ある日の夕食時、いつものように食卓を囲み一家団欒していたところ、突然あっ、と声を上げた父がそれまでの会話をぶっちぎってくれた。



「そういえば、近々懇親会があるんだよ」



忘れたままでいるところだった、と頭を掻く父はへらへらと笑いながら話を進める。
何でも、仕事関係の懇親会だが妻子の同席も認められているらしい。気の抜ける適当さで語られる内容に、まず動かしていた箸を止めたのは母だった。



「なぁに? じゃあ私や奏も出席した方がいいの?」

「いや、二人の参加は自由だよ。立食パーティーらしいけど、会場がわりと大きなホテルだから一応訊いておこうかと思って」



どうするか考えておいて、と括ろうとした父に、食後のお茶を啜っていた私も湯飲みを置いて一息吐く。
大きなホテルでパーティー。この情報は軽く無視できるものではない。

顔を上げた瞬間に視線が交わった母は、私の表情を見て何かを悟ったのだろう。こくりと首を縦に振る。
血を分けた母子の繋がりは流石というか、私もその真剣な顔から心の内を悟ることができて、深く頷き返した。



「そのホテル、ご飯は期待できる?」

「お酒の美味しさも大事よ、お父さん?」

「君達のその判断基準、俺は嫌いじゃないよ」



二人して振り向いた私と母に、穏やかに微笑む父の顔が言外に何かを語っていた。けれど、ここは譲れないところなので気付かないふりをしておく。
だって、普通に生きていてパーティーなんてそう多く出席できるものじゃない。

今の私ではアルコールを楽しめないのが悔しいところだが…本当に、心から、悔しいけども!
食卓とは別口で美味しいご飯を食べられる機会があるというなら、その悔しさを噛み締めるくらい訳無いことだ。
美味しいは正義。食い意地が張っていると言うなかれ。
美味しいものが食べられるなら、ちょっとくらい格式が高くて面倒な場でも出向いてやろうと意気込んでしまうのは、私達家族にしてみれば当然の成り立ちだった。






…という、数週前の事情により足を運ぶことになった懇親会とやら、なのだけれど。
連れて来られた豪華有名ホテル内の会場に、今の私はつい立ち竦みたくなるのを我慢していた。



(煌びやかー…)



頭上のシャンデリアは勿論のこと、室内中央に並んだテーブルできらきらと光を反射させる食器。そして周囲で雑談に興じているフォーマルな装いの壮年の男性方、寄り添うパートナーの女性達は各々のパーティードレスやジュエリーを光らせている。

これは…懇親会ってレベルなの、お父さん……?

ホテル名を挙げられた時にも驚いたけれど、足を運んで更に渋い気持ちになってしまう。
さすがにこんな場だからか、幼い子供を引き連れている参加者はいない。私の他に年若い顔は少なく、若くても高校生ほどに見える人間が目に見える範囲にちらほらいる程度だ。



(場違いじゃないといいんだけど…)



ピンクだのオレンジだの、可愛らしい色のドレスを推しまくった父を無視してよかった。本当によかった。浮くところだった。
自分で選んだネイビーの膝丈のパーティードレスは、年齢より少し大人びて見えるのが救いだ。フリルの利かせられたボレロや合わせた白のパンプスが少し甘めのデザインだけれど、これくらいは実年齢と調和がとれて悪くないと思う。

一応軽くメイクもしてきたし、そう幼くは見えないはずだけれど…振る舞いに気を使ったところで、肉体年齢が十四歳なことに変わりはない。
とりあえず挨拶に行こうか、と足を踏み出す一人だけ何も考えていなさそうな父に、母が寄り添う分にはおかしい部分はないのだけれど。

私は本当にこの場にいていいのかなぁと、今更不安を抱きつつ後ろに続いていると、数メートルの距離を置いて歩み進んでいた父の足が止まった。



「ああ、赤司さん。今晩は末端である私までお招きいただきありがとうございます」



……ん? あかし?

ああ誰か見つけたのか、と傍観体勢に入れたのは一瞬だけだった。
話し込もうとする父の第一声から聞き覚えのある人名を拾って、それまで目立たないよう下げていた顔を上げてしまう。



「……え?」



視界に飛び込んできたのは、慣れるほど目にしてはいない、鮮やかな色の髪だった。
それも、今回は一つじゃない。目線の近くに一つ、もう少し上にもう一つ。

一目で血縁だと分かる見事な赤髪に驚き固まった私に、年齢に似合わずスーツを着こなした少年が、こちらもつり目がちな瞳を丸くして佇んでいた。



「…浅縹、さん」

「何だ、征十郎。お嬢さんと知り合いなのか」

「はい…最近転入してきたばかりですが、彼女も帝光中学の生徒です」



呆気にとられたようだった彼は、それでも態度を繕うのは早かった。父親らしき男性の問い掛けに、冷静に答える姿に一瞬前の動揺は残っていない。
お招きいただいた、という父の言葉からして、彼の父親が主催者ということだろうか…。鉢合わせた偶然に戸惑いながらも、とりあえずは状況を整理して、私も呼吸を整える。

さすがに、立場の高そうな相手の前で失礼な態度はとれない。



「…お初にお目にかかります。浅縹奏と申します」



赤司くんとは特に関わりがあるわけではないので、これ以上の言葉は続かない。
別段仲良くさせていただいてるわけでもないからね…うん、無難なところで区切るしかないよね…。

笑顔でしっかり挨拶しておけば、とりあえず悪印象は抱かれないだろう。
その判断は間違っていなかったようで、どうぞ息子と仲良くしてやってくれ、なんて返ってきた社交辞令を笑顔で頷いて流してしまえば、彼の父親はすぐに私の両親に向き直ってくれた。

会話に組み込まれてしまった緊張から解放されて、一先ず隠れてほっと息を吐く。
そうして落ち着きを取り戻しつつ、まさかこんな場所で顔を合わせるなんて想像もしていなかった顔見知りに視線を向け直した。



(育ちの良さが滲んでるとは思ったけど…)



大人の輪から一歩引いた私とは違い、彼らの会話に意識を向けているらしい同輩。彼は、本当に随分とお坊ちゃんだったらしい。
驚いたけれど、納得してしまう何かもある。まず、この場での立ち振舞いからして板に付いているなぁ…という感想だ。

私が同じ歳の頃、こんなに落ち着いてた自信ないよ…。
今も敵わないかもしれないとか、虚しい現実からは目を逸らさせてほしい。

数分続く大人のやり取りの中、ぼうっと見つめたままでいた私に気付いた彼が、不意に振り向く。
間抜けな顔をしていたであろう私と再び目を合わせた赤司くんは、一度目蓋を瞬かせるとふわりとした微笑を浮かべてくれた。

以前目にした時には、呑まれそうな空気を纏っている子だと、そんな印象を受けた笑み。
その感想は厳密に言えば間違いで、恐らく多くの目を奪う、煌びやかな場の空気に馴染んだ上等な表情…だったようだ。



「さて、これから他にも挨拶に回るけど……奏? どうした、頭痛いのか?」



彼の父親との会話を終わらせ、距離を取った父が頭を抱えた私を見つけて声音を落とす。
心配してくれているところ申し訳ないが…少しオーラに当てられただけです、なんて正直な気持ちを口に出すのは憚られる。

いやもう、ちょっと、何だ。



「美形は得だね…」



これ以外に、何を言えって話ですよね…。

モテそうだなぁとは思っていたけれど、あれは確実にモテるわ。あんな笑顔を浮かべられる中学二年生とか…末恐ろし過ぎる。
そんなくだらない確信を抱いて溜息を吐いた私に、訝しげな顔をした父とは対極的に真顔の母が深く頷いてくれた。






言うなれば上流貴族




(そうよ奏、あんな特上のイケメンと知り合いだって、何で知らせなかったの)
(いや、友達とも呼べない顔見知りだし…じゃなくても分不相応っていうか、さすがに失礼だよお母さん)
(うん。俺も止めるよお母さん)
(あなたが止めるのはいつもでしょ)
(それにしたってだよ…!)

20140928. 



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