柔らかなお肉の食感と、旨味の染みた肉汁が口の中に広がっていく。そんな幸せでしかない味わいに感動した瞬間、だった。



「逃亡かい?」

「ぐっ」



柔らかいはずの極上の鴨肉が、喉に詰まりかけたのは。

しまった飲み物も持ってくればよかった、と思ったのは私が冷静だったからなのか、単なる現実逃避だったのか。
引っ掛かりそうになった肉の味も一瞬で忘れて、なんとか飲み下した首をそのままぎこちなく回してみる。

誰もいないと思っていたのに。
壁に凭れるようにして、私のいる場所より更に隅の暗がりに、パーティーの初っぱなから顔を合わせてしまっていた彼が、立っていた。



「こ……今晩は、楽しませて頂いております」

「左手の皿がなければ完璧な令嬢に見えるな」

「…どうも、つい…美味しくてですね…」



見られた。思いっきり肉にかぶり付く様を、主催の息子に見られた…。

これお父さんの心象に関わらないよね…と軽く不安が過ったけれど、目が合った彼はうっすら笑みを浮かべているだけで、不快に思われている様子はない。
居住まいを正して、見た目だけはお淑やかに取り繕ってみた挨拶への返事は…からかいと受け取っていいものなのか、よく判らなかったけれど。



「ええと…赤司くんは…お名前は、征十郎さんでしたよね?」

「ああ、合っているが…」



話し掛けられてしまえば、この先黙っていても微妙な空気になってしまう。
意味はなくともとりあえずは交流を図るべきかと、食事の手を止めてこちらから訊ねてみれば、返ってくる声には僅かに訝しむ気配が混じった。

ふと、警戒心を隠すのが巧い子なのかな、と思う。
それでもそこは、気づかないふりをしておくべきところだ。多分。勘だけど。



「この場にお父様もいらっしゃるので、どうお呼びするべきかと…お名前の方が判別できますが、不快でしたらまた他を考えます」

「…学内で顔を合わせる機会がある人に畏まられると、不思議な感じがするな」

「なら、やめておきましょうか?」

「いや…嫌なわけではないし、構わないよ。そうするとこちらも奏さんと呼ぶべきか…オレのことは好きに呼んでくれていい。もちろん口調も、使いやすい方で」

「それじゃあ、適当にこの場では畏まっておきますね」



校内で交わした口調よりも丁寧さを心掛けて言葉を選ぶと、今度は訝しげな雰囲気も流れてこなかった。
手摺付近に立っている私の近くに数歩分だけ近付いてきた赤司征十郎、その人は、片手を手摺に置きながら身体ごと私へ向かい合うとああ、と頷いてくれる。
その表情はやはりというか、できすぎと感じるほど穏やかな微笑だった。

どうも中学生に見えないんだよね…この表情。私が言えたことでもないんだけども。



「それで、征十郎さんはここで何を?」

「必要な挨拶を済ませて、休憩中といったところかな」

「…お邪魔しました?」



するりと口にされた答えに、軽く苦い気分になる。
これだけの規模のパーティーの主催につける肉親を持つとなると、それなりの家柄も背負っているのだろうし。
さっきだって、私よりしっかりしている子だと思ったばかりだ。もしかして私、空気を読めずに息抜きの邪魔をしてしまったんじゃ…

演じた失態にこめかみに手をやりかけると、軽く目を瞬かせた彼はいいや、と首を横に振った。



「少しは驚いたが、そこまで気を使う必要はないさ。奏さんは皿の上の料理にしか興味もなさそうだ」



そう口にした彼は、今の今までよりもあっさりとした声を発する。



(“私は”…ね)



つまり、料理よりも彼に興味を示す人間がこの場には多く存在するということだろう。察して、納得する。
見た目も身分も申し分ない、いや、非の付け所がなさそうな彼は、さぞ日頃から多方面により注目を浴びているのだろう。
慣れていても、疲れはしそうだ。だからこんな場所に、暗がりに隠れるようにして一人で佇んでいたのだろうけれど。

あまり気を使われるのは好きではなさそうだし、詮索することもないかと、敢えて気にしない態度を貫くことにした。



「だって、とっても美味しいんですよ。ここの料理」



皿の端に寄せてきたラザニアに、フォークを立てながら答える。そのまま口に運べば、ミートソースとホワイトソースの連なる層に、とろけたチーズが絶妙なハーモニーを奏でるのだ。これを目の前に味わわないなんて大損というもの。
満足感に緩む頬を、今度は私も取り繕わなかった。

だって、こんなに美味しいものを残してしまったら勿体ないでしょう?
にっこり、味わったばかりの幸せを滲ませた笑顔を向ければ、それを受けた彼はなるほど、と言いながらも僅かに首を傾ける。



「これもアナクロニズムというやつかな」

「…それは私が老けてると仰りたいんですか?」

「いや、気を悪くさせたいわけではなく…ある種豊かな思考だと思うよ」

「うん……なんだか釈然としないので、言い換えます」



何の話をしてるんだろうなぁ、と一瞬だけ思うも、馬鹿にされている気がすると反論したくなる。
自分には縁がない思考だ、と言いたげな雰囲気を漂わされると、放置もできない。

人にとって、三大欲求は蔑ろにできない大事なものだ。
特に食は。人間生活を豊かにする食に関しては、譲れないものがある。



「まず、美食と称されるものには相応に手間が掛けられています。食材や調味料等の原料は勿論、調理手順や見栄えも料理には重要なポイントですね。それから、例えばこの規模のホテルとなれば当然三流の職人は雇えないでしょう」



ここに出てくる前、少しくらいならと手をつけてきた前菜一つをとっても洗練されたもので、個人が手軽に作れるものではなかったと覚えている。

ふう、と息を整えてから怒濤の勢いで喋りだした私に、彼が目を瞠ったのは分かった。が、止める気にはなれない。



「手に職を付けるまでの時間もタダではありません。充分な知識に、積み重ねる知恵と実力、それらには相応する対価が支払われるべきで、実際そのように回っています。だから私達は…私は特に養われているだけの立場なので偉ぶれませんが、価値あるものに相当するお金を、味わうために払ってるんです。職人の仕事を適当に味わうなんてどの分野に置いても言語道断。食物を無駄にすることは即ち金を溝に捨てると同義。金銭の流通面を考えれば賢いとは言えません。作り手に食物に、感謝を忘れないというのは一般的な礼儀でしかありませんが、支払う側の義務に近いものではないかと私は思っています」



が、いかがでしょう?

一気に頭と口を回した所為で、少し疲れた。それに、飲み物を忘れてきたのもやっぱり失敗だったと改めて思う。



「なるほど」



言いたいことは大体吐き出して、呼吸を整えていると、少しの間口を閉じて黙っていた彼は何かを考えるように宙を見上げた。

さて、私の理屈は通用したのか…造型の整った顔と今は闇にくすんでいる赤い色を見つめていると、不意にその口許のが弛められる。



「奏さん」

「はい?」



ゆっくりと下ってくる視線は、依然として子供らしくない。
他者を圧倒できそうな完璧な微笑に、またも私は当てられて、足元がふらつきかけた。

美形は得だけどたまに怖いわ。



「ここはデザートも評判がいいと聞いたよ」

「…それは…お腹を空けておかないとまずいですね」

「ああ。よければ見繕ってこようか」

「それでは征十郎さんが目立ってしまいますよ」



せっかく隠れていたのだろうに、何を言い出すのか。
言外にそれじゃあ意味がないだろうと伝えた私に、初めて、微かなものだったけれど彼は声を出して笑った。



「退屈しのぎに付き合ってもらったからな」



お礼だ、と溢しながら手摺に寄り掛かる姿はほんの少し気が抜けたのだろうか。
数少ない、顔を合わせた回数の中で一番、その年齢に近いものを感じた。






着脱無意識の仮面は微笑




この子はなんだか、無邪気に笑うということが、とても下手そうだ。

20141019. 



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